ケイとエトワール
夕方を過ぎ、バザーも終了である。出展者がそれぞれ片づけをしていく中、ケイたち、騎士団の人間の仕事も大詰めだ。
ケイのもとに来た報告は五件。迷子が二件、体調不良を訴えた人の搬送が一件、残念ながら、スリとひったくりが一件ずつ。もちろん、スリとひったくりに関してはどちらも優秀な部下が犯人を逮捕してくれたおかげで、無事に事なきを得た。
「ケイ隊長、お疲れ様です」
ケイのもとに駆け寄ってくる一人の青年。私服姿でバザーの客に紛れていた部下、エトワールである。
「あぁ、お疲れ様」
ケイは、エトワールの右手で揺れる小さな紙袋に目をやった。
「騎士団内で使用するのなら、経費で落とせるそうだが」
ケイの言葉に、エトワールはクスリとほほ笑んだ。
「いえ、これはプライベートなものなので」
エトワールの瞳にはどこか穏やかな、慈愛の色が浮かんでおり、そういったことに疎いケイでも、それがディアーナへのプレゼントだと分かる。
「喜んでもらえるといいな」
ケイがふっと口角を上げれば、エトワールもはにかんだ。
そんなエトワールの姿に、ケイは、ハッと何に気づいたか声を上げた。
「エトワール! ちなみに、それは何を買ったんだ?」
ケイに突然がっしりと両肩を掴まれ、エトワールも驚きで体を固める。最近のケイは、どこか表情が柔らかくなった、と思っていたが、それ以上に何かが変わったと思う。以前は、こういったプライベートな話はほとんどしないような人間だったのだから。
「あ、えっと……ペンダントを……」
エトワールが小さく返事をしたところで、ケイは我に返ったらしい。
「す、すまない!」
両肩を掴んでいた手の力を緩めて、エトワールからそっと手を離した。エトワールは、いえいえ、と笑みを浮かべて首を振る。良くできた部下である。
エトワールは、目の前のケイを物珍しそうにしげしげと見つめて
「もしかして、隊長……」
と口を開く。その先は、ケイのなんとも言えない視線によって遮られた。
「そんなに分かりやすいか」
「い、いえ。ただ、時期が時期ですから……もしかして、と思いまして」
エトワールがぎこちなく答えると、ケイは頭を抱えた。
エトワール自身も、まさか、本当にケイに想い人がいるなどとは思っていなかった。さすがに誰が相手かまでは分からないし、詮索するつもりもないが、あのケイが好意を寄せる女性である。きっと、素敵な人に違いない。
「すみません、プライベートなことに立ちいってしまって」
これ以上は踏み込んでも失礼だろう、とエトワールが頭を下げれば、予想に反して、ケイが食い下がった。
「いや、その……もしよければ、もう少し話を聞いてもかまわないだろうか」
騎士団本拠地に戻り、報告や後片付けを終えたケイとエトワールは、二人でそろって本拠地の門をくぐった。
「まさか、ケイ隊長とご一緒出来るなんて。久しぶりですよね」
入団したばかりの時は特に、良く飯に連れて行ってもらっていた、とエトワールはあのころを懐かしく思う。ディアーナとの婚約を機に、ケイが気を使ってくれているのか、食事の誘いはめっきり減ってしまった。
エトワールは、ケイの広い背中を見つめる。自分よりも男らしく、頼もしい背中。
シャルルに憧れて入団し、研修を経て、ケイの部隊に配属された。ケイが隊長になったのは、ちょうどその年で、随分とフレッシュな団であった。ケイは寡黙で真面目。絵にかいたような騎士団の人間であったが、話をしてみればなんてことはない。律儀で真っすぐな人で、エトワールにとってはとても頼もしい上司だった。
数年一緒にいて、ケイから浮ついた話を聞いたことがない。あのシャルルでさえ、時には妙な噂が立つくらいなのに、ケイにはそんな噂すら。
――そのケイが。
「隊長、なんだか、僕、嬉しいです」
エトワールがふっと微笑むと、振り返ったケイは不思議そうな顔をしていた。
「そんなに、飯に行きたかったのか」
「そういう訳では」
エトワールが苦笑すると、ケイはますます顔をしかめた。
ケイが連れて行ってくれたのは、いつもの行きつけの店だ。安くて、ボリュームがあって、うまい。ケイの部下は、皆、ここの飯で育っているのではないだろうか、と時々そんなことを考えてしまう程度には、ケイはこの店が気に入っているようだ。
「ここも久しぶりですね」
エトワールは思わず声を漏らす。
ディアーナとの食事が増え、城の豪勢な料理を食べることが多くなったが、贅沢なことに、たまにはこういう店の味が恋しくなってしまうのだ。
ケイとエトワールが案内された席に着くと、ケイは早速、話を切り出した。
「その……ディアーナ王女とは、うまくいっているか?」
「えぇ。おかげさまで。ずいぶんとこの国のことや、マナーにも詳しくなりました」
その分、騎士団の仕事を休みがちで、ケイには迷惑をかけているのではないだろうか、とエトワールが聞けば、ケイは首を横に振った。
「気にしなくていい。当たり前のことだ」
むしろ、そちらをおろそかにされる方が問題だ、と厳しく言われては、エトワールもうなずくほかない。
エトワールは、未来の国王である。まだ婚約中の身であり、正式に結婚をしたわけではないので騎士団に所属しているが、ケイからしてみれば、むしろ仕事を辞めてでも国王の勉強に身を費やしてくれ、と言いたいところである。もちろん、優秀な部下を失うのは痛手だが、それ以上にエトワールの使命がどれほど重いものか、分からないはずもない。
とはいえ、ケイもそれ以上言葉にするつもりもなく、
「ま、なんだ……その、うまくやれているなら良かった」
と、本題の方へと舵を切った。
「それで、ケイ隊長が聞きたいことって?」
簡単に注文を済ませ、エトワールも本題へと戻ると、ケイは少し顔をしかめた。それは嫌悪を表しているのではなく、なんと言葉にすべきか、という苦悩を表しているようだ。
ケイが口を開いたのは、しばらくしてからのことだ。
「実は……贈り物をしたい人がいてな」
色恋沙汰に関しては、エトワールの方がいくらか先輩のようだ。というよりも、ケイがあまりにもそういうことに慣れていないらしい。
シャルルの陰に隠れているが、エトワールからすればケイも十分な色男である。なんとでもなりそうな気がするが、もちろん本人にその自覚はない。
「贈り物、ですか」
開花祭で渡したい、ということだろう。エトワールはふむ、と口元に手を当てる。エトワール自身も開花祭の時にはディアーナへ贈り物をしようと考えているが、すでに婚約関係にあるので、ケイとは訳が違う。
まだ付き合ってないとすれば、それは愛の告白をすることと同義だ。
「それで、贈り物は何がいいだろうか」
まっすぐな瞳が、エトワールに突き刺さる。今までお世話になってきた隊長が、自分を頼ってくれているのだ。ここで恩を返さずに、いつ返すというのだろう。
「そうですね……」
エトワールは、自らのもてる全ての力を振り絞って、頭をフル回転させた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
新たなブクマをいただきまして、毎日光栄な限りです。ありがとうございます!
今回は、ケイの視点に戻りまして、久々にエトワールも登場しました~!
ケイも開花祭に向けて準備を始めるようです……! ケイの恋の行方にもご注目ください♪
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