ケイの憂鬱
ケイは、多くの人で賑わうバザー会場で、警備の仕事についていた。人が集まるような大規模なイベントは、活気があり、華やかだが、その反面、そこに付け込んで良からぬことを企んでいる人間も多いのだ。
一昨年の警備は別の部隊が行っていたが、ひったくりやスリはもちろん、詐欺のような行為まで見受けられたという。
ケイは普段より一層その表情を硬く、緊張にこわばらせていた。怪しいものはいないか、と目を光らせるのだが、なにぶん、警備をする方からすればやりにくいことこの上ない。ただでさえ、人が多く動きづらいというのに、足元に商品が並んでいるのだ。走ることもままならない。
そんな訳で、ケイはピリっとした空気を纏い、周りにいるものを威圧するかのように、バザーの様子を見つめていた。
表向きには、騎士団の制服を着ている者がバザーの周囲を見張っている形だが、実際にはケイの部下たちも、数人、私服姿で客として紛れ込んでいる。万全の態勢だ。
「何事も起こらないのが一番だが……」
ケイは、ふっと息を吐いて、小さく独り言をこぼす。
バザーが終わるまで数時間。ケイたち、騎士団の人間は神経をとがらせ続けなければならない。今日は帰ったらすぐに休もう。ケイは心に決めて、再び人混みに目を向けた。
ケイ隊長、と声がかかったのは、昼前のことである。
「どうした?」
「代わりますよ。隊長も休憩してきてください」
部下からの申し出に、ケイはもうそんな時間か、とうなずいた。
「わかった。ありがとう」
ケイは、軽くほかの部下の様子を見てからにしようか、とバザー会場の方へ足を向けた。
さすがに騎士団の制服は目立つのか、すれ違う人々の視線を浴びる。ケイはそれを気にしないように、出来るだけ足早に部下の姿を探しては声をかけた。もっとも、目立つせいか部下の方が先にケイに気づいて軽く手を上げる。あまり接触しては、せっかく紛れ込んでいるのも無駄になってしまうので、ケイも小さく会釈してすれ違う。
今のところ、特に大きな問題は起きてないようだ。
良かった、とケイがバザー会場を出ようとした矢先。
「そっちの瓶も可愛いですね」
聞きなれた声が耳に飛び込んできて、ケイは思わずその声の方へ視線を向けた。
キラキラと輝く無数の色彩の中に、柔らかな笑みを浮かべている女性。眩く見えるのは、ケイの恋心がそうさせているのだろうか。
「マリ……」
声をかけようとして、ケイは思わず声を飲み込んだ。
「うぅん。どうしようかな、迷いますね」
マリアの隣には、見慣れない男がいて、二人は仲睦まじくガラス瓶を眺めながら、会話をしている。
全く見覚えのない人物だ。ケイは胸を貫かれるような思いで、二人から慌てて視線をそらした。
「ハラルドさん、見てください。これなんかどうです?」
「わ、それも良いですね。あ、でも、こっちも……ちょっとメッキや装飾も古くて……」
「それじゃぁ、ハラルドさんの趣味じゃないですか」
盗み聞きは良くない、と思いながらも、ケイはついつい聞き耳を立ててしまう。
ハラルド、と呼ばれている親し気な男。ガラス瓶は、マリアの商売道具、香水瓶だろうか。
(だとしたら、男は同業者? いや、しかし……)
男の穏やかな瞳や、のんびりとした柔らかな雰囲気は、マリアとも通ずるところがある。長く付き合っていると、赤の他人でも似るところがある、というのは良く聞く話だ。
マリアから付き合っている人がいる、という噂は聞いたことがない。だが、あのシャルルの告白を断るくらいだ。
(もしかして……)
考えたくはないが、最も有力な恋人説がケイの脳内を通り過ぎて、ケイはブンブンと首を振った。
「何してるんですか」
挙動不審なケイに、後ろから声がかかる。ケイは思わずびくりと姿勢を正した。そろりと背後を振り返れば、
「……ミュシャ?」
見覚えのあるグレーがかった髪の隙間から、怪訝な色をたたえたオリーブの瞳が覗く。
「物騒な顔してるけど……もしかして、見回り?」
ミュシャは、まるで悪霊か化け物でも見た、というような表情を隠す様子もなく、ケイを見つめた。
「あ、あぁ……まぁ、そんなところだ」
ケイはゴホン、と一つ咳ばらいをして、あえてマリア達の方向から視線をはずす。ミュシャは、ケイが先ほどまで見つめていた視線の先にいる人物を見つけ、あぁ、と声を漏らした。
(分かりやすい人……)
少しからかってやろうか、とミュシャにいたずら心が芽生える。ふふん、と意地の悪い顔でケイを見つめれば、ケイはたじろいだ。
「な、なんだ」
「ハラルドさんが気になりますか?」
「なっ!?」
別にそんなことは、と言いかけて、ケイは口をつぐむ。ここで意地を張っても仕方がないのだ。特に、ミュシャにはすでにケイの気持ちは見透かされているようである。
「未来の旦那さんです」
ミュシャの言葉に、ケイは思わず「はぁ!?」と大きな声を上げた。
周囲の人が一瞬ケイの方へ視線を向ける。
「声がでかい」
ミュシャは想像していた以上の反応に、思わず顔をしかめた。ミュシャとて悪目立ちしたかったわけではない。ケイはただでさえ騎士団の制服に身を包んでいるのだ。変な騒ぎになったりでもしたら、面倒なことこの上ない。
仕方がない、と早めにミュシャは付け加える。
「マリアと僕の知り合いの人のね」
ついでに、ミュシャはしてやったり、と笑顔を一つケイにおみまいして見せた。
「し、知り合い?」
青ざめたケイは、パクパクと口を開けて、安堵と悔しさの入り混じった、なんとも言えない気持ちを表に出した。ケイの早まった鼓動は、しばらくおさまりそうにない。
「そう。で、ハラルドさんは、マリアのお客さん」
ネタ晴らしをしたミュシャを、ケイは静かに睨みつけた。
「何か?」
もちろん、それがミュシャに効くはずもなく、ミュシャはケロリとしている。いや、むしろ、ケイが悔しさをあからさまににじませたことで、ミュシャの顔は勝ち誇ったような笑みにすら見えた。
ケイがため息を吐けば、ミュシャの表情は真剣なものに変わる。
「そんなに気になるなら、早くマリアに伝えればいいのに」
「……分かってる」
「頑張ってよ、マリアの騎士様」
ミュシャの言葉に、ケイが豆鉄砲を食らったような顔をすれば、ミュシャはふっと口角を上げた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
48,000PV達成しまして、大変嬉しい限りです。いつもたくさんの方にお手に取っていただき、感謝感激です。ありがとうございます!
まさかのケイもバザーの場に居合わせ……今度はケイが、マリアとハラルドの二人を目撃しました。
ミュシャのおかげで事なきを得ましたが(?)、今後のマリアとケイの恋模様にもご注目ください~!
少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!




