マリアの冬旅
ディアーナたち多くの人々に見送られ、マリアは旅を再開した。
まずは、路面電車に乗って、北の方の貴族街で降りる。そこから少し歩いて、いつぶりだろうか、とマリアが見上げたのは大きなシャルルの自宅で、マリアはそっとその玄関扉をノックした。
「マリアちゃん!」
「ずいぶんと久しぶりになってしまったな」
シャルルは仕事で同席出来なかったが、その分、シャルルの母、ソティと、シャルルの兄、アーサーが出迎えてくれた。
「旅はどうだ?」
アーサーはマリアを一瞥してから、なるほど、とうなずき
「ずいぶんと色々な学びがあったようだな」
とメガネの奥に光るブルーの瞳を柔らかに細めた。やはり、兄弟。聡明である。
二人にお土産を手渡し、マリアが旅の話や、先日のディアーナの結婚式のことなどを話せば、二人も楽しそうにその話に耳を傾けた。
「実はね、私もこの間、久しぶりに実家に帰ったの」
久しぶりなのに、懐かしくて、と優しく微笑むソティの表情に、憂いは見えなかった。アーサーも、両親の過去に触れ、楽しんだようだった。
もう少しゆっくりしていけばいいのに、という二人に見送られ、マリアが向かったのは北の町。メックの商店はもちろん、カントスの教会に向かうのである。まだ冬も始まったばかりだが、北の町は街の広場や城下町に比べるとひんやりと肌寒いように感じられた。
「あら?」
メックの店を覗いたマリアが驚いたのは、そこにいるはずのない人物がいたからである。
「トーレスさん!」
騎士団の制服の上にコートを着こんで、メックと話し込んでいる赤髪の青年。マリアに呼ばれたトーレスはもちろん、メックも視線を声の方に向け、片や目を丸め、もう一方は快活な笑みを浮かべた。
どうしてこんなところに、とマリアが尋ねれば、トーレスは
「騎士団で使う道具をいくつか買ってこいと、団長に……」
と言いかけて、チッと小さく舌打ちをする。シャルルに仕組まれた、とトーレスは苦虫をかみつぶしたような表情であった。
「俺の目が確かだから、と言われて来たが……くそ、あの人にはかなわねぇ……」
トーレスの独り言の意味はマリアにはよくわからなかったが、久しぶりの再会に胸を弾ませているのはマリアだけではなかったようだった。
トーレスとの再会を喜びつつ、マリアはメックに、各地を回って手に入れた珍しい精油や旅の最中で作った香りを売る。メックから渡されたお金を素直にマリアが受け取れば、メックもトーレスも、そんなマリアをどこか満足げに見つめた。
「なんか、変わったな。お前」
「へ? そ、そうですか?!」
トーレスからの言葉にマリアが驚けば、メックも、えぇ、とうなずく。
「商売人、って感じですね」
金勘定の得意な二人が言うのだから間違いないのだろう。マリアは、少し照れながらも、ミュシャに言われたことを思い出してはにかんだ。
メックの店に置かれていた珍しい北の国からの精油を購入し、マリアは意気揚々とカントスがいる北の教会へと向かう。頬を撫でる風は冷たく、マリアはコートのボタンをしっかりとしめた。
馬車を使って北の教会についたころには、すっかり日も落ちて暗くなっていた。パルフ・メリエ同様にあまり人気のないところにポツン、と立っていたが、中の明かりがステンドグラスを通して外に漏れ出ており、その光景が美しかった。
「こんばんは」
そっと教会の扉を押し開けたマリアを待っていたのは、幻想的な光景。扉から、まっすぐに祭壇へと向かって伸びる中央通路にはたくさんのキャンドルが並べられており、それらの炎がチラチラと淡く揺れ、教会内の真っ白な壁や通路を眩く照らしていた。
天井に描かれた壁画は、外からの月光を反射したステンドグラスによって、鮮やかに色を与えられており、荘厳な空間に、マリアはほぅっとため息を漏らした。
「ようこそ、ミス・マリア。我が城へ!」
教会の翼廊か、それとも隣に部屋になった部分があるのか、そこから顔をだしたカントスは、マリアの姿を見つめると、大きく手を広げて、マリアを歓迎した。ブルーベージュの柔らかな髪が揺れ、琥珀色の瞳がキラキラと輝いている。
「カントスさん!」
久しぶりの再会にマリアがぱっと顔を上げれば、カントスはマリアのもとへと駆け寄り、その体をぎゅっと抱きしめた。
カントスなりの愛情表現は、マリアにはいささか激しすぎる。出会った頃から、そうだった、とカントスの体から漂うスパイスの香りを名残惜しく感じながら、マリアはやんわりとその体から離れた。
「冷えただろう! さ、私の城を案内するよ」
カントスは自らが着ていたジャケットをマリアにバサリとかぶせると、マリアの手を引いて、教会の奥へとマリアを案内した。
教会内部を一通り案内し終えると、カントスは、
「それじゃ、家へ戻ろうか」
とマリアの手を再び引いて、歩いていく。
「家?」
ここじゃないんですか、とマリアが尋ねれば、カントスは首を横に振った。
カントスは、教会のすぐそばに小さな家を建てたらしい。教会にも小さな部屋がいくつか備え付けられていたので、マリアはそこで寝泊まりしているのか、と尋ねたが、カントスは
「いや、パルフ・メリエを見ていたら、私も自分の家、というものに憧れてね。教会は私の城だが、城ではいささか不自由も過ぎるだろう? それで、シャルルに頼んで色々と手配してもらったのさ」
と笑った。
カントスはおしゃべりを止めずに、教会に敷き詰められていたキャンドルの火を一つ一つ丁寧に吹き消して回る。
「絵を描くにも、調香をするにも、とびきり良い場所さ」
カントスも、どうやらこの一年で少し変わったらしかった。国の騎士団長様に家を建てる手伝いをさせるあたりは、相変わらずだが。
教会の裏手に回ると、確かにそこには小さな家があった。小さな、とはいってもマリアが住んでいるパルフ・メリエよりも豪勢なつくりで、一人で住むには少し広すぎるのでは、というほどのものである。
「すごいですね……」
マリアが思わず言葉をこぼせば、カントスは
「何、大したことじゃないさ。本当はログハウスにしたかったんだけどね、寒いからやめておけと言われたのさ」
と冗談めかして笑った。
カントスとの生活も刺激になり、マリアはさらに調香の腕を磨いて冬を越した。とはいっても、星祀りや陽祝いの期間はさすがに実家へ帰って過ごしたので、カントスとの生活はそう長くはなかったのだが。朝でも夜でもお構いなしに思いついた途端に何かを始めるカントスとの時間は、実際の時間より長く感じられた、というだけである。
その後、マリアは自らの店があるパルフ・メリエの方へと向かう鉄道に乗り込んだ。
国の西側、とはいっても、マリアもあまり訪れていないいくつかの町や村を回り、旅を締めくくる。
王国には、春が訪れようとしていた。
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ありがとうございます!
さて、マリアの王国をめぐる旅もこれでおしまい。
旅の終わり、そして新たな始まりはもちろんあの場所から……ということで、次回もぜひお楽しみに!
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