アイラとハラルドのデート
開花祭当日を迎え、王国中はどことなくフワフワとした雰囲気が漂っていた。
そんな王国の、街の広場。例にもれず浮足立った青年が一人。いつもよりも少しめかしこんで、ソワソワと落ち着かない様子である。
「ハラルド!」
人の行き交う喧騒の中でも、ハラルドの耳にするりと届く声。ハラルドは顔を上げて、彼女の姿に思わず頬を紅潮させた。
「遅くなってごめんなさい」
いつもは時間にきっちりか、もしくはハラルドよりも先に集合場所へ着くことも多いアイラが、息を切らしてハラルドに謝罪する。だが、そんな謝罪はハラルドには聞こえていない。
「ハラルド……?」
アイラが不安そうに眉を下げてハラルドを見つめれば、すっかり固まってしまったハラルドがハッと我に返ったように声をあげた。
「あ、あぁ! いや、その! アイラさん、今日はなんだかいつもよりも……」
綺麗ですね、と呟いた声はほとんど消えかかっていた。ハラルドの顔から、ボンと湯気が立ち込めているのではないか、と思うほど、その顔は真っ赤だ。
「えっ!? そ、それは、その……」
そして、そんな言葉を聞いたアイラもまた、ハラルドと同じように顔を真っ赤にしてうつむいた。
開花祭は、いつもよりも特別に。そう思って身支度をした結果、アイラは集合時間に少し遅れてしまったのだが、ハラルドにとっては些細なことだったらしい。
「い、いつも綺麗ですが! その、なんていうか、今日は特別……」
ハラルドはわたわたと慌てふためきながら、それでもアイラの方へ視線を向け、そしてにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「本当に、素敵です」
その笑顔がどれほどアイラの胸を締め付けるのか、ハラルドは知らない。
「ハラルドも……とっても、素敵よ」
アイラもまた、勇気を振り絞ってハラルドを見つめる。今日はいつもの地味なスーツではなく、少しだけ上等なスーツのようだ。ライトグリーンのスカーフが、春の訪れを告げるようである。
「あ、そ、その! ありがとうございます!」
深く頭を下げるハラルドの柔らかな癖毛がぴょんと揺れ、アイラもはにかんだ。
ハラルドは、照れくさそうにアイラの方へ手を差し伸べる。緊張が表情には滲んでいるし、差し出した手も、緊張で少し湿っていて、決してかっこいい、スマートなエスコートとは呼べないが、
「それじゃぁ、行きましょうか」
とアイラの目を見てはっきりと告げるその姿に、アイラの鼓動が弾む。
「え、えぇ」
アイラの差し出した手も、緊張のせいか少し震えていた。
そっと優しく、壊れ物を扱うかのように、けれど、決して離さないで。
二人は今までよりもその手のぬくもりを、指と指の触れる瞬間を、心に刻みつける。
柔らかな肌の感触、互いの手の大きさの違いを感じながら、じんわりと広がる熱を感じた。
今日は、ハラルドが一生懸命に考えた少し特別なデートコースだ。エスコートはもちろん、ハラルドが。アイラはどこへ行くのかも聞かされていない。ハラルドが歩き出した方向に向かって、一緒に並んで足を進める。
「良いお天気ですね」
「本当ね」
いつもよりもどこかぎこちない会話も、アイラには心地よかった。二人の間を通りすぎる風は温かく、まさに花開く春にふさわしい。
ハラルドは路面電車の切符を二枚買い、アイラはハラルドに促されるまま路面電車に乗り込んだ。城下町にでも行くのだろうか、と思いながらも、普段、通勤ですっかり通り慣れた街並みを見つめる。
「お見合いをした日のことを、覚えていますか?」
ハラルドの声に、アイラは窓の外に向けていた視線を、ハラルドの方へと移動させる。
「もちろんよ。忘れられない」
アイラは、その時のハラルドの様子を思い出してクスリとほほ笑んだ。
あの日、ハラルドは、アイラを見るや否や、これでもかと目を丸めて、パクパクと口を動かしたかと思えば、顔を真っ赤にして言ったのだ。
「アイラさんに出会えて、僕は幸せです」
アイラもまた、ハラルドと同じような表情になってしまった。二人はしばらく会話もないままに過ごしたが、やがてポツポツと互いに話をするうちにすっかり意気投合し、お見合いは成功、という訳である。
「なんだか、夢みたいです」
ハラルドは穏やかに微笑んだ。
(それは、私も同じ)
シャルルへの思いを、あっという間に吹き飛ばされてしまったのだから。アイラは苦笑する。まさか、自分がこんなにも移り気の多い女だとは知らなかった。
「本当に、夢みたいよね」
夢じゃない。そう信じるのが難しいほどには、素晴らしい出会いだった。
路面電車が駅に停車して、二人は電車を降りる。そこは、アイラが王立図書館へ出勤する際に使う駅であり、そして、ハラルドが博物館へ出勤する時に使う駅でもあった。
「どこへ連れて行ってくれるのかと思ったら、随分見慣れた場所に来ちゃったみたい」
アイラが冗談めかして笑うと、ハラルドはうなずいた。
「今日は、僕の勤めている博物館に、アイラさんをご招待します」
ハラルドの言葉は、アイラにとっては少し意外なもので、驚きを隠せない。開花祭のデートで、まさか自分の勤めている職場へ招待をする人がいるなんて、誰が思うだろう。アイラがクスクスと肩を揺らせば、ハラルドは不思議そうに首をかしげる。
「ふふ、ごめんなさい。ハラルドらしくて、なんだか」
気が抜けちゃったわ、とアイラが笑えば、ハラルドも恥ずかしそうに微笑んだ。
二人の間にあった緊張は自然とほどけ、二人はそれから軽やかな足取りで、見慣れた街並みを歩いた。
アイラが勤めている王立図書館の前を通り過ぎ、隣接する王国一の植物園、ガーデン・パレスを過ぎる。この先は、アイラもあまり訪れる機会がなく、新鮮な景色が広がる。
「そういえば、大人になってから博物館って行かなくなっちゃったわね」
とアイラが思い出したように呟けば、
「それならなおさら、ご招待して良かったです」
とハラルドは嬉しそうに笑った。
「いつか、アイラさんと一緒に博物館を見て回れたら楽しいだろうなって、思っていたんです。アイラさんは、博識だし、色々なことに興味を持ってくれるから」
「ふふ、そうね。私も楽しみだわ。ハラルドの古いもの好きには、いつも楽しませてもらってるもの」
博物館へ近づくにつれ、二人の会話はだんだんと弾んでいく。博物館に置いてあった化石が怖かった、とか、昔の人が作った工芸品がすごく繊細だ、とか、二人ならではの話に花が咲いた。
「さ、着きましたよ」
ハラルドは、博物館の入り口で立ち止まり、アイラの方へと視線を向ける。すっかりエスコートも様になってきた。
「それじゃ、行きましょうか」
アイラの手を握りなおしたハラルドは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
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さて、今回からいよいよ開花祭が幕を開けました*
まずは、ハラルドとアイラの二人のデートから、お楽しみくださいませ♪
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