プレゼント選び
マリアとシャルルがサントノーレに舌鼓をうっているころ、王城の警備を終えたケイは、城下町へと向かっていた。シャルルが休みをとっているので、報告する相手もおらず、ケイも今日は直帰である。そんな訳で、騎士団本拠地に戻らない分、時間に余裕のあるケイは、珍しく一人、寄り道をしていた。
城下町の一角。普段なら絶対にケイが踏み入ることのない、女性もののアクセサリーや雑貨の並べられた店の前で、ケイは足を止めた。ショーウィンドウは、たくさんの花飾りで彩られており、明らかに開花祭を意識した展示になっている。
「何かお探しですか?」
ショーウィンドウをまじまじと眺めていたケイに声がかかるのも当然で、店の扉を開けた店員と思しき女性がひょこりと顔を出した。
この時期は、男性の方も彼女さんへのプレゼント選びに良く来られるんですよ、と女性がケイを店内へ招き入れる。店内は、目がチカチカしてしまうのではないかと思うほど、きらびやかな商品が所せましと並んでいた。そういった場に慣れていないケイは、仕事以上に緊張で体をこわばらせる。唯一ケイにとって良かったことと言えば、
「ご自由にご覧になってくださいね」
と女性の店員がケイから離れたことくらいであった。
ケイは並べられた商品を物色しながら、マリアのことを思い浮かべる。手に取った商品を身に着けるマリアを想像しながら、どんなものでも似合ってしまうせいで決め手がない、とケイは顔をしかめた。
(何を渡しても、喜ぶのだろうな……)
マリアのことである。いつもの愛らしい笑みを浮かべて、ケイにお礼を言うに決まっているのだ。それがまた、ケイを悩ませる。もっと分かりやすくわがままであってくれれば、プレゼントの選択肢も必然的に減るのに、などとそんなことを考えてしまう程度には、ケイも追い込まれていた。
「彼女さんへのプレゼントですか?」
そんなケイを見ていられなくなったのだろうか。いたたまれない、という表情で、先ほどの店員がそっとケイに助け舟を出す。いや……店内でかれこれ十五分以上は険しい顔をして悩んでいる人を見て、ほおっておける店員など、どこにいるというのだろうか。
「もしよければ、お手伝いさせていただきますが」
ごく控えめな提案だったこともあってか、ケイも表情を少し緩めて
「すまない」
と小さく会釈した。
「その、彼女……ではないんだが……」
ケイがおずおずと話を切り出せば、女性店員は、まぁ、と口元を手で覆う。開花祭で、異性に贈り物をする、というのは愛の告白を意味するに等しい。
「そうでしたか!」
店員はキラキラと楽しそうに目を輝かせて、ケイの言葉に相槌を打った。どうやら、全く知らない他人の恋愛沙汰にも食いついてしまうタイプらしい。
「どんな方なんですか?」
先ほどまでの奥ゆかしい雰囲気とは打って変わって、前のめりな質問に、ケイは苦虫を嚙み潰したような表情を隠すことが出来なかった。
どう答えるべきか、とケイは逡巡したが、
(これも、ぴったりの商品を選ぶために必要な質問かもしれない……)
と思えば、正直に答える方がよいだろうという結論が導き出されるわけで。ケイが口を開けば、店員は好奇心に満ちた瞳を臆することなくケイへ向けた。
「その……花のような、女性、といえばいいだろうか」
少し悩んで、マリアに似合うぴったりの言葉が見つからず、ケイは曖昧に言葉を濁す。
「花のような……」
店員は、ケイの言葉を繰り返して、それからクスリとほほ笑んだ。
「ふふ、素敵な女性なんですね」
「あ、あぁ」
どうやらしっかりと意味は伝わったようである。はにかむ女性に、ケイは胸をなでおろした。
「その方は、お花もお好きですか?」
「そうだな。花は好きだ。それから、甘いものも」
「アクセサリーなんかはされます?」
「そういえば、派手なアクセサリーはつけているのを見たことがない。だが、服や雑貨は好きそうだ。どんな服も着こなしていて……」
店員の質問に答えるケイの顔は、だんだんと柔らかなものになっていく。マリアのことを思えば、頬も緩んでしまうのだ。
慈愛に満ちた瞳でマリアを語るケイを、店員も穏やかな瞳で見つめた。
「その方のことを、すごく、大切に思ってらっしゃるんですね」
店員の言葉に、ケイは思わず口をつぐむ。ベラベラと余計なことまで喋ってしまったんじゃないか、と我に返れば、遅れて頬が染まっていくのを感じる。ケイが黙り込んでしまうと、
「必ず、素敵なプレゼントをお贈りしましょうね!」
と、ケイの真剣な気持ちが伝わったのか、店員はぐっと強く拳を握りしめた。
俄然やる気を出した店員にすすめられるがままに、ケイもあれやこれやと商品を品定めする。アクセサリーもあまり大げさなものは引かれてしまうから、と女性目線の意見ももらいつつ、これはマリアに似合いそうだ、とか、この色よりもこちらの方がいいだとか、ケイも少しずつではあるが注文をつけていく。ケイが棚に置かれていた小さなイヤリングを手にしたとき、
「そうだわ!」
と店員が手を打った。
少々お待ちください、と言われ、ケイはその場に取り残される。店員がバックヤードの方へと駆けていくと、何やらバタバタと忙しなく動く音が聞こえた。
「おかーさん! あれ、どこにやったっけー?」
どうやら、店の奥に母親がいるらしい。ケイに接客をしているときの態度とは大違いの、年ごろの娘らしい声が筒抜けだ。
「あれってどれよぉ」
母親の声が次いで聞こえ、ケイは、素知らぬ振りをした。
イヤリングをまじまじと眺めていたケイに声をかけたのは、ふくよかな女性だった。店員の母親だろうか、人のよさそうな笑みを浮かべてケイに頭を下げる。
「お待たせしてごめんなさいねぇ。もうすぐ戻ってきますから」
いえ、とケイが軽く首を横に振ると、店の奥から先ほどの店員が顔を出す。
「お客様、お待たせしてすみません!」
なるほど、並ぶと瓜二つ。体形は違えど、まさに親子、という雰囲気である。
店員がケイの方へ差し出したのは、パールとビオラがあしらわれた美しいバレッタだった。
「これは?」
「バレッタです。髪留めですね」
「髪留めか……」
ケイは、ふむ、とそれを手にして、身に着けているマリアの姿を想像する。
今まで手に取ってきたどの商品よりも、マリアにはぴったりなように思えた。
「実は、母の手作りなんです。あと何個か作ってから店に並べようかって話をしてたんですけど……お客様を見ていたら、出し惜しみするのももったいなくなっちゃいました!」
にっこりと笑みを浮かべる店員とその母親の商売の上手なこと。まんまと二人の巧妙なやり口にのせられて、ケイは
「分かった。これにしよう」
とうなずいたのだった。
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さて、今回は、ケイのプレゼント選びのお話でした。お楽しみいただけましたでしょうか?
ビオラの髪飾り、無事にマリアに渡すことが出来るのか、今後にご期待くださいませ♪
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