ハラルドの調香
開花祭まで後一週間に迫ろうかという日。
パルフ・メリエに訪れた客は、ハラルドである。今日はいよいよ、ハラルドがアイラへの香りを作るのだ。マリアの調香部屋に足を踏み入れたハラルドは、どこか緊張の面持ちで目の前に並べられた精油瓶を見つめた。
「い、いよいよですね……」
ハラルドがゴクリと生唾を飲み込む。マリアの瞳も真剣だ。
「頑張りましょうね」
マリアがハラルドに力強く拳を握って見せると、ハラルドも震える手を無理やりに握ってうなずいた。
そんなハラルドの様子からは、この先一体何があろうとも、アイラのためになら何でもしてやる、という強い気概が感じられる。
ハラルドは震える手を精油瓶へ伸ばす。たった数センチの距離、たった数瞬のこと。だが、それでもハラルドにとっては遠くて長い。それほどの緊張に包まれていた。
(うまく、いくんだろうか……)
上手に作れるか、ということはもちろん、アイラが気に入ってくれるかどうか、いや、そもそも受け取ってくれるかどうか。開花祭で嫌われてしまったりはしないだろうか。
そんな思いが、ハラルドの中に渦巻いているのである。
「ハラルドさん、大丈夫です。絶対に、うまくいきますよ」
そんなハラルドに声をかけるのはマリアで、その声の優しいトーンに、ハラルドの心もいくらか救われる。
「す、すみません。やはり、少し緊張してしまって」
ハラルドが苦笑すれば、マリアは軽く首を横に振って、
「お気持ちは、とっても分かりますよ。でも、ハラルドさんなら大丈夫です」
とほほ笑んだ。
ハラルドは、マリアの言葉に背を押され、精油瓶のフタをゆっくりと開ける。ふぅ、と息を吐いて、一度心を落ち着かせる。
(ここからが、本番だ……)
ハラルドは集中しろ、と自らに言い聞かせて、マリアに言われるがまま、先日バザーで購入した香水瓶へと精油を少しずつ移していく。
凛と澄んだ香りに、ハラルドはハッと目を見開いた。
親から勧められ、いやいや向かった見合いの場で、初めてアイラに合った時に感じた、あの清浄な空気感。アイラの凛とした佇まいを思い出す。
「これは?」
「これはスノードロップと呼ばれる花の香りです」
とマリアはハラルドへ説明する。
「雪に白さを与えた花なんだそうですよ」
マリアの言葉に、ハラルドは思わず顔を上げる。今まで恋愛沙汰には興味のなかったハラルドに、恋というものを教えてくれた彼女。ハラルドの世界に新しい色を与えたアイラに、ふさわしい花。
「素敵ですね」
ポロリと零れ落ちたようなハラルドの本心からの言葉にマリアが微笑むと、ハラルドの表情も和らいだ。
続いて、ホワイトリリーの香り。清潔感のあるアイラにぴったりの香りだ。柔らかな甘さとすっきりとしたサボンのような香り。くどくないのに、後ろ髪をひかれてしまうような。
「これは、全て入れてしまってください」
「いいんですか?」
「はい。旅に出るので、その前に精油はほとんど使い切ってしまう予定でしたから」
もちろん、分量はばっちりですよ、とマリアに言われ、ハラルドはなるほど、とその瓶をすべてボトルの中へと移し替えた。
なんとも不思議なもので、ハラルドの手は自然と三つ目の精油瓶に伸びる。最初の緊張など嘘のように、ハラルドは落ち着いていた。
「これはどれくらい入れればいいんでしょうか?」
マリアの指示が飛ぶより先に、ハラルドの口が開く。マリアがそれに答えれば、ハラルドは力強くうなずいて、丁寧に最後の香りを滴下していく。
うっとりしてしまうような、大人っぽい上品な甘さに、ハラルドは満足そうに目を細めた。ムスクのパウダリーな香りが先ほどまでの清潔感のある清々しい香りを柔らかく、温かな香りに変化させていく。
ハラルドの中にこれでもかとあふれるアイラへの思い。焦がれるような恋心と、優しくて穏やかな愛情。
それを見事に表すかのような香り。
「すごいですね、こんなに香りが変わるなんて……」
ハラルドが呟くと、マリアも、そうでしょう、と満面の笑みを浮かべる。ハラルドの瞳はいまやキラキラと輝いていて、それは、以前、パルフ・メリエのジュークボックスを見つめていたそれと同じものであった。
「少し時間をおいて、後でもう一度香りを確認しましょう。納得がいかなければ、もう少し調整してもいいですし」
マリアが言えば、ハラルドはうなずく。ひとまずは無事に調香を終えて、ハラルドも安心だ。深呼吸を一つすれば、作ったばかりの香りがハラルドの鼻を抜け、それがアイラへの思いをより一層募らせた。
爽やかなスノードロップの澄んだ香り。ホワイトリリーの清潔感のある甘さ。それらを包み込むように、けれど主張しすぎずに寄り添う上品なムスクの甘さ。すべてが一体になって、まさにハラルドがイメージしているアイラにぴったりな、大人っぽい気品ある香りである。
「ありがとうございます、マリアさん」
ハラルドが頭を下げると、マリアの表情も柔らかな笑顔に変わる。
「こちらこそ。開花祭のお二人の素敵な時間を、私の香りで彩っていただけるなら、こんなに幸せなことはありません」
マリアの言葉に、ハラルドもまた穏やかな笑みを浮かべた。
「さ、お茶にしましょう」
マリアはハラルドをリビングへ案内し、お湯を沸かしてティータイムの準備を始める。今日はレモンティーだ。ハラルドもまた、自らが手土産に持って来たレモンタルトの箱を取り出して、マリアに声をかけた。
「ここのレモンタルトが好きなんです。アイラさんと初めて出会ったのも、ここのカフェで」
ハラルドはその時のことを思い出し、思わずはにかんだ。
マリアは、先日アイラが全く同じものを手土産に持って来たことを思い出し、クスリと笑みを浮かべる。本当に相思相愛、お似合いな二人である。
「ありがとうございます、いただきます」
マリアはそれを受け取って、皿へ並べると、レモンティーをカップへ移して、輪切りのレモンを一つ、カップの上に浮かべた。
レモンタルトを切り分けて口へと運ぶハラルドが、そういえば、と話を切り出す。
「先日、アイラさんからレモンの良い香りがした日があって。あれも、マリアさんのところの香水ですか?」
マリアはハラルドの言葉に思わず手を止める。露骨にギクリとしたが、ハラルドは気づいていないのか、
「僕も香水は詳しくないですが、レモンの香りなら欲しいなぁって思ってしまいました」
と純真な笑みを浮かべた。
(その願い、きっと叶いますよ)
声には出さず、目の前で嬉しそうにレモンタルトをほおばるハラルドを見つめて、マリアもレモンタルトを口へ運ぶ。
アイラとハラルドの二人の甘い恋路に、春を告げる爽やかな風が吹く日も近い。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
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さて、ついにハラルドの調香も無事に終わりを迎えることが出来ました!
これで、開花祭準備は完璧です* 開花祭まであと少し、当日までぜひ楽しんでいただけましたら幸いです~!
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