誠実な愛
「マリアに、似合うと思って」
ケイの瞳は真剣だった。マリアは自らの顔に熱が集まっていくことに気づきながらも、ゆっくりと差し出された箱を手元に引き寄せる。いつもであれば、申し訳ない、と一度は断るのだろうが、今日は違う。マリアの震えた指先が箱に触れ、ゆっくりと、その箱がマリアの両手の中におさまる。
「開けてみても、いいですか?」
マリアがケイの方へ視線を送れば、ケイは、あぁ、と小さくうなずいた。
丁寧に結ばれた真っ赤なリボンをほどいて、マリアはそっと箱の包装紙を開けていく。包装紙を開けば、光沢のかかった長方形の箱が入っていて、マリアの鼓動は自然と早まった。
(何かしら……)
サイズ的には、ペンや、香水瓶も小さなものであれば入りそうである。アクセサリーにしては、少し箱が大きいだろうか。
マリアは小さく息を吐いて、ゆっくりと箱のフタを持ち上げた。
中に入っていたのは、美しいビオラが咲き誇る、可愛らしくも美しいバレッタ。ビオラの周囲を飾るパールが上品で、台座にあしらわれたレースも繊細で華奢な作りになっている。
マリアはその素敵な贈り物に、思わず言葉を失う。とても自分好みなデザインであることもそうだが、それを、ケイが、今日のために……自分のために選んでくれたものである。喜びもひとしおだ。
黙ってバレッタを見つめるマリアに、ケイはソワソワと落ち着かなかった。
(もしや、何かまずかっただろうか……。それとも、気に入らなかっただろうか)
ケイはチラチラとマリアの方へ視線を送り、マリアの表情を盗み見る。次の瞬間、マリアが泣きそうな表情で、ぐっと唇をかみしめたものだから、ケイは思わず声を上げた。
「気に入らなかったか!?」
焦ったようなケイの声に、マリアが、え、と顔を上げると、そこにはマリアと同様泣きそうな表情でマリアを見つめるケイの姿があった。
「女性にプレゼントを選ぶなどと、今までしたことがなくて! マリアに、似合うと思ったんだが! その、気に入らなかったのならすまない!」
ケイは慌てふためき、早口だった。マリアはポカン、と口を開けて、ケイの方を見つめる。ケイが口をつぐみ、肩で大きく息をした時、マリアはようやく事態が飲み込めた、という風にケイにも負けず劣らずの慌てっぷりで首をブンブンと横に振った。
「違うんです! とっても素敵で……、私、嬉しくて……」
マリアの言葉に、ケイもようやく状況が飲み込めたのか、え、とマリアを見つめる。マリアは、柔らかな笑みを浮かべ、うっすらと瞳に浮かんだ嬉し涙を拭った。
「本当に、素敵なプレゼント、ありがとうございます」
マリアが頭を下げると、ケイの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
プレゼントを受け取ってもらえた、というだけでもケイからすれば奇跡のような出来事に思えるのに、それをこんなにも喜んでもらえるとは思ってもみなかったのである。
そんなケイに追い打ちをかけるように、マリアはそのバレッタをそっと自らの髪につけて見せて、
「どう、でしょうか……?」
と上目遣いでケイをのぞき込んだ。計算ではなく、天然でやってのけるのだから、末恐ろしい娘である。ケイは、そんなマリアの可愛さに言葉を失い、口元を手で覆った。
「そ、その……似合ってる」
シャルルのように、可愛い、とサラリと言えたなら。ケイはそうは思うも、今はマリアを直視することすら精一杯だった。
だが、マリアにはそれで十分だった。ケイの、そのたった一言で、マリアの表情はパッと明るくなる。
「ずっと、大切にしますね」
マリアは満面の笑みを浮かべ、ケイに、もう一度
「本当にありがとうございます、ケイさん」
と頭を丁寧に下げた。
マリアの柔らかな髪を飾るビオラのバレッタが、マリアの頭の動きに合わせてキラキラと光った。
思いを伝えるなら今だ、とケイは確信した。まだ、プレゼントを渡しただけだ。いくら暗黙の了解とはいえ、渡しただけで終わっては、今までと何も変わらない。
ケイは、ぐっと拳を握りしめ、深呼吸を一つ。
「マリア」
初めて名前を呼んだあの日のように、心にその名を刻むように。
ケイがその名を呼べば、マリアはゆっくりと、その美しい瞳をケイに向けた。
「話したい、ことが……」
ドクン、ドクン、と高鳴る鼓動が、二人の呼吸が、互いに重なる。
マリアは、少しだけ視線を下げ、そっと柔らかな瞬きを一つする。
――その一瞬でさえ、永遠の時のように思えた。
「マリアのことが、好きだ」
ケイの言葉に、マリアの表情には驚きが。それから遅れて、嬉しさや、喜びが、こらえきれなかった胸の内から溢れて現れた。
それはいつしか一粒の涙になって、マリアの頬を流れていく。
静かで、穏やかで、美しいその瞬間を、ケイは一生忘れないだろう。
「私も、ケイさんのことが好きです」
マリアはいつもの、春のひだまりのような笑みを浮かべた。まるで、花が咲き誇るかのように、美しい笑みだ。
ケイが愛してやまない、温かくて、尊い、眩い笑み。
ケイもまた、そんなマリアの言葉にうっすらと涙をためて、けれど、柔らかに笑った。
静かで、穏やかで、美しいこの瞬間を、マリアは一生忘れないだろう。
「これからは俺が、必ず、マリアを守る」
騎士団の人間としてではなく、一人の男として。
ケイの誓いに、マリアは思わずクスリとほほ笑んだ。ケイらしい、力強い言葉である。
「それじゃぁ、私は……ケイさんに、少しでも素敵な時間を」
実に調香師らしいマリアのセリフに、ケイもクスリとほほ笑む。だが、
「俺に、じゃなくて……その、俺と、一緒に過ごしてはくれないだろうか」
とケイがはにかめば、マリアはハッと目を見開いて、それから頬を真っ赤に染めた。
「それは、ずるいです」
小さな声で呟くマリアは、とても愛らしかった。
レストランを出て、次の目的地へと向かう道中。ケイは、あくまでも自然に、自然に、とマリアの手を取った。マリアは驚いたようにケイに視線を向け、それから恥ずかしさからか、すぐに顔を背ける。
(ちょ、調子に乗りすぎた……か……?)
ちらりとケイがマリアを見やれば、バレッタで止めた髪の隙間から、真っ赤に染まった耳が見え、ケイは思わず口元を覆う。結局、慣れない行動にケイも自爆した、というわけである。
次の目的地が見えたところで、つないでいた手をマリアがきゅっと握りなおした。ケイはその感覚に、マリアの方を振り返る。マリアの方は、今だ視線をウロウロと彷徨わせていたが、ケイが足を止めれば、マリアもゆっくりと立ち止まって、
「あ、あの」
と声を上げた。
「もし、お時間があるなら少しだけ、休憩にしませんか?」
まだ、そんなに距離は歩いていないのだが、そういうことではない。さすがのケイでも、分かるほどに、マリアが何かを伝えたそうにしているのである。できれば人の少ないところで、ということなのだろう。
ケイが小さくうなずくと、マリアは、それじゃぁ、と近くにあった公園を指さした。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
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本当に毎日、ありがとうございます!
今回のお話にあとがきは不要……ですかね。
開花祭編もいよいよクライマックスです、最後までお付き合いいただけましたら幸せです。
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