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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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204/232

ナッツオイルを探して

 満足そうなアイラを見送って、マリアは早速、キングスコロンへ電話をかけた。本来なら忙しいパーキンへの連絡は手紙の方が良いに決まっている。だが、あまり時間をかけてもいられない。

 電話のベルが何度か鳴り響いた後、もしもし、と落ち着いた声が聞こえた。


「パルフ・メリエのマリアです」

「あぁ、マリアか。電話なんて珍しいな」

 パーキンは、どうかしたのか、と普段と変わらず続ける。パーキンのところへも、旅に出ると手紙は出していたので、その話題が出そうなものだが。

「実は少しお願いがあって……」

「お願い? 旅支度か?」


 やはり、気にしてくれていたのか。マリアはクスリとほほ笑んで

「いえ、旅支度は一人でもなんとか」

 と返事をすれば、電話の向こうでパーキンがふっと笑ったような気配がした。

「冗談だ。君が旅だなんて、驚いたがな」

「すみません、突然」

 マリアの謝罪に、パーキンは珍しく声を上げて笑う。

「いや、君が決めたことだ。応援しているよ、楽しい旅にしてくれ」

 また、いい商品開発を頼む。実にパーキンらしい一言に、マリアも思わず苦笑した。


「で? 今度は何が欲しいんだ?」

 以前、タバコの葉をもらったせいか、どうやらすっかりマリアのお願いも想像がつくらしい。まるでマリアが物乞(ものご)いをする人間のように思われているのではないか、と思うが、パーキンとてマリアに色々と手伝ってもらっている手前、そこはお互い様である。金も払っているし、ビジネスパートナーは、時として助け合いの精神も必要だ。

「ナッツのオイルです。キャリアオイルとかって扱ってませんか?」

 マリアが話を切り出せば、電話の向こうでパーキンが誰かに確認を取る声が聞こえた。


「すまない、先日新しい商品に使ってしまってな。マリアに渡せるほどの在庫はうちにもないらしい」

 パーキンの言葉に、マリアはガクリと肩を落とした。だが、迷惑をかけるわけにもいかない。

「そうですか、すみません」

 また何かあったら連絡してくれ、と言うパーキンの声はいつもより柔らかだ。申し訳なさと、マリアへの(はげ)ましの意味がこもっているのだろう。


 簡単な挨拶(あいさつ)で電話を切って、マリアは困ったわ、と呟く。パーキンの店でもほとんど扱っていないようなものを、まさか、カントスが持っているとは考えにくい。それこそ、商店であるアイラの店で扱っているかもしれないが……あそこは、アイラの両親の趣味に(かたよ)っているので、可能性も低い。

「どこか、大きめの商店で、香りや花を扱っているような……」

 マリアはそこまで呟いて、「あ」と声を上げた。


「確か……以前いただいたお手紙がここに……」

 マリアはガサガサと手紙を入れたケースを探しだし、そこから大量の封筒を取り出す。今までもらった手紙の数々。その中から、お目当ての封筒を探す。

「あった!」

 薄いクリーム色の封筒に、青のシーリングワックスが美しい、ティエンダ商店の封筒だ。マリアは住所の最後に書かれた電話番号を指でなぞり、祈るような気持ちで電話をかけた。


「はい。ティエンダ商店です」

 気持ちの良い快活な声色に、マリアは思わず笑みを浮かべる。

「パルフ・メリエのマリアです」

 マリアが名乗ると同時に、電話の向こうで、「あぁ!」と嬉しそうな声が聞こえた。

「お久しぶりです、マリアさん」

「ご無沙汰(ぶさた)しております」

 元気そうでよかった、と互いに言葉を交わせば、メックが話を切り出した。


「旅に出られるんですね」

「えぇ。春ごろには。また、北の町にもお(うかが)いします」

 まだカントスの教会にも行けていない。ちょうど、旅の目的地の一つである。

「また会える日を楽しみにしています。気を付けてくださいね」

 メックは本当に待ち遠しいのか、楽しみだな、ともう一言付け加えた。電話越しでも伝わるほどの嬉しそうな声は、マリアが少し照れてしまうほどだ。


「それにしても、電話だなんて。何かあったんですか?」

 誰しもいきなり電話がかかってきたら驚くものだ。特に、メックとは手紙のやり取りこそあるものの、連絡をまめに取り合うような仲でもない。

「少しお聞きしたいことがあって」

「俺でお役に立てるなら、なんでも」

 マリアさんにはお世話になりましたから、ともはや半年以上も前の話に、マリアは苦笑する。大したことをしたつもりはないが、メックにとっては大きな出来事だったのだろう。


 マリアが、ナッツのキャリアオイルを扱っていないか、と(たず)ねれば、メックは

「ありますよ」

 と即答した。やはり、国でも有数の大きな商店。助かった、とマリアは胸をなでおろす。

「ウォールナッツ、アーモンド、それから、マカダミアナッツなら在庫があります」

 メックの言葉に、マリアは思わず目をキラキラと輝かせる。受話器を握る手に力が入ってしまうのも無理はない。


「買います!」

 マリアの大きな声に、メックが笑う。

「はは、そんなに急がなくても、商品は逃げませんから。何にします?」

 メックにたしなめられ、マリアは、ハッと顔を赤らめた。一度パーキンに断られただけに、思わず気が高ぶってしまった。

「えぇっと……それじゃぁ……マカダミアナッツを……」

 恥ずかしさのあまり、つい声が小さくなってしまうが、メックは「分かりました」とマリアの反応は特に気にする様子もなく話を続けた。


「雪が残ってるんで、馬車が使えません。商品のお届けが、来週くらいになっちゃうと思うんですけど、大丈夫ですか?」

 やはり北の町。同じ国内とはいえ、平地である街の広場に比べると雪も多いらしい。降雪量も、積雪量もそれほど多くはないが、馬が走るにはやはり少し厳しいのだろう。ではどうやって届けるのか、ということにまではマリアも頭は回らず、日程だけを確認する。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 これでなんとか、アイラの香りも無事に開花祭までに完成させられそうだ。


 メックとの電話を終えたマリアはほっと息を吐き出して、ようやく落ち着いた、とリビングの椅子に腰かけた。

「アイラさんの方には、使い方の説明をすれば完璧ね」

 説明書をひと通り書いて渡せば、アイラなら理解できるだろう。さすがにマッサージについては詳しくないが、そこはアイラが、自分でなんとかする、と張り切っていたので心配もない。


「あとは、ハラルドさんね」

 試作はすでに済ませている。今度のバザーで良い瓶を見つけ、調香をレシピ通りに行えば、ハラルドも完成させることが出来るだろう。


 アイラのように、ハラルドも調香を楽しんでくれると良いな、とマリアは思う。

 香りを、もっと多くの人に楽しんでもらえれば。調香師としての一番の願いである。マリアは、うんと背伸びして、再び調香部屋へと向かった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

新たなブクマと、47,000PV&9,900ユニーク達成、本当に嬉しく思います。

いつもお手に取っていただき、本当にありがとうございます!


今回は、マリアがナッツオイルを探した回でした。(そのまま。笑)

久しぶり(?)のパーキンと、久しぶりのメックの登場お楽しみいただけましたでしょうか?


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

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