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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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開花祭準備

 メックが帰っていった後、マリアは早速メックから購入したマカダミアナッツのオイルを手に調香部屋の扉を開けた。ナッツオイルを使用するのは随分(ずいぶん)と久しぶりのことである。勝手を思い出すために、まずは試作をしよう、とマリアは空の小瓶にレモンの精油を数滴()らす。

「ここに、ナッツオイルを……」

 マリアがオイルのフタを開けると、ほんのりとしたナッツの香りがした。


 決して強くはないレモンの香りに、ナッツオイルを注いでいく。さらさらとした液体が小瓶を満たすと、(さわ)やかで甘酸っぱいレモンと独特の(こう)ばしいナッツの香りが見事にマッチして、面白い香りである。

「確かに、レモンタルトに近いかしら」

 アイラが思いついた組み合わせだが、なかなか言いえて(みょう)である。


 マリアはそれをそっと手に取って、ゆっくりと両手をこすり合わせる。乾燥の激しい時期だが、マカダミアナッツのオイルを使えば、乾燥知らずだろう。

「わ」

 思っていたよりも素早く肌に浸透(しんとう)していく(なめ)らかな手触(てざわ)りに、マリアは思わず声を上げる。マリアの手のひらは一瞬にしてもちもちとした柔肌(やわはだ)になり、後に残るすっきりとしたレモンの香りが心地よい。


(これは……究極の(いや)しだわ……)

 マリアはもう一度瓶の中身を手に取って、今度はそのオイルで手首から下、腕の当たりをマッサージしていく。腕まくりをして、肘のあたりまで軽く自らの腕を()めば、手に吸い付くようなしっとりとした肌触りに、マリアは思わずうっとりしてしまう。自らの手であるにも関わらず、だ。

 マリアは黙々とそんなことを繰り返し、首や肩のあたり、足のふくらはぎなど、セルフマッサージを続ける。


「なくなっちゃった……」

 瓶の中身が空っぽになったところで、マリアはハッと(われ)に返る。普段あまり意識していなかったが、やはり疲れが()まっていたのだろう。レモンのリフレッシュ効果も相まって、少し体が軽くなったような気がする。

 今まで、あまり需要(じゅよう)もないと思っていたが、実際に手に取ってもらえばこれは売れるかもしれない。マリアは思わずそのアイデアをメモに取り、残ったナッツオイルに視線を向けた。


(もう少し買っておけば良かったかしら)

 もしも、アイラの香りを完成させた後に少し残っているようなら、旅の持ち物に加えなければならない。残らなかったら……メックの店で買おう。マリアはそう決断して、

「それじゃぁ、そろそろ」

 とアイラの作った香りに手を伸ばした。


 アイラの作ったレモンタルトの香りを崩してしまわないように、バランスを確認しながらゆっくりとナッツオイルを加えていく。

 トンカビーンズの(やわ)らかな粉砂糖の香りに包まれたレモンとジュニパーベリーの香りが、優しく、甘く香る。そこにナッツの香ばしさが加わって、まさにタルトにふさわしい。

「アイラさんって、やっぱりすごい方だわ……」

 いくらか手伝ったとはいえ、ほとんどアイラが考え、作った香りである。ナッツの香りとも相性は抜群(ばつぐん)で、そのセンスの良さには舌を巻く。


 このマッサージオイルで、アイラからのマッサージを受けられるハラルドは夢のような心地になること間違いなしである。少しうらやましいかも、なんてことを考えて、マリアは一滴、完成した香りを手の平に落とした。

「うん、これなら……」

 プレゼントを受け取るハラルドも、そして依頼をしてくれたアイラもきっと大満足だ。マリアはそっと大切にその香りを両手にもみこんで、マッサージオイルのフタをきっちりと閉めた。


 アイラからの調香依頼が無事に完成し、マリアはほっと胸をなでおろす。調香部屋いっぱいに(ただよ)うレモンの清々(すがすが)しい香りと、後から遅れて香る優しい甘さが、マリアをゆったりと包み込む。なんとも贅沢(ぜいたく)な時間だ。

「アイラさんとハラルドさんが結婚かぁ」

 良い家庭を築けそうである。二人でアイラの両親の店を続けるのかどうかは(さだ)かではないが、きっとあの二人なら、アイラの両親に負けない店となりそうだ。


 調香部屋に穏やかな夕暮れの光が差し込み、マリアは、次は、と先日作ったカモミールの香りへと視線を移した。ケイにプレゼントするためのものである。香り自体はあと少し調整をすれば完成だが、香水瓶はどうしようか、とマリアはそれを見つめる。

「ケイさんにぴったりの瓶、かぁ」

 先日のバザーでのハラルドの様子を見て、マリア自身ももっと考えなくては、と感じた。


 実際、ケイのことに思いを()せてみれば、あまりケイ自身の趣味は知らず、好きな食べ物も、もちろん、好きな色など知るはずもない。

「お洋服は、暗い色が多いけれど……」

 それと、ケイの好きな色が同じかどうかはまた別の話だ。あまりゴテゴテとした派手なものは好みではなさそうであるが、シンプルなものではせっかくの開花祭にも少しもったいないというもの。どうせなら、特別感のあるものがいい。


 マリアは調香用の机の下に置かれた香水瓶の箱を取り出して、机の上に並べていく。明らかにケイの好みではなさそうだ、というものや、ケイのイメージから遠いものは除外して、比較的シンプルだが作りがよく、美しい装飾(そうしょく)のものを選んでいく。

「ゴールドよりは、シルバーのイメージよね」

 とりわけ気に入った瓶以外は、ゴールドの装飾(そうしょく)のものも脇へよけ、マリアは残った香水瓶に目を向けた。


 あまり大きいものでは邪魔になってしまうし、ケイでも手軽に持ち運べるような小さめのサイズを選ぶ。ガラスにシルバーを巻き付けたような美しい瓶から、香水瓶としては少し珍しい黒っぽいスモークがかったものまで。マリアはその中から、ケイのイメージに近いものをさらにピックアップする。

 落ち着いた雰囲気と、クールな印象。洗練(せんれん)された、というよりは、どちらかというと質実剛健(しつじつごうけん)。どっしりと構える大人の男性。

「でも、こっちのブルーのものも捨てがたいかしら」

 ブルーのガラスに銀の装飾(そうしょく)が入った角形の瓶は、シンプルでスタイリッシュだ。


 うぅん、とマリアは首をかしげて、残った瓶を眺める。ハラルドがアイラへの香水瓶を散々悩んでいたあの時の気持ちが、手に取るようにわかる。

 ワインレッドも良い。表面にカットが入っていて、少し暗めの色合いに見えるところもケイのイメージには合っている。だが、(やわ)らかなグリーンも、春を告げる色合いで、マリアとしては気に入っているものだ。


 マリアはちらりとカモミールの香りに目をやって、その美しい色合いに、もう一度考え直してみよう、と目の前に並べられた香水瓶を眺める。

 カモミールの香りは、ジャーマンカモミールの精油の青が美しい色合いの液体である。後から希釈(きしゃく)することを考えても、シンプルな方が香水自体の色も映える。

「香水瓶単体で考えてはいけないわね」

 マリアは、ふむ、と口元に手を当てて、ケイならどれを手に取るだろうか、と思考を(めぐ)らせた。


「これに、しようかしら」

 マリアはゆっくりと一つの香水瓶に手を伸ばす。角形の細長い、小さなボトルで、フタに小さな青い宝石がはめ込まれている以外は非常にシンプルなものである。フタのフチは銀装飾(ぎんそうしょく)(ほどこ)され、ややスモークがかったフタがおしゃれだ。

(ケイさんは、喜んでくれるかしら……)

 開花祭に向けた準備が少しずつ(ととの)うにつれ、マリアの不安もまた、大きくなっていくのだった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


開花祭がいよいよ近づいてまいりました!

アイラの香りも、ケイへの贈り物も無事に完成し、残すところ、ハラルドの調香となりました*

次回は久しぶりにハラルドが登場して頑張ります~! お楽しみに。


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