マリアの夏旅
王国に初夏が訪れる――。
マリアは、ミュシャの店や、それからいくつかの町を後にして、小さな海辺の町で鉄道を降りた。
すっかり馴染みになっている花屋の看板を前に、マリアは、あら、と声を上げた。パラパラと降り出した小雨を気にせずに歩く老人の姿に、
「シュトローマーさん!」
マリアは自らが濡れることには構わず、傘を差し出した。
マリアも花屋でライラックの花束を受け取り、シュトローマーと並んで歩く。少し早い、祖母、リラの墓参りだ。
「良くお会いしますね」
マリアがクスクスとほほ笑むと、シュトローマーも、そうだな、と穏やかに笑った。
「どうにも、リラが……引き合わせてくれているらしい」
以前出会った時と同じことを言っている、とマリアはちょうど去年のころを思い出して、そうですね、と相槌を打った。
祖母の墓に花を供え、二人は屋根のある場所を、と探して近くのガゼボの下で雨宿りする。
「そういえば、旅の途中だったか」
シュトローマーはマリアのトランクケースを見て、そういえば、と話を切り出した。
「えぇ。東から出発して、夏はこのあたりで。秋には城下町を、冬に北の方へ行く予定です」
「そりゃいい」
マリアの旅程に、シュトローマーもうんうんとうなずく。
「リラもびっくりしているだろう」
孫の成長は、自らの子よりも早いものさ、とシュトローマーは笑った。
二人は鉄道の駅で別れ、シュトローマーは街の広場へと北上する鉄道に乗り込み、マリアは、祖母の店があったとされる方向へ歩き出した。せっかくなら、祖母の店、パラメーラがあったとされる場所を見ておきたい、と思ったのだ。
「おばあちゃんのお店かぁ……」
父親が育った家でもある。まだ家として形が残っているかは分からないが、気になってしまうものだ。
「残っているといいけど」
マリアは期待を胸に膨らませ、潮風の吹く海辺の道を一人歩いていった。
店があったとされる場所に近づいたころ、すっかり雨もやみ、マリアは傘を閉じた。
「このあたりに……」
マリアが歩みを進めると、開けた土地と、こじんまりとした家が姿を現す。もうずいぶんと長い間、人は住んでいないようだった。
「これかしら」
マリアがそっと近づけば、潮風にさらされてすっかりさび付いてしまった鉄製の看板がキィと音を立てて揺れた。
文字は読めなかったが、看板に描かれた模様はうっすらとだが確認できた。ライラックの花をあしらったそれは、すっかり色あせてしまっているが、確かにシャルルの家で見たパラメーラのショップカードに描かれていたものと同じである。
「これが……」
おばあちゃんがかつて営んでいた店。マリアはじっとその景色を目に焼き付ける。
分厚い雲の隙間から差し込んだ光が、店を眩く包む。
――その瞬間、店内で楽し気に笑う祖母の姿が見えたような気がした。
マリアは、祖母の思い出を胸に、東へと向かう鉄道に乗り込んだ。ディアーナとエトワールが、せっかくなら港町でゆっくりしていくと良い、と港町の中心にあるゲストハウスをしばらくの間手配してくれたのである。
港町は海をはさんで南の国との貿易もあり栄えているし、南の国との間に点々と並ぶ島々とを結ぶ往復船も一日に何便かあるらしく退屈はしなさそうだった。
結果的に言えば、マリアのこの港町での滞在期間はたっぷり二か月にも及んだ。
とにかく港町は活気にあふれていて、人も忙しなく、時間の進みが早いのである。朝早くには漁船が出発し、昼には交易船や島々をめぐる観光用の船が行き交い、夜が更けるまで人がにぎわっていた。
東都同様に珍しい香りが手に入り、調香がはかどったこともあるし、港町にある調香師との交流も出来た。
とくに、後半の一か月は、それはもうマリアにとって夢のような時間であった。
最初の二週間は、少し早い夏休みに、とディアーナとエトワールが港町の別荘に顔を出し、マリアに調香の依頼や旅の話をせがんだ。
マリアが訪れた町の香り、旅の話にディアーナだけでなくエトワールまでもキラキラと目を輝かせて耳を傾けた。
特に、ディアーナは東都のスパイシーな香りが気に入ったようで、今度は東都へ行ってみたいわ、とエトワールにその美しい瞳を向け、エトワールは苦笑した。
「必ず、一緒に行きましょう」
エトワールの優しい瞳が、マリアには印象的だった。
そして、後半の二週間は……。
「マリア!」
鉄道の駅の前、大きな噴水の前でマリアに手を上げたのはケイである。久しぶりに会えた、と胸を弾ませたマリアが満面の笑みを浮かべ、二人は自然と手を取り合い、そして、ハッと我に返って恥ずかしさのあまり、つい顔をそらした。
二人は、南の国との間にある島々を船で巡った。マリア達が住む王国と、南の国の文化がちょうど良いバランスで混じり合い、それでいて島同士には個々の特色があった。普段あまり目にしない料理に舌鼓をうち、海へもぐったり、バードウォッチングをしたり、南国の植物を楽しんだり……と、リゾート気分をたっぷりと楽しんだのだった。
最後の夜、マリアとケイは港町で開かれている祭りに参加した。露店では海の幸が豪快に焼かれていたり、魚や貝を模したランプがあちらこちらに飾られていた。たくさんの船が並び、それぞれに明かりを灯して海を彩っているのが見え、華やかで明るい雰囲気だ。
二人はスパークリングワインを一杯ずつ飲み、今朝獲れたばかりだという魚のカルパッチョや、それらを使った料理を楽しんだ。
「さぁ! それでは最後に、海の恵みに感謝して、皆様でダンスを一曲!」
このあたりに古くから伝わる舟歌に合わせて、皆が噴水の前で手を取り合って踊る。
マリアがその様子をキラキラと目を輝かせてみていると、ケイがそっとマリアに手を差し出す。
「お、俺たちも……踊って、みるか」
普段のケイであれば、きっとこんなことは思っていても口には出さないものだ。
(これは、さっき飲んだワインのせいだ)
とケイは自分の心に言い訳をする。
マリアは、パチパチと目を瞬かせて、それからにっこりとほほ笑んだ。
「喜んで!」
マリアもケイも、ダンスは不慣れだったが、見よう見まねでステップを踏む。噴水の周りで楽しそうに踊る港町の人々とマリアは一緒になって舟歌を口ずさみながら、次第になれてきた、と軽やかに舞う。ケイも、さすがに騎士団で普段鍛えているだけのことはあって、何度か同じステップが繰り返されていることに気が付くと、すっかり街の人たちに負けないくらいには踊って見せた。
陽気なリズム、最後の一拍。マリアとケイは、パッと顔を見合わせて足を地面に着地させると、周囲からはわっと歓声が沸き上がる。
「たまには、こういうのも悪くないな」
ふっと自然な笑みを浮かべたケイに、マリアも笑う。
二人を照らす港町の明かりは鮮やかで、幻想的だった。
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マリアの夏の旅路、いかがでしたでしょうか?
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