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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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208/232

ケイとエトワール

 夕方を過ぎ、バザーも終了である。出展者がそれぞれ片づけをしていく中、ケイたち、騎士団の人間の仕事も大詰めだ。

 ケイのもとに来た報告は五件。迷子が二件、体調不良を訴えた人の搬送(はんそう)が一件、残念ながら、スリとひったくりが一件ずつ。もちろん、スリとひったくりに関してはどちらも優秀な部下が犯人を逮捕(たいほ)してくれたおかげで、無事に事なきを得た。


「ケイ隊長、お疲れ様です」

 ケイのもとに()け寄ってくる一人の青年。私服姿でバザーの客に(まぎ)れていた部下、エトワールである。

「あぁ、お疲れ様」

 ケイは、エトワールの右手で揺れる小さな紙袋に目をやった。

「騎士団内で使用するのなら、経費で落とせるそうだが」


 ケイの言葉に、エトワールはクスリとほほ笑んだ。

「いえ、これはプライベートなものなので」

 エトワールの瞳にはどこか穏やかな、慈愛(じあい)の色が浮かんでおり、そういったことに(うと)いケイでも、それがディアーナへのプレゼントだと分かる。

「喜んでもらえるといいな」

 ケイがふっと口角を上げれば、エトワールもはにかんだ。


 そんなエトワールの姿に、ケイは、ハッと何に気づいたか声を上げた。

「エトワール! ちなみに、それは何を買ったんだ?」

 ケイに突然がっしりと両肩を(つか)まれ、エトワールも驚きで体を固める。最近のケイは、どこか表情が柔らかくなった、と思っていたが、それ以上に何かが変わったと思う。以前は、こういったプライベートな話はほとんどしないような人間だったのだから。


「あ、えっと……ペンダントを……」

 エトワールが小さく返事をしたところで、ケイは(われ)に返ったらしい。

「す、すまない!」

 両肩を掴んでいた手の力を緩めて、エトワールからそっと手を離した。エトワールは、いえいえ、と笑みを浮かべて首を振る。良くできた部下である。


 エトワールは、目の前のケイを物珍しそうにしげしげと見つめて

「もしかして、隊長……」

 と口を開く。その先は、ケイのなんとも言えない視線によって(さえぎ)られた。

「そんなに分かりやすいか」

「い、いえ。ただ、時期が時期ですから……もしかして、と思いまして」

 エトワールがぎこちなく答えると、ケイは頭を抱えた。


 エトワール自身も、まさか、本当にケイに想い人がいるなどとは思っていなかった。さすがに誰が相手かまでは分からないし、詮索(せんさく)するつもりもないが、あのケイが好意を寄せる女性である。きっと、素敵な人に違いない。

「すみません、プライベートなことに立ちいってしまって」

 これ以上は踏み込んでも失礼だろう、とエトワールが頭を下げれば、予想に反して、ケイが食い下がった。

「いや、その……もしよければ、もう少し話を聞いてもかまわないだろうか」


 騎士団本拠地に戻り、報告や後片付けを終えたケイとエトワールは、二人でそろって本拠地の門をくぐった。

「まさか、ケイ隊長とご一緒出来るなんて。久しぶりですよね」

 入団したばかりの時は特に、良く飯に連れて行ってもらっていた、とエトワールはあのころを懐かしく思う。ディアーナとの婚約を機に、ケイが気を使ってくれているのか、食事の誘いはめっきり減ってしまった。


 エトワールは、ケイの広い背中を見つめる。自分よりも男らしく、頼もしい背中。

 シャルルに(あこが)れて入団し、研修を()て、ケイの部隊に配属された。ケイが隊長になったのは、ちょうどその年で、随分(ずいぶん)とフレッシュな団であった。ケイは寡黙(かもく)で真面目。絵にかいたような騎士団の人間であったが、話をしてみればなんてことはない。律儀(りちぎ)で真っすぐな人で、エトワールにとってはとても頼もしい上司だった。


 数年一緒にいて、ケイから(うわ)ついた話を聞いたことがない。あのシャルルでさえ、時には妙な(うわさ)が立つくらいなのに、ケイにはそんな(うわさ)すら。

 ――そのケイが。

「隊長、なんだか、僕、嬉しいです」

 エトワールがふっと微笑むと、振り返ったケイは不思議そうな顔をしていた。

「そんなに、飯に行きたかったのか」

「そういう訳では」

 エトワールが苦笑すると、ケイはますます顔をしかめた。


 ケイが連れて行ってくれたのは、いつもの行きつけの店だ。安くて、ボリュームがあって、うまい。ケイの部下は、皆、ここの飯で育っているのではないだろうか、と時々そんなことを考えてしまう程度には、ケイはこの店が気に入っているようだ。

「ここも久しぶりですね」

 エトワールは思わず声を()らす。

 ディアーナとの食事が増え、城の豪勢(ごうせい)な料理を食べることが多くなったが、贅沢(ぜいたく)なことに、たまにはこういう店の味が恋しくなってしまうのだ。


 ケイとエトワールが案内された席に着くと、ケイは早速、話を切り出した。

「その……ディアーナ王女とは、うまくいっているか?」

「えぇ。おかげさまで。ずいぶんとこの国のことや、マナーにも詳しくなりました」

 その分、騎士団の仕事を休みがちで、ケイには迷惑をかけているのではないだろうか、とエトワールが聞けば、ケイは首を横に振った。

「気にしなくていい。当たり前のことだ」

 むしろ、そちらをおろそかにされる方が問題だ、と(きび)しく言われては、エトワールもうなずくほかない。


 エトワールは、未来の国王である。まだ婚約中の身であり、正式に結婚をしたわけではないので騎士団に所属しているが、ケイからしてみれば、むしろ仕事を辞めてでも国王の勉強に身を費やしてくれ、と言いたいところである。もちろん、優秀な部下を失うのは痛手だが、それ以上にエトワールの使命がどれほど重いものか、分からないはずもない。

 とはいえ、ケイもそれ以上言葉にするつもりもなく、

「ま、なんだ……その、うまくやれているなら良かった」

 と、本題の方へと(かじ)を切った。


「それで、ケイ隊長が聞きたいことって?」

 簡単に注文を済ませ、エトワールも本題へと戻ると、ケイは少し顔をしかめた。それは嫌悪(けんお)を表しているのではなく、なんと言葉にすべきか、という苦悩を表しているようだ。

 ケイが口を開いたのは、しばらくしてからのことだ。

「実は……贈り物をしたい人がいてな」


 色恋(いろこい)沙汰(ざた)に関しては、エトワールの方がいくらか先輩のようだ。というよりも、ケイがあまりにもそういうことに慣れていないらしい。

 シャルルの陰に隠れているが、エトワールからすればケイも十分な色男である。なんとでもなりそうな気がするが、もちろん本人にその自覚はない。


「贈り物、ですか」

 開花祭で渡したい、ということだろう。エトワールはふむ、と口元に手を当てる。エトワール自身も開花祭の時にはディアーナへ贈り物をしようと考えているが、すでに婚約関係にあるので、ケイとは訳が違う。

 まだ付き合ってないとすれば、それは愛の告白をすることと同義だ。


「それで、贈り物は何がいいだろうか」

 まっすぐな瞳が、エトワールに突き刺さる。今までお世話になってきた隊長が、自分を頼ってくれているのだ。ここで恩を返さずに、いつ返すというのだろう。

「そうですね……」

 エトワールは、自らのもてる全ての力を振り絞って、頭をフル回転させた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

新たなブクマをいただきまして、毎日光栄な限りです。ありがとうございます!


今回は、ケイの視点に戻りまして、久々にエトワールも登場しました~!

ケイも開花祭に向けて準備を始めるようです……! ケイの恋の行方にもご注目ください♪


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

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