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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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香水瓶とシクラメン

 いまだ香水瓶を選んでいるマリアとハラルドのもとに戻ってきたミュシャは、どこか上機嫌だった。

「良いお洋服が買えたの?」

 マリアの問いかけに、ミュシャはクスリとほほ笑む。

「うん。良いものも見つけたしね」


 もちろん、その言葉の真意(しんい)など知る(よし)もないマリアは、良かった、と柔らかに笑みを浮かべる。隣にいるハラルドも、まさか(みずか)らも巻き込まれていたなどとはつゆ知らず、そうですねぇ、などとのんびりと相槌(あいづち)を打った。

「二人は決まったの?」

 ミュシャがマリアの袋をのぞき込めば、これでもか、とガラス瓶が入っている。

「後、もう少しよ」

 マリアの笑顔に、ミュシャも無粋(ぶすい)なことは言えず、苦笑した。


 ハラルドは、見境(みさかい)なく瓶を購入しているマリアとは対照的に、最もアイラにふさわしい物を一つだけ買うことにしたらしい。両手に持った二つの瓶で決めあぐねているようだった。

「ミュシャさんは、どちらがアイラさんにふさわしいと思いますか?」

「僕?!」

 ミュシャは突然話を振られ、目を丸くする。


「ミュシャさんは、センスもあって、おしゃれだし……ぜ、ぜひ参考にさせてください!」

 ハラルドにそう言われては、ミュシャもデザイナーとして引くに引けない。

「最後は、きちんと僕自身で決めますから!」

 ハラルドの瞳は真剣である。ミュシャは、仕方なく、あくまでも参考に、と前置きして、ハラルドが選んだ二つの瓶をそれぞれ見比べた。


 一つは、底の丸い小さな青のガラス瓶である。白のレース模様がガラスの内部に編み込まれており、細かな装飾(そうしょく)が華やかで女性らしい。フタには植物の葉を模した透明なガラス細工がついていた。

 花ではなく、葉のモチーフなところが、アイラにはちょうどいいかもしれない、とミュシャも思う。

 豪華(ごうか)に飾り立てていないところが、ガラス瓶とのバランスも良く、好印象である。


 もう一つは、細長い(しずく)形の瓶で、ピンクとも、紫とも、ワインレッドともいえぬ、なんともいえない風合いが美しいものだ。所々に入れられた金の装飾(そうしょく)が美しく、シンプルながら目を引く代物(しろもの)である。

「これは、すごくきれいな色だね」

 ミュシャが思わず感想をもらせば、ハラルドは、そうでしょう、とうなずいた。


「なんだか目が離せなくて……アイラさんを、初めて見た時みたいでした」

 ハラルドの惚気(のろけ)は無自覚らしい。聞いているこちらが恥ずかしくなるようなセリフだが、ハラルドの表情は穏やかなままだ。マリアとミュシャは互いに顔を見合わせて、行き場のない羞恥(しゅうち)を何とかやり過ごす。


 ミュシャは、答えは決まっているようなものじゃないか、と笑う。ハラルドは不思議そうにミュシャを見つめた。

「それなら、やっぱり僕に聞くまでもないかも。そういう直感は大切ですよ」

「そうだね。一緒に色々と見比べましたけど、やっぱりハラルドさんがおっしゃるように、私もこの香水瓶はアイラさんにぴったりだと思いますし」

 ミュシャの言葉に、マリアも賛同し、ハラルドもようやく決心がついたようだ。


「そ、そうですかね! じゃ、じゃぁ、やっぱり、これにしようかな」

 ハラルドは手元の柔らかなブドウ色をたたえるガラス瓶に視線を落とす。その瞳には慈愛(じあい)が満ちており、マリアとミュシャの心をじわりと温めた。

 太陽の光が()けて、ハラルドの手の上には、小さな花が咲いたようである。

「なんだか、シクラメンみたいですね」

 香水瓶の形も相まって、マリアが言えば、

「確かに」

 ミュシャも、ハラルドの手のひらにぼんやりと(とも)る火のような、柔らかな赤の光に目を細めた。


 シクラメンといえば、ちょうどこの冬の時期、花壇(かだん)(いろど)る花の一つだ。

「葉っぱがハート型で、可愛いんだよね」

 マリアに触発(しょくはつ)されてか、デザインで使用する際に勉強するからなのか、ミュシャがその知識を披露(ひろう)すると、ハラルドは興味深そうに耳を(かたむ)ける。

「へぇ。なんだか偶然にしては良くできていますね。運命、みたいなものを感じます」

 ハラルドは、今度こそ少し照れくさそうにはにかんだ。マリアも、そんなハラルドを見て、そういえば、と思い出す。

 祖母の話のレパートリーの中に、シクラメンのお話もあったはずだ。


 昔、花をこよなく愛し、花とおしゃべりが出来る王様がいた。王様は

「どうか私の王冠になってくれないか」

 とたくさんの花に頼んだが、どの花もそれを断った。悲しみにくれる王様に、声をかけたのがシクラメンである。

「私が、王様の冠になりましょう」

 大変喜んだ王様が、シクラメンにお礼を言うと、シクラメンは大層照れたという。

 それ以来、シクラメンの花は、恥じらうように下を向いて咲くようになった。


 そんなエピソードを知っているからか、マリアは、シクラメンの姿に、可愛らしい恋心を感じる。思いを伝えるにもぴったりである。

 ハラルドの言葉を借りるわけではないが、偶然にしては良くできている。こういう素敵な偶然を、運命というのだ、と以前、ディアーナも言っていた。

「きっと、気に入っていただけると思います」

 マリアの言葉に、ハラルドは嬉しそうに目を細めた。


 結局、マリアは大量の瓶を、ハラルドはシクラメンのようだ、とマリアが形容(けいよう)した瓶を購入した。

「良い買い物ができたね」

 楽しそうなマリアと、満足げなハラルドに、ミュシャも笑みをこぼす。

「本当に良かったわ。ハラルドさん、後は中の香水作りですね!」

 マリアがぐっと(こぶし)を握りしめると、ハラルドも力強くうなずいた。お目当ての瓶を購入できたことで、どうやらハラルドの気持ちにも少し変化が現れたらしい。


「僕、アイラさんに喜んでもらえるような、素敵な香りを作ります!」

 ハラルドの穏やかな瞳には、キラキラとした宝石のような輝きが宿っていて、マリアも自然と笑みがあふれた。

「頑張りましょうね!」

 ハラルドが作るとはいえ、もとはマリアの考えたレシピである。マリアの責任も重大だ。すでに試作品は完成させているが、もっと詰められるかもしれない。出来る限りのことをしよう、とマリアも心に固く(ちか)う。


 瓶はマリアが預かることとなり、ハラルドとは広場の駅で別れた。ハラルドは鉄道に乗る直前まで大きく手を振っていた。

 鉄道がハラルドを乗せて城下町の方へと過ぎ去っていくと、手を下ろしたミュシャがふっと笑みを浮かべる。


「良い人だったね、ハラルドさん」

「ふふ、そうね。さすがはアイラさんのお相手だわ」

 ミュシャが初対面の人を()めるのも珍しい、とマリアが微笑むと、ミュシャは照れくさそうにマリアを横目でチラリと見た。


「二人には、幸せになってほしいね」

 マリアの言葉に、ミュシャはくるりと背を向けた。

「あの二人なら、大丈夫じゃない?」

 きっと、照れているのだろう。マリアはそんなミュシャの背中に声をかける。

「ミュシャが言うなら、間違いなしね」

 それ以上ミュシャは何も言わなかったが、そろそろ帰るよ、とマリアの方を振り返った顔は、柔らかであった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

新たなブクマをいただきまして、毎回嬉しい限りです♪

たくさんの方にお手にとっていただけておりますこと、心より感謝申し上げます。


今回は、ハラルドが、アイラへ贈る香水瓶をようやく決めることが出来ました!

シクラメンのお花、ちょうどこれからの時期に花を咲かせます。ぜひ皆様も探してみてください~!


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

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