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調香師は時を売る  作者: 安井優
それから編

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マリアの春旅

 ミュシャの開店を祝った次の日、マリアは、鉄道の終点、東の国境門にほど近い街へと訪れていた。東都(とうと)を超えてさらに東へ行ったところ。まさに東の国との交易(こうえき)拠点(きょてん)となるその街には活気があふれている。東都同様、異国(いこく)情緒(じょうちょ)あふれる街の景色にマリアは目を輝かせる。


「やぁ! お嬢さん、ここは初めてかい?」

 駅を降りて、キョロキョロとあたりを見回すマリアに、観光協会の紋章(もんしょう)をつけた青年が声をかける。マリアが事情を話せば、青年はそれなら、と地図を差し出していくつか丸を付けた。


 マリアが向かったのは、その中の一つ。チェリーブロッサム、と青年が書いてくれた場所である。忘れるはずもない名前だ。

「王女様の(はか)らいで、去年、東の国から木を移植(いしょく)してね。今年から花を咲かせてるんだけど、これが見事なんだ。おかげで新しい観光名所が出来たってわけさ」

 ぜひ見るといいよ、と青年が教えてくれたのである。これだけでも旅に出た甲斐(かい)があるものだ、とマリアは胸を(はず)ませた。


「はわぁ~~っ!」

 マリアは、その美しい光景に思わず声を上げた。白ともピンクともつかぬ、薄淡(うすあわ)い小さな花が集まって咲き(ほこ)り、風が吹くたびにその花びらがチラチラと雪のように舞う。

「素敵……」

 マリアはその光景を目に焼き付ける。王女様が気に入るのも納得だ。香りはしないが、恐らく塩漬けにすることであの芳香(ほうこう)が楽しめるのだろう。この見た目で、あの芳醇(ほうじゅん)な香りとくれば、マリアでなくても恋に落ちてしまう。

 陽の光をたっぷりと浴びて輝く(まばゆ)い花びらに、マリアはうっとりと目を細めた。


 その後、マリアは東の国の伝統料理を食べ、青年が丸印をつけてくれた大きな天文台へ登ったり、今街で人気だと(うわさ)の気球に乗ったり、としばらくその街を楽しんだ。

 ケイに手紙を書くことはもちろん、その街で手に入れた珍しい東の国の香をディアーナへ贈ったり、東の国の民族衣装だという少し変わった洋服をミュシャと両親へそれぞれ贈ったり、と忙しなかった。


 中でもマリアの手紙を喜んでくれたのはリンネで、チェリーブロッサムの押し花とその花をかたどった可愛らしいペンダントを贈れば、数日と()たないうちに、マリアが宿泊している宿に電話がかかってきたのだった。


 マリアが次の街へと移動したのは、一週間がたったころである。

 次の目的地、東都(とうと)。春の柔らかな日差しを受けた東都(とうと)の街は、収穫祭の時とはまた少し違った雰囲気で、マリアは再び赤い屋根の連なる変わった光景を楽しんだ。


「良く来たわね、東都(とうと)をゆっくり楽しんでちょうだい」

 東都(とうと)でマリアを待っていたのは、クリスティの妹である。マリアが東都(とうと)に行く、と手紙を出せば、それなら部屋の一室を貸すわ、と手紙をくれたのだった。マリアとクリスティの妹は、二人でクリスティの墓を訪れ、花を()える。クリスティの妹は、生前の姉の様子をマリアに語り、マリアは、クリスティと過ごした短いあの夏の日のことを語った。


「マリアさんの(うわさ)はこっちにも届いてるのよ」

 とクリスティの妹は穏やかに微笑む。マリアが謙遜(けんそん)すれば、クスクスと肩を()らして

「せっかくなら、調香を依頼しようかしら。材料なら、お買い物に行ってそろえましょ」

 ウィンクを一つ。茶目っ気たっぷりなその可愛らしい仕草が、クリスティにそっくりで、マリアは(なつ)かしさに胸がきゅっと締め付けられる。


「お部屋まで貸していただいているんですから、お代はいただけません」

 そういったマリアに、クリスティの妹はかたくなに首を縦に振らず、しまいには、まるで子供に言って聞かせるように、お金の大切さを滔々(とうとう)と説いたのだった。


 マリアが作り上げたのは、東都(とうと)の華やかさと、異国(いこく)情緒(じょうちょ)あふれる心(おど)る香り。オレンジの明るく輝く(さわ)やかさと、クローブのピリッとスパイシーな香り、そこにエキゾチックなイランイランの甘美な香りが絡み合って、気持ちが(はず)む。

 東都(とうと)の市場で精油とともに見つけた真っ赤な瓶に、金色のタッセルを(かざ)れば、まさに東都(とうと)にぴったりな華やかな香水の完成である。


 これには、クリスティの妹も、そして、マリアの香りを心待ちにしているディアーナも大喜びであった。しまいにはどこからそんな(うわさ)が広がったのか、東都(とうと)の調香師にも作り方を教えてくれ、と懇願(こんがん)され、お土産に売りたいと言い出した市場の商人まで現れ、ちょっとしたお祭り騒ぎとなった。東都(とうと)で売られているローカル新聞に自分の名前を見つけた時には、マリアの顔は真っ赤に染まった。


「ケイ、これを見てよ」

 騎士団本拠地で、東都(とうと)のローカル新聞をケイに手渡したのはシャルルで、その瞳はいつになく楽しそうであった。ケイは、不思議そうにそれを受け取ったが、すぐに彼女の名前を見つけてふっと目を細める。

「元気そうだね」

 シャルルがクスリとほほ笑むと、ケイもつられて口角を上げた。


 マリアが東都(とうと)()ったのは、東都(とうと)についてから一か月が立とうか、という頃だった。クリスティの妹との生活が心地よく、東都(とうと)の街の様々な場所を回っているうちに、想定していた以上に時間が過ぎてしまったのである。

 クリスティの妹との別れを惜しみながらも、マリアは鉄道に乗り込み、次の町へと向かう。次は、ミュシャの店がある街で、しばらくミュシャの店に(おろ)す商品を作るのである。


「おかえり」

 鉄道を降りたマリアを待っていたミュシャは、マリアの姿を見つめて、ふっと(やわ)らかな笑みを浮かべた。それもそのはず。ミュシャが()(いわ)いの時に送ってくれた美しい星空のようなドレスを、マリアが着ていたからである。

「すっごく似合ってる」

 ミュシャの言葉に、マリアも満面の笑みを浮かべた。

「さ、行こう。父さんも待ってるから」

 マリアの前を歩くミュシャの背中は自信に満ち(あふ)れていて、少し大きくなったように見えた。


 ミュシャの店の隣、作業場には突貫(とっかん)工事ではあろうが、マリアのための調香スペースがすでに(もう)けられていた。マリアがあらかじめ頼んでおいた精油もそろっていて、マリアは久しぶりにしっかりと調香が出来る、と目を輝かせた。新しい香りに出会うため、より様々な知識を身につけるため、と始めた旅だが、今まで調香を習慣的にしてきたマリアにとっては調香のない生活というのはやはり考えにくいものだった。

 ミュシャはあきれたように、ミュシャの父は楽しそうに、マリアの調香を見つめていた。


 無事に作り上げた商品を、ミュシャの店に並べれば、二人はその代金をこれでもか、とマリアに握らせた。それも、旅の資金にしてくれ、と少しばかり色がついている。

 マリアの商品だが、売り上げはミュシャの店のものである。精油まで用意してもらったのだから、お金は受け取れない。マリアのそんないつもの主張は、ミュシャとミュシャの父にやはり拒否された。その上、クリスティの妹と同様にマリアは再びお金とは何たるかについて説教をいただくことになったのだった。


「マリアにとっては、お金は重要じゃないのかもしれないけど」

「うん……」

 マリアがしゅん、とうなずくと、ミュシャは小さく息を吐いた。

「調香師は時を売る仕事、なんでしょ?」

 ミュシャはマリアの目を真っすぐに見つめる。


「時間って、本当ならお金を積んでも手に入らない特別なものだよ。でも、マリアの作る商品って、そういう時間を形に変えてくれる、唯一のものだから」

 だから、とミュシャは言葉を続ける。


「僕らは、どんなにお金を払ってでも、マリアの商品を買いたいって思うんだ。買えないはずの時間、戻らないはずの時間を、手に入れられるんだから。お金はその感謝の気持ちだよ。その気持ちを受け取ってほしいし……これからも忘れないで」

 ミュシャの言葉に、マリアの中で何かがストンと落ちたような気がした。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


王国の春をめぐる、マリアの旅路、いかがでしたでしょうか??

マリアはようやくお金の大切さについて少し学んだようです……。(笑)

次回は王国の夏を楽しむ旅、ぜひお楽しみに!


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