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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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209/232

作戦会議

 ビーフシチューを口へと運ぶエトワールの所作(しょさ)は、今まで以上に美しく、まるでトーレスと食事をしているようだ、とケイは思う。もともと、エトワールは良くできた青年だが、より一層(みが)きがかかっている気がする。

 ケイの視線に気づいたのか、エトワールは静かにスプーンを脇へ置いた。

「食事のマナーは特に、ディアーナ王女のお父上が(きび)しくて」

 苦笑して見せるが、その声には嬉しさがにじんでいた。


 (きび)しい、と言っても細かで丁寧な、という意味だろう、ということはケイにも察することが出来る。エトワールの話しぶりには、尊敬の念がたっぷりとこもっている。

「もしかしたら、これが最後かもな」

 ケイがポツリとこぼせば、エトワールは少し困ったように(まゆ)を下げた。

「それは(さみ)しいですね。僕にとっては、ケイ隊長は、いつまでも(あこが)れの上司ですから」

 本心だと分かるぶん、ケイも顔を赤らめずにはいられない。嬉しさと(ほこ)らしさに、照れくささが混じり、ケイは思わず視線を下げる。


 食事を終え、エトワールがデザートを前に口を開く。

「贈り物の話に戻りましょうか」

 贈り物について何か考えよう、と思ったところで食事が出されたのだ。結局、料理の話から思い出話に花が咲いて、本題からそれてしまった。

「そうだな。すまない」

「いえ、おかげで食事中に少し考えることも出来ましたし」

 エトワールはにこやかに微笑むと、デザートのパウンドケーキを口へ運ぶ。


「やはり、受け取る方がお好きなものを贈るのが一番だと思うのですが……」

「好きなもの、か」

 ケイは、マリアを思い浮かべる。真っ先に思い浮かぶのはやはり香りだろうか。だが、本職で(あつか)っているような香水やバスオイル、茶葉を贈るのは気が引ける。マリアなら喜んでくれそうだが、選ぶこちら側には敷居(しきい)が高い。


「好きなものを、彼女が本職で(あつか)っている場合はどうすればいい?」

「と、いうのは?」

「いや、その、例えば……例えばだが、香水が好きで、香水屋を営んでいるような」

 ケイの分かりやすい例えに、エトワールの脳裏(のうり)には一人の人物が浮かび上がる。出来るだけそれを顔に出さないように気をつけながら、なるほど、とうなずいた。


「確かにそれは気が引けますね。うぅん……、他に好きなものは?」

「そうだな。花と、甘いものも好きだと思う」

「うぅん……でしたら、花のコサージュとか……お菓子なんかもいいかもしれませんね」

「そうか。お菓子くらいなら、手軽だな」

 ケイはエトワールの助言に真剣な表情でうなずく。まるで、国家機密の作戦会議を立てているかのようだ。


「あとは、一緒にどこかへ出かける、というのもいいかもしれません」

 せっかくの開花祭である。お菓子だけでは少し寂しいのではないだろうか、とエトワールがアイデアを出せば、ケイの顔は途端に神妙(しんみょう)なものとなった。

「出かける、というのはつまり……」

「デートです」

 エトワールはにこやかに言い切って、パウンドケーキに()えられたイチゴを口へ運んだ。


 ケイの表情に暗雲(あんうん)が立ち込めたころ、エトワールは咀嚼(そしゃく)していたイチゴを飲み込んでフォローする。

「何も、一日中、それも特別なデートである必要はないかと。例えば、公園を少し散歩したり、食事をしたり……そういうちょっとしたことで」

 エトワールの言葉に、ケイは少しだけ表情を(やわ)らげた。ケイにとってデートというのは、とりわけ敷居(しきい)が高いようだ。


 もちろん、相手の予定次第ではあるが、大切な人と過ごす時間は、どんな贈り物よりも素晴らしいものに違いない。エトワールは、自らの経験からそう思う。

 ディアーナと出会った最初の食事会、二人で並んでタルトを食べたあのちょっとした時間。その後の会食も、別荘で過ごした数日も、収穫祭の花火も。

 もし、ディアーナとの婚約を破棄(はき)されたとしても、その時間だけは消えることはない。形には残らなくとも、エトワールの記憶に。


「きっと、素晴らしい一日になると思います」

 もちろん、プレゼントを渡すのも忘れずに、とエトワールが微笑むと、ケイは小さく息を吐いた。

「うまく、いくだろうか」

「えぇ。ケイ隊長ならきっと」

 今まで、どんな仕事も立派にこなしてきたじゃないですか、と笑えば、ケイはようやくふっと笑みを浮かべた。


 ケイとエトワールの作戦会議はその後も続いた。

 出かけるならどこがいいだろうか、贈り物にちょうどよいお菓子は何だろうか、とケイの質問は絶えなかった。エトワールも、全てのことに詳しいわけではない。質問が具体性を増すにつれ、当然、具体的な回答が出来ることは少なくなっていく。

「参考になった、礼を言う」

 ありがとう、とケイが頭を下げたところで、エトワールもようやく解放された。


 それにしても、とエトワールは目の前のケイを見つめる。仕事のこと以外でこんなにも何かを一生懸命に悩んでいるケイの姿を見るのは初めてである。

「ケイ隊長は、その方のことがよっぽどお好きなんですね」

 エトワールがポロリとこぼした言葉に、ケイの(ほお)は一瞬にして赤く染まった。

「す、好きだ、とは……」

 言わずとも、行動がすべてを物語っているというのに。


 エトワールは普段見ることの出来ないケイの姿に、思わず笑みを浮かべた。真面目で律儀(りちぎ)なだけでなく、健気で素直な人。ケイの魅力は、見た目にあらず。

「ケイ隊長の幸せを、僕も、心より願っております」

 例えこの先、自らが国王となり、ケイとの交流が途絶(とだ)えてしまったとしても。この国を真摯(しんし)に守り続けるケイが、誰かの騎士となり、その人との幸せを守り抜いてくれることを、心の底から祈らずにはいられない。


 エトワールが美しく頭を下げるので、ケイは再び顔を背けるしかなかった。優秀な部下、それも、未来の国王となる男にそんな風に言われては、腹をくくる他ない。

「努力する」

 ケイが短く答えると、エトワールは満面の笑みを浮かべた。

(本当に、いい部下を持ったものだな)

 ケイは、エトワールの表情をまぶしく思う。


 エトワールの分の金を払えば、エトワールには何度も頭を下げられた。頭を下げたいのはケイの方である。上司の、こんなプライベートな質問に、いやな顔一つせずに付き合ってくれたのだから。

「ごちそうさまでした」

 エトワールは店を出てからももう一度深く頭を下げた。王城仕込みのマナーはさすがだ。


「エトワールも、良い開花祭を」

 ケイが最後にそう言って手をひらりと上げると、エトワールもそれ以上頭を下げることはなく、ケイと同じように手を上げた。

「ケイ隊長も!」

 エトワールを照らす街灯の下に、小さな花が咲いていて、春の訪れが近づいていることを知らせる。


 次の日、騎士団本拠地で顔を合わせた二人が、照れくさそうにはにかみ合っていたことは、言うまでもない。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

おかげさまで49,000PVを達成し、50,000PVも目前となりました……本当に嬉しい限りです。

いつもお手に取ってくださる皆様、本当にありがとうございます。


今回は、ケイがエトワールに悩み相談をするという……なんとも珍しい回でした。(笑)

開花祭も少しずつ近づいてきています* ぜひ、最後までお楽しみくださいませ♪


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