あなたを愛します
ケイが予約してくれたレストランは、城下町の中でもとりわけ人気のレストランだった。しかも、マリア達が案内されたのはその店の特等席。王城が最もよく見える窓際の席である。
「わぁっ……!」
冬だというのに鮮やかな庭園にも、眩い王城にも、マリアは喜びの声を上げる。一時期はあの城にも通っていたにも関わらず、何度見てもその美しさには見惚れてしまう。
ケイもまた、仕事で時折訪れるとはいえ、外から……それも高い位置から城全体を見渡し、その全貌には珍しそうな表情を浮かべた。
あんなことがあった後だが、互いに恥ずかしい出来事に上書きされ、それを忘れるようにレストランまでの道のりを歩いたのだ。二人の間からは恐怖や苦痛も随分と消え、この特等席も相まって、すっかりリラックスムードである。
「ケイさん、こんなに素敵なレストランを予約してくださって、ありがとうございます!」
マリアがニコニコとほほ笑むので、ケイはだらしなく緩みそうになる頬の筋肉に力を入れた。
もちろん、城下町のおしゃれなレストラン、と言っても、シャルルが連れて行ってくれるようなクラシックの流れる落ち着いたレストランではない。どちらかといえば、カップルやファミリー向けの明るい雰囲気だ。ここなら、予約をしたケイはもちろん、マリアも変に緊張しなくて済むというもの。
(ミュシャ、ありがとう……)
ケイはこっそりと内心でミュシャに感謝を述べる。
実のところ、このレストランを教えてくれたのはミュシャなのである。
否、レストランに限らず、ケイがマリアを手紙でデートに誘ったのも、ミュシャの入れ知恵だったりするのだが。
開花祭前、騎士団本拠地の門の前でミュシャを見つけた時は何事か、と思ったが、マリアを手紙で誘え、だの、ここのレストランを予約しろ、だの、よくよく話を聞けばどうやらケイの背中を押してくれているらしかった。
ミュシャとしても、思うところがあったのだろう。それとも、何かが吹っ切れたのか。
これでもか、というほど細かなこだわりをチクチクとケイへ突き刺すミュシャは、まるで姑のようであったが、マリアの好みを知り尽くしている、という点において、これほどまでに強力な味方もいなかった。
もちろん、裏でそんなやり取りがあったことをマリアが知る由もなく。二人の前に運ばれてきた可愛らしい前菜に、マリアの目が輝いた。
「とっても素敵ですね、ケイさん!」
「あ、あぁ」
油断するとすぐに頬が緩んでしまうな、とケイは自らの口元を覆ってうなずく。マリアの言う通り、前菜はどれも彩りよく綺麗に並べられていて、ケイはそのことに神経を集中させた。
クリームチーズをたっぷりと塗ったバゲットの上にサーモンが鎮座しているものや、花のように巻かれた生ハムと葉っぱをかたどったアボカドの開花祭らしい組み合わせ、野菜の鮮やかなソースに飾られたシュリンプ。ハート形に切られたトマトとチーズが、キューピッドの矢を模したスティックにつけられており、それがまた、マリアのハートを射抜く。
「か、可愛くて食べられません……!」
あわあわとケイの方へ視線をやるマリアの姿こそ、ケイには可愛らしく、ついにケイの表情筋も耐えることが出来なかった。
とはいえ、さすがに食べないわけにはいかず、二人はあーだこーだ、と言いながら食べ進めていく。ポテトスープも、そのあとの魚料理も、口直しに出されたトマトのソルベも絶品で、マリアはすっかり上機嫌であった。
「本当に幸せです……」
ほぅっと吐き出されたマリアのため息は、他人の機敏には少々疎いケイにも分かるほどの幸せのため息であった。
メインの肉料理が運ばれてきたときは、マリアよりもケイの方が目をキラキラと輝かせていたが。
最後に出されたデザートに、マリアとケイは再び笑みを浮かべた。ストロベリーが見事なバラの形になっていて、淡いピンクのムースの上に、ちょこんと愛らしくのせられている。
「はわぁぁ~~!」
マリアが両手を頬に当て、うっとりとその可愛らしいデザートを見つめると、デザートを持って来た店員もにっこりとほほ笑む。
「お客様、召し上がられる前に、当店から一つお願いを」
マリアとケイは店員へと視線をうつして耳を傾ける。
「こちらのデザートは、お互いに交換しあってから、お召し上がりください」
「交換?」
店員の言葉に、マリアもケイも首をかしげる。
「同じものじゃないんですか?」
「中身は同じものですが、本日は開花祭ということで。互いに、プレゼントを贈る気持ちで、ぜひ」
店員はニコリとほほ笑むと、何事もなかったかのように去っていく。残されたマリアとケイは互いに顔を見合わせ、頬を赤く染めながら、互いのデザートを交換しあった。
イチゴの赤いバラが、互いの手の中で美しく咲き誇る。
マリアとケイは、自らの思いが相手に伝わりますように、と願わずにはいられなかった。
料理を食べ終えて、幸福感から柔らかな笑みを浮かべるマリアとは対照的に、ケイの表情は少し緊張からか強張っていた。
(プレゼントを渡すなら、今だろうか……)
食後に、と出された紅茶が、ティーカップから湯気をのぼらせ、柔らかなオレンジの香りをさせている。目の前のマリアはその香りと、窓の外に美しく輝く王城を眺めて楽しんでいるようだった。
ケイはスーツのポケットに忍ばせておいた小さな箱に触れる。丁寧にラッピングしてもらったが、崩れてはいないだろうか。指でその箱の形をなぞりながら、リボンがきちんと結ばれていることや、包装紙にしわがないことを確認して、ケイは
「ん゛んっ……」
とわざとらしく咳払いを一つ。当然、そんなケイの行動に、マリアの視線はケイの方へと移っていく。美しいマリアの瞳に、自分自身が映りこんで、ケイはたまらない幸福感に包まれた。
「そ、その……今日は、ありがとう」
改まったケイの感謝に、マリアは慌てて首を横に振る。
「そんな! こちらこそ! ケイさんも、お仕事が忙しいのに」
「それは、マリアもだろう。ましてや、今日は定休日じゃないのに……」
ケイの言葉に、マリアはクスリとほほ笑んだ。
「今日から、パルフ・メリエは一年間お休みですから」
マリアの言葉に、ケイの胸がぎゅっと締め付けられる。
そろそろ、旅立ちの時期だろうと思っていたが、まさかこんなにも早く。
「そ、そうか……。それじゃぁ、もう、すぐに発つのか?」
「いえ! 店の片付けもありますし、お家のこともありますから、後半月くらいは。それに、旅をすると言っても国内だけですし」
苦笑するマリアに、ケイは、もう一度、そうか、と呟いた。
ポケットの中でもてあそんでいた小さな箱をそっと取り出す。ケイは、その可愛らしい箱へと視線を落として、
(やはり、伝えなければ……)
と箱を握りなおした。
「マリア、これを」
ケイは机の上に箱を置き、マリアの前に差し出す。
開花祭の日に、異性へプレゼントを贈るということが、どういうことを意味しているのか。この王国で、それを知らない人はいない。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
さて、マリアとケイの素敵なランチタイム、お楽しみいただけましたか?
タイトルと合わせて、二人の甘いデートの様子を皆様にも感じていただけておりましたら幸いです*
(裏話をちょこっと活動報告に載せておりますので、もしよろしければそちらもお願いします♪)
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