バザー
迎えた土曜日。
多くの人でごった返す街の広場で、マリアはミュシャとともに、ハラルドを待った。広場前の駅に路面電車が滑り込んでくると、マリアは降りてくる人々の中から、一生懸命に目当ての人を探す。
「マリアさん!」
先にマリアを見つけたのはハラルドで、マリア達のもとへ駆け寄ると、ハラルドは肩で息をした。
「す、すみません……遅くなってしまって」
マリアが、大丈夫ですよ、とほほ笑んでいる隣で、ミュシャはふわふわと揺れる癖っ毛を見つめた。
顔を上げたハラルドは、マリアの隣にいるミュシャに視線を向けて、きょとんと首をかしげる。
「あ、えっと、こちら、私の友人でミュシャと言います。ミュシャ、こちらが、アイラさんがお付き合いされているハラルドさん」
マリアが紹介すれば、互いにぺこりと頭を下げた。人見知りなミュシャも、穏やかなハラルドの雰囲気には少し警戒が解けている様子だ。知人の未来の旦那、というのもあるだろう。
「ミュシャさんも、マリアさんもおしゃれですねぇ。ぼ、僕なんかが一緒に歩くのは、少し、気が引けちゃいます」
そういうハラルドは、茶色のコートに、ベージュのスーツというシンプルな恰好だ。アイラと同様、あまりおしゃれには頓着しないようである。
「ハラルドさん、良かったら、そのうち僕の店にも遊びに来てください。今度、新しく店を出すんですけど、服を見繕いますから」
ミュシャは早速、内ポケットから店の名刺を取り出してハラルドに宣伝している。
「ミュシャさんって、デザイナーさんなんですか!」
「まぁ、一応……。駆け出し、ですけど」
素直に褒められて、照れくさいのか、自ら言い出したにも関わらず、ミュシャは視線を彷徨わせた。男性同士だが、どこかほっこりとする会話に、マリアは思わず目を細めた。
「ふふ、それじゃあ行きましょうか。せっかくのバザーなので、瓶以外にももちろん、気に入ったものがあればお互い自由に見て回る、ということで」
マリアの言葉を皮切りに、二人はバザーに置かれた品々をそれぞれ楽しそうに見て回る。マリアも、ランプやガラス細工を並べているような人はいないだろうか、とあたりを見回した。個人が自由に出しているものである。区画はもちろん、商品もバラバラ。お目当てのものを探すには少し時間はかかるが、その分、色々な掘り出し物がありそうだ。
「ゆっくり見て回ればいいよ」
ミュシャも、服や生地を探すついでに探すよ、と隣で笑う。
想定外だったのはハラルドで、とにかく出ている商品の中でも、古そうなものを見つけては足を止め、興味深そうにそれらを眺めたり、話を聞いたりしていた。いくら時間があるとは言っても、この調子では日が暮れてしまう。興奮からか財布のひもも緩んでいるようで、ほんの数十メートルしか歩いていないにも関わらず、ハラルドはすでにいくつかの商品を購入していた。
「ハラルドさん、大丈夫ですか?」
バザーを見終えるころには、ハラルドの両手は荷物であふれかえっているに違いない。マリアは苦笑する。
「いやぁ、楽しいですね! 僕、こういうイベントごとって大好きで」
そういえば、クレプス・コーロのチケット販売も、ハラルドは朝から気合を入れて並んでいた、とアイラが言っていたような気がする。
ミュシャはミュシャで、ハラルドとまではいかないまでも、珍しいデザインの服や、端切れなどを見つけては、時折購入して楽しんでいるようだった。
「ほんと。人がもう少し少なければもっと楽なんだけど」
ハラルドの言葉に相槌を打つように、ミュシャもうなずく。
これでもかと密集したように並べられたシートの隙間を縫うように歩くだけでも大変なのに、加えて大勢の人。帰宅するころには、きっとぐったりしているに違いない。
「あ、あそこ。ガラス製品が並んでる」
ミュシャに服の裾をひっぱられ、マリアが足を止めると、ミュシャの指さした遠くの方に、確かにガラス細工らしきキラキラとした輝きが見えた。ステンドグラスのようにいくつものカラフルなガラスが埋め込まれたランプシェードが目に入る。
「ほんとだ。ハラルドさん、行ってみましょう」
マリアがハラルドに声をかけると、ハラルドもその鮮やかな色彩が目にはいったのか、キラリと瞳を輝かせた。
ガラス細工を大量に並べたシートの前には、その美しさからか数人の人が足を止めて商品を眺めていた。
もうすぐそこ、というところまで、三人がなんとか近づいた時、ミュシャが声を上げる。
「あ、ごめん、マリア。僕、あっちの店を少し見てくるよ。あとでそっちにいくから、ハラルドさんと見てて」
ミュシャの視線の先、ガラス細工が広げられているシートの三つほど向こうには、大量の布や服が積み上げられている。
この距離ならば、特にはぐれることもないだろう。
「分かったわ。それじゃ、後でね」
マリアがうなずけば、ミュシャは軽やかに人混みをかき分けて、ガラス細工の前を素通りしていく。一度興味を持てば、そこへ向かってまっしぐら。それは、マリアも、ミュシャも、そしてハラルドも同じだった。
マリアとハラルドは、シートいっぱいに並べられたガラス細工に思わず感嘆の声を上げる。
「わぁっ……! 色々ありますね」
「このあたりは、ヴィンテージものかな。少し年季が入ってるみたいだ」
お目当てのガラス瓶も何種類か固めておかれており、中にはとても丁寧な細工が施されたものもある。目的はアイラへの贈り物だが、マリアとしてもこういった瓶は後々使えるので、買っておきたいところだ。
「いらっしゃい。お二人さん、何を探してるんだい?」
「私たちは、ガラス瓶を。香水を入れるので、できれば密閉性の高いものがいいんですけど」
マリアが答えると、店員は、なるほど、とにこやかに微笑んだ。
「香水用なら、そっちのがいいね。見た目もきれいなやつが多いし、フタもついてる」
「ありがとうございます」
確かに、瓶の中にはフタのないものも多くある。せっかく見つけても、フタがなくては使えない。
想像していた以上に美しい瓶の数々に、マリアも、ハラルドも、すぐには決められない。
「これ、可愛いですね」
マリアが手にしたのは、淡いピンクのレース模様が入った小瓶で、女性らしい丸いフォルムが可愛らしい。
「こっちも素敵ですよ」
ハラルドは、青と金のラインが入った底の広い瓶を気に入ったようだ。
「あぁ、でも、アイラさんは、こういうシンプルなものも好きなんですよね」
ハラルドは、格子模様のカットが入った透明な瓶を持ち上げて、うぅん、と悩まし気にそれらを見つめる。
「これも、捨てがたいな……。でも、こういう色も好きだし……」
真剣にそれらの瓶を見つめるハラルドの横顔に、マリアは思わず笑みをこぼした。
アイラがハラルドを思っているように、ハラルドもまた、アイラを大切に思っているのだ。お互いに内緒にしているのがもったいないくらい。
開花祭が終わったら、二人がどれほど真剣にお互いのことを思っていたのか、こっそりと互いに教えてあげたい、とマリアは思うのだった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
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感謝感激です、本当にほんとうに、いつもありがとうございます!
今回は、マリアとミュシャ、そしてハラルドの三人でバザーへ繰り出しました~*
果たしてハラルドは香水瓶を決めることが出来るのか……次回もぜひお楽しみに。
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