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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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218/232

アイラとハラルドのデート

 開花祭当日を迎え、王国中はどことなくフワフワとした雰囲気が(ただよ)っていた。

 そんな王国の、街の広場。例にもれず浮足(うきあし)立った青年が一人。いつもよりも少しめかしこんで、ソワソワと落ち着かない様子である。

「ハラルド!」

 人の行き()喧騒(けんそう)の中でも、ハラルドの耳にするりと届く声。ハラルドは顔を上げて、彼女の姿に思わず(ほお)紅潮(こうちょう)させた。


「遅くなってごめんなさい」

 いつもは時間にきっちりか、もしくはハラルドよりも先に集合場所へ着くことも多いアイラが、息を切らしてハラルドに謝罪する。だが、そんな謝罪はハラルドには聞こえていない。

「ハラルド……?」

 アイラが不安そうに眉を下げてハラルドを見つめれば、すっかり固まってしまったハラルドがハッと(われ)に返ったように声をあげた。

「あ、あぁ! いや、その! アイラさん、今日はなんだかいつもよりも……」


 綺麗ですね、と呟いた声はほとんど消えかかっていた。ハラルドの顔から、ボンと湯気が立ち込めているのではないか、と思うほど、その顔は真っ赤だ。

「えっ!? そ、それは、その……」

 そして、そんな言葉を聞いたアイラもまた、ハラルドと同じように顔を真っ赤にしてうつむいた。


 開花祭は、いつもよりも特別に。そう思って身支度(みじたく)をした結果、アイラは集合時間に少し遅れてしまったのだが、ハラルドにとっては些細(ささい)なことだったらしい。

「い、いつも綺麗ですが! その、なんていうか、今日は特別……」

 ハラルドはわたわたと(あわ)てふためきながら、それでもアイラの方へ視線を向け、そしてにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「本当に、素敵です」

 その笑顔がどれほどアイラの胸を締め付けるのか、ハラルドは知らない。


「ハラルドも……とっても、素敵よ」

 アイラもまた、勇気を振り(しぼ)ってハラルドを見つめる。今日はいつもの地味なスーツではなく、少しだけ上等なスーツのようだ。ライトグリーンのスカーフが、春の訪れを告げるようである。

「あ、そ、その! ありがとうございます!」

 深く頭を下げるハラルドの(やわ)らかな癖毛(くせげ)がぴょんと揺れ、アイラもはにかんだ。


 ハラルドは、照れくさそうにアイラの方へ手を差し伸べる。緊張が表情には(にじ)んでいるし、差し出した手も、緊張で少し湿っていて、決してかっこいい、スマートなエスコートとは呼べないが、

「それじゃぁ、行きましょうか」

 とアイラの目を見てはっきりと告げるその姿に、アイラの鼓動が(はず)む。

「え、えぇ」

 アイラの差し出した手も、緊張のせいか少し(ふる)えていた。


 そっと優しく、壊れ物を扱うかのように、けれど、決して離さないで。

 二人は今までよりもその手のぬくもりを、指と指の触れる瞬間を、心に刻みつける。

 (やわ)らかな肌の感触、互いの手の大きさの違いを感じながら、じんわりと広がる熱を感じた。


 今日は、ハラルドが一生懸命に考えた少し特別なデートコースだ。エスコートはもちろん、ハラルドが。アイラはどこへ行くのかも聞かされていない。ハラルドが歩き出した方向に向かって、一緒に並んで足を進める。

「良いお天気ですね」

「本当ね」

 いつもよりもどこかぎこちない会話も、アイラには心地よかった。二人の間を通りすぎる風は温かく、まさに花開く春にふさわしい。


 ハラルドは路面電車の切符を二枚買い、アイラはハラルドに(うなが)されるまま路面電車に乗り込んだ。城下町にでも行くのだろうか、と思いながらも、普段、通勤ですっかり通り慣れた街並みを見つめる。

「お見合いをした日のことを、覚えていますか?」

 ハラルドの声に、アイラは窓の外に向けていた視線を、ハラルドの方へと移動させる。

「もちろんよ。忘れられない」

 アイラは、その時のハラルドの様子を思い出してクスリとほほ笑んだ。


 あの日、ハラルドは、アイラを見るや(いな)や、これでもかと目を丸めて、パクパクと口を動かしたかと思えば、顔を真っ赤にして言ったのだ。

「アイラさんに出会えて、僕は幸せです」

 アイラもまた、ハラルドと同じような表情になってしまった。二人はしばらく会話もないままに過ごしたが、やがてポツポツと互いに話をするうちにすっかり意気投合し、お見合いは成功、という訳である。


「なんだか、夢みたいです」

 ハラルドは穏やかに微笑んだ。

(それは、私も同じ)

 シャルルへの思いを、あっという間に吹き飛ばされてしまったのだから。アイラは苦笑する。まさか、自分がこんなにも移り気の多い女だとは知らなかった。

「本当に、夢みたいよね」

 夢じゃない。そう信じるのが難しいほどには、素晴らしい出会いだった。


 路面電車が駅に停車して、二人は電車を降りる。そこは、アイラが王立図書館へ出勤する際に使う駅であり、そして、ハラルドが博物館へ出勤する時に使う駅でもあった。

「どこへ連れて行ってくれるのかと思ったら、随分(ずいぶん)見慣れた場所に来ちゃったみたい」

 アイラが冗談めかして笑うと、ハラルドはうなずいた。

「今日は、僕の勤めている博物館に、アイラさんをご招待します」


 ハラルドの言葉は、アイラにとっては少し意外なもので、驚きを隠せない。開花祭のデートで、まさか自分の勤めている職場へ招待をする人がいるなんて、誰が思うだろう。アイラがクスクスと肩を揺らせば、ハラルドは不思議そうに首をかしげる。

「ふふ、ごめんなさい。ハラルドらしくて、なんだか」

 気が抜けちゃったわ、とアイラが笑えば、ハラルドも恥ずかしそうに微笑んだ。

 二人の間にあった緊張は自然とほどけ、二人はそれから軽やかな足取りで、見慣れた街並みを歩いた。


 アイラが勤めている王立図書館の前を通り過ぎ、隣接する王国一の植物園、ガーデン・パレスを過ぎる。この先は、アイラもあまり訪れる機会がなく、新鮮な景色が広がる。

「そういえば、大人になってから博物館って行かなくなっちゃったわね」

 とアイラが思い出したように(つぶや)けば、

「それならなおさら、ご招待して良かったです」

 とハラルドは嬉しそうに笑った。


「いつか、アイラさんと一緒に博物館を見て回れたら楽しいだろうなって、思っていたんです。アイラさんは、博識(はくしき)だし、色々なことに興味を持ってくれるから」

「ふふ、そうね。私も楽しみだわ。ハラルドの古いもの好きには、いつも楽しませてもらってるもの」

 博物館へ近づくにつれ、二人の会話はだんだんと(はず)んでいく。博物館に置いてあった化石が怖かった、とか、昔の人が作った工芸品がすごく繊細だ、とか、二人ならではの話に花が咲いた。


「さ、着きましたよ」

 ハラルドは、博物館の入り口で立ち止まり、アイラの方へと視線を向ける。すっかりエスコートも様になってきた。

「それじゃ、行きましょうか」

 アイラの手を握りなおしたハラルドは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

新たなブクマ、大変嬉しく、励みになります。お手に取ってくださっている皆様、本当にありがとうございます!


さて、今回からいよいよ開花祭が幕を開けました*

まずは、ハラルドとアイラの二人のデートから、お楽しみくださいませ♪


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

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