レター・フロム
アイラとハラルド、二人の香りが無事に完成し、発送準備が整ったマリアは、近くの村にある郵便屋へと訪れていた。
「それじゃ、これは開花祭の前々日に」
「よろしくお願いします」
あとは、二人がその香りをお互いに開花祭で渡すだけだ。マリアもすっかり肩の荷が下りた、と思わず息を吐く。黙っていてくれ、と言われていたせいで、まるで嘘をついているかのような気分にさいなまれていたのだった。
マリアが、それじゃあ、と郵便屋から出ようと背を向けると、
「待って待って!」
と焦ったような青年の声が聞こえる。
「はい?」
マリアが後ろを振り返れば、青年は一枚の手紙をマリアの方へ向けていた。
「マリア宛の手紙があったんだった!」
ついさっき、この郵便屋に届いたばかりで、ちょうど明日にでも届けようと思ってたんだ、と青年はマリアにその手紙を渡す。後ろを返せば、そこには、ケイの名前が入っている。
「えっ」
マリアが思わず声を上げれば、青年は
「もしかして、思い人からの手紙かい?」
とマリアをからかう。
「タイミングばっちりだね。以心伝心ってやつかな」
青年は冗談のつもりだったが、マリアの頬がほんのりと赤く染まっているのを見て、ほほん、と生暖かい視線を送る。
「良い開花祭を」
青年のにこやかな笑みに、マリアは思わずハッと緩んだ顔を引き締めて、ありがとうございました、と早口に頭を下げた。
すぐにでも手紙を開けたい、という思いがマリアを急がせる。いつもよりも駆け足でパルフ・メリエへ向かって一直線。落ち葉で埋め尽くされた、パルフ・メリエへと続く森の小道はいつも以上にガサガサと騒がしく音を立てる。
少しばかり息を切らしてパルフ・メリエの扉を開けると、マリアは息を整えることもせずに、そのまま階段を駆け上がった。
肩で息をしながら、マリアはペーパーナイフでそっとシーリングワックスをはがす。ケイからの手紙を傷つけてしまわないよう、焦る気持ちを抑えて丁寧に封筒を開ける。中に入っている紙は一枚。ケイらしい、いつもの簡素な文章がきっとそこにあるのだ。
マリアはそっと中の手紙お取り出して、折りたたまれているそれを開いた。
『開花祭の日、会って話がしたい』
たったそれだけの文章である。不器用だが、ストレートなケイらしい文章。マリアはその一文を何度も読み返しては、混乱する頭を落ち着けようとゆっくり深呼吸をする。
「開花祭の日、会って、話が、したい」
何度読んでも、そう書いてある。夢でもなく、幻でもなく、確かに。
「これって……」
マリアは自らの顔にどんどんと熱が集まっていくのを感じて、ブンブンと頭を振った。
さすがのケイも、開花祭がどんな日であるか、ということは分かっているはずである。そんな日に、会って話がしたい、ということは、少しくらい期待しても良いということだろうか。
それとも、まったく開花祭とは関係なく、先日シャルルがそうしてくれたように、旅の支度について気にかけてくれているのか。
「開花祭だから、わざわざ予定を聞いてくれた、とか……?」
マリアは自ら発した言葉に思わず落ち込んでしまう。もし、そうだとして、ケイに香水を渡して断られでもしたら、香り探しの旅どころではない。傷心旅行である。
「でも……」
マリアはもう一度ケイから届いたその手紙の文章を読み返して、胸をぎゅっと締め付けるような感覚に目を閉じる。
ケイが自分と同じような思いを少しでも抱いていてはくれないだろうか。そんなことを少しくらい夢に見てもいいだろうか。誰に向かって問うでもなく、ただそんな祈りにも近い質問を繰り返す。
「ケイさん……」
マリアがケイを呼ぶその声には、確かな熱がこもっていた。
開花祭まであと一週間。予定を聞くにはちょうどいいタイミングである。マリアも、もちろん、同じようにケイへと手紙を書こうか、と考えていたところだ。結果がどうであれ、思いは伝えなければ、と思っていたのだから。
ただ、勇気が出なくて先延ばしにしていた手紙を、マリアはそっと机の引き出しから取り出す。
「返事を、書かなくちゃ」
マリアは震える手でペンを握り、そっと手紙へとそのペンを走らせた。
『開花祭の日、私も、会ってお話したいことがあります』
たったそれだけの文章である。いつもの季節の話題から、ケイを気遣うような言葉が並ぶ、マリアらしい手紙ではなく、少しばかり震えたような筆跡の、マリアの緊張が伝わってくるような手紙。
それを受け取ったケイは、その一文を、大切に、丁寧に、何度も何度も読み返して、息を吐いた。
マリアのことである。開花祭、というのがどういうイベントであるかは知っているはずだ。そんな日に、ケイの出した手紙に対して、このような返事を送ってくる、ということは、少しは期待しても良いのだろうか。
(いや、しかし……)
ケイは、期待に弾む胸を無理やりに押しとどめる。
「旅のこと、ということもありえる、よな……」
欲を言えば、ありえないでほしい。ありえないでほしいのだが、そればかりはケイにはどうしようもないことなのである。
「だが……」
ケイはもう一度、マリアからの手紙を読み返して、鼓動が早まっていくのを感じる。
自分と同じ思いを、マリアが抱いてくれているなどというのは夢のまた夢だろう、と思ってはいるものの、今だけはそんな夢を見てもいいだろうか、とケイは一人思う。
「マリア……」
ケイがマリアを呼ぶその声には、確かな熱がこもっていた。
当然ケイは、この手紙に、集合場所と集合時間を書いた、たった一文の手紙を返送した。
そしてマリアも、その手紙に返事を書いた。
ケイがその手紙を受け取ったのは、開花祭まであと三日と迫ったところであった。
「あと三日……」
このモヤモヤとした気持ちが続くのか、とケイは思わずげんなりしたが、だからといってこの気持ちが抑えられるわけではない。
「あと三日……」
マリアも、ケイと同じような気持ちを抱えて、はぁ、と深いため息を吐いた。ケイへ贈るための香りはもう完全に準備できている。あとは、気持ちの準備だけだ。心地の良いような、悪いような、なんとも言えない気持ちを抑えられるはずもなく、ぼんやりと空を眺めた。
二人はその後、開花祭までの三日間を、それぞれに受け取った手紙を見てはドキドキと期待を膨らませたり、反対に、最悪のケースを考えて意味もなく落ち込んだり、という一喜一憂を繰り返して過ごしたのだった。
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今回は、開花祭を前にして、マリアとケイのもだもだした甘酸っぱい雰囲気いっぱいのお話になりました。
次回はいよいよ開花祭当日です! お楽しみに!
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