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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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214/232

ナッツオイルと商売人

 パルフ・メリエが定休日なのを良いことに、朝から裏庭の手入れをしていたマリアは、うん、と背伸びを一つした。

「そろそろお昼ご飯にしようかしら」

 ()はすでにマリアの頭上を通り過ぎている。冷たい冬の空気にかじかんだ手をこすりあわせながら、マリアは店の入り口へと向かう。


「あら?」

 パルフ・メリエの入り口には、『定休日』と書かれた看板の前で困ったようにたたずむ青年が一人。見覚えのある姿に、マリアは(あわ)てて()け寄る。

「メックさん!」

 マリアが声を上げれば、名前を呼ばれたメックもマリアの方へと視線を向け、それからパッと表情を明るくした。


「お久しぶりです、マリアさん!」

「お久しぶりです」

 互いに二人は頭を下げる。実際にこうして顔を合わせるのはいつぶりだろうか。

「お届け物に上がりました。郵便馬車が使えなかったので、少し遅くなってしまいましたが」

 メックはガサガサとカバンの中をあさり、茶色いガラス瓶をマリアの方へ差し出す。

「マカダミアナッツのキャリアオイルです」

 その言葉に、マリアが

「あぁ!」

 と大きな声をあげたのは、当然のことだった。


 寒いから中へ、とマリアはメックを店内へ案内する。

「良ければ、今からちょうどお昼ご飯にするところだったんです。メックさんもいかがですか?」

 どうせ少し多めに作るのだ。客が一人増えたところで、とマリアがメックの方を見れば、メックはにこりとほほ笑んだ。

「それならちょうど良かったです。実は、他にもいくつかお土産を」


 二階のリビングに腰かけたメックの前には、たくさんのお土産が並んでいる。北の町で有名なお菓子と、パン、それからメックの店で扱っているちょっと変わった商品など。

「このパンは、今いただいても?」

「もちろん。お昼ご飯までごちそうになってしまってすみません」

 メックは申し訳なさそうに苦笑するが、マリアは全く気にしていない、と首を横に振る。


 メックが持って来たパンと、今朝作ったばかりのサラダとスープ、そしてグラタンを並べれば、お昼ご飯の準備は完了である。そこに、マリアが紅茶を並べ、メックは目を輝かせた。

「美味しそうですね!」

「今朝の残り物ですけど……」

 マリアがはにかむと、メックはいえいえ、と首を横に振る。裕福(ゆうふく)な商人の家で出てくるような豪華(ごうか)な料理とは雲泥(うんでい)の差だと思うのだが、メックはあまり気にしていないようだった。


 マリアは、メックの持って来たパンを、メックはマリアのグラタンを口に入れて

「ん~~!!」

 と目を細める。互いに新鮮な味に、思わず(ほお)(ゆる)んでしまう。

「美味しいです! このパン、外はサクサクなのに中はモチモチで」

「グラタンも、中に入ってるポテトがホクホクしていておいしいですね! 寒いこの時期にぴったりですし」

 互いに()め合ってニコニコと笑みを浮かべる。


「それにしても、こんなに遠くまでわざわざすみません」

 注文をしたときにも、確かにメックは馬車が使えないと言っていた。だが、まさかメック本人がこうして届けに来てくれることになるとは、マリアも想定外であった。

「いえいえ。うちは、お客様が望むものを提供する商売ですから。それに、マリアさんにはお世話になっていたので、旅に出られる前に、こちらからお会いしに行かなければ、とも思っていた次第で」

 メックは人好きのする笑顔をマリアに向けた。


 まさに、商売人の(かがみ)。メックの姿勢には頭が下がる、とマリアも食べる手を止めてメックに頭を下げる。

「本当に助かりました。冬の時期は、街の広場の方にある露店(ろてん)の数も減ってしまいますし、すぐに手に入るところが浮かばなくて」

 実際、探せばこのあたりでも手に入るとは思うのだが、最近はそうした時間も中々とるのが難しかったのだ。

「お礼といってはなんですが、もしよければ下の商品をいくつか持って帰ってください。もともと売り切ったら旅に出るつもりでしたし」


 マリアの申し出に、メックも目を輝かせた。

「本当ですか! それはとても嬉しいです! マリアさんのお(うわさ)は北の町でも聞いてるんですよ。店にも何度か問い合わせがあったくらいで」

 そういえば、北の町に来たときは、と電話の時にも言っていたな、とマリアは思い出してうなずく。

「それは嬉しいです。全部、というわけにはいきませんが……良ければぜひ、持って行ってください」


 そんな訳で、昼ご飯を食べ終えた二人は、早速階下のパルフ・メリエへと向かう。初めてパルフ・メリエを訪れたメックは、店の雰囲気にも目を輝かせる。

「香りのお店っていうくらいですから、もっと色んな香りがするものだと思っていたんですが、ここは優しい木の香りしかしませんね」

 ログハウスだから、ということもあるが、実際に香りを楽しんでもらう際、香りを分かりやすくするために、あえて店の中には香りを()かないようにしているのだ。もちろん、たまにはアロマキャンドルを置いたりすることもあるが、それもあまり多くはない。


「それに、商品の陳列(ちんれつ)も見やすくて分かりやすいし……配置も、工夫されてるんですね」

 メックの目の付け所に、マリアも思わず驚く。さすがに商店をやっているだけのことはある。こういった他店を分析する能力、というのが、ティエンダ商店を成功させている秘訣(ひけつ)なのかもしれない。

「うちにはカントスさんの商品もあるので、あまりかぶらないような商品をいくつかいただいていっても?」

 マリアがうなずくと、メックは、どれどれ、と本格的に品定(しなさだ)めを始めた。


 メックが手に取ったのは、アロマキャンドルとルームフレグランス、そしていくつかの石鹸(せっけん)だった。確かに、カントスが作らないような商品である。

「いくらですか?」

「え?」

 メックに聞かれ、マリアが首をかしげると、メックも不思議そうな表情でマリアを見つめた。


「お金は、結構ですけど……」

 マリアの発した言葉に、メックが驚いたように目を丸くする。

「ど、どうしてですか?!」

 商売人としては考えられない言葉だったらしい。マリアとしては、ここまで来てくれたお礼に、というだけのことなのだが、メックとしては、そういう訳にはいかないらしい。


「オイルの料金はいただいてますし、俺が好きでここまで来たんです。ですから、タダでこれをいただくわけにはいきません」

 メックはきっぱりと言い切って、カバンから財布を取り出す。マリアの話をこれ以上聞く気はないようで、メックは自ら手に取った商品に書かれた金額を足し算してその分のお金をマリアの手に握らせた。


「マリアさん、旅から戻られたら、絶対に金勘定(かねかんじょう)の出来る人間を一人(やと)った方がいいですよ。自分の価値をあまり安売りしないこと。商売人の鉄則です」

 メックが厳しい視線をマリアに送れば、マリアは、う、と言葉を詰まらせた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


今回は久しぶりにメックの登場となりました!

無事にナッツオイルも届き、これでアイラの作ったレモンタルトの香りも完成させることが出来そうです♪ 開花祭準備もいよいよ大詰め、本番当日までぜひお楽しみに*


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