ナッツオイルを探して
満足そうなアイラを見送って、マリアは早速、キングスコロンへ電話をかけた。本来なら忙しいパーキンへの連絡は手紙の方が良いに決まっている。だが、あまり時間をかけてもいられない。
電話のベルが何度か鳴り響いた後、もしもし、と落ち着いた声が聞こえた。
「パルフ・メリエのマリアです」
「あぁ、マリアか。電話なんて珍しいな」
パーキンは、どうかしたのか、と普段と変わらず続ける。パーキンのところへも、旅に出ると手紙は出していたので、その話題が出そうなものだが。
「実は少しお願いがあって……」
「お願い? 旅支度か?」
やはり、気にしてくれていたのか。マリアはクスリとほほ笑んで
「いえ、旅支度は一人でもなんとか」
と返事をすれば、電話の向こうでパーキンがふっと笑ったような気配がした。
「冗談だ。君が旅だなんて、驚いたがな」
「すみません、突然」
マリアの謝罪に、パーキンは珍しく声を上げて笑う。
「いや、君が決めたことだ。応援しているよ、楽しい旅にしてくれ」
また、いい商品開発を頼む。実にパーキンらしい一言に、マリアも思わず苦笑した。
「で? 今度は何が欲しいんだ?」
以前、タバコの葉をもらったせいか、どうやらすっかりマリアのお願いも想像がつくらしい。まるでマリアが物乞いをする人間のように思われているのではないか、と思うが、パーキンとてマリアに色々と手伝ってもらっている手前、そこはお互い様である。金も払っているし、ビジネスパートナーは、時として助け合いの精神も必要だ。
「ナッツのオイルです。キャリアオイルとかって扱ってませんか?」
マリアが話を切り出せば、電話の向こうでパーキンが誰かに確認を取る声が聞こえた。
「すまない、先日新しい商品に使ってしまってな。マリアに渡せるほどの在庫はうちにもないらしい」
パーキンの言葉に、マリアはガクリと肩を落とした。だが、迷惑をかけるわけにもいかない。
「そうですか、すみません」
また何かあったら連絡してくれ、と言うパーキンの声はいつもより柔らかだ。申し訳なさと、マリアへの励ましの意味がこもっているのだろう。
簡単な挨拶で電話を切って、マリアは困ったわ、と呟く。パーキンの店でもほとんど扱っていないようなものを、まさか、カントスが持っているとは考えにくい。それこそ、商店であるアイラの店で扱っているかもしれないが……あそこは、アイラの両親の趣味に偏っているので、可能性も低い。
「どこか、大きめの商店で、香りや花を扱っているような……」
マリアはそこまで呟いて、「あ」と声を上げた。
「確か……以前いただいたお手紙がここに……」
マリアはガサガサと手紙を入れたケースを探しだし、そこから大量の封筒を取り出す。今までもらった手紙の数々。その中から、お目当ての封筒を探す。
「あった!」
薄いクリーム色の封筒に、青のシーリングワックスが美しい、ティエンダ商店の封筒だ。マリアは住所の最後に書かれた電話番号を指でなぞり、祈るような気持ちで電話をかけた。
「はい。ティエンダ商店です」
気持ちの良い快活な声色に、マリアは思わず笑みを浮かべる。
「パルフ・メリエのマリアです」
マリアが名乗ると同時に、電話の向こうで、「あぁ!」と嬉しそうな声が聞こえた。
「お久しぶりです、マリアさん」
「ご無沙汰しております」
元気そうでよかった、と互いに言葉を交わせば、メックが話を切り出した。
「旅に出られるんですね」
「えぇ。春ごろには。また、北の町にもお伺いします」
まだカントスの教会にも行けていない。ちょうど、旅の目的地の一つである。
「また会える日を楽しみにしています。気を付けてくださいね」
メックは本当に待ち遠しいのか、楽しみだな、ともう一言付け加えた。電話越しでも伝わるほどの嬉しそうな声は、マリアが少し照れてしまうほどだ。
「それにしても、電話だなんて。何かあったんですか?」
誰しもいきなり電話がかかってきたら驚くものだ。特に、メックとは手紙のやり取りこそあるものの、連絡をまめに取り合うような仲でもない。
「少しお聞きしたいことがあって」
「俺でお役に立てるなら、なんでも」
マリアさんにはお世話になりましたから、ともはや半年以上も前の話に、マリアは苦笑する。大したことをしたつもりはないが、メックにとっては大きな出来事だったのだろう。
マリアが、ナッツのキャリアオイルを扱っていないか、と尋ねれば、メックは
「ありますよ」
と即答した。やはり、国でも有数の大きな商店。助かった、とマリアは胸をなでおろす。
「ウォールナッツ、アーモンド、それから、マカダミアナッツなら在庫があります」
メックの言葉に、マリアは思わず目をキラキラと輝かせる。受話器を握る手に力が入ってしまうのも無理はない。
「買います!」
マリアの大きな声に、メックが笑う。
「はは、そんなに急がなくても、商品は逃げませんから。何にします?」
メックにたしなめられ、マリアは、ハッと顔を赤らめた。一度パーキンに断られただけに、思わず気が高ぶってしまった。
「えぇっと……それじゃぁ……マカダミアナッツを……」
恥ずかしさのあまり、つい声が小さくなってしまうが、メックは「分かりました」とマリアの反応は特に気にする様子もなく話を続けた。
「雪が残ってるんで、馬車が使えません。商品のお届けが、来週くらいになっちゃうと思うんですけど、大丈夫ですか?」
やはり北の町。同じ国内とはいえ、平地である街の広場に比べると雪も多いらしい。降雪量も、積雪量もそれほど多くはないが、馬が走るにはやはり少し厳しいのだろう。ではどうやって届けるのか、ということにまではマリアも頭は回らず、日程だけを確認する。
「大丈夫です。ありがとうございます」
これでなんとか、アイラの香りも無事に開花祭までに完成させられそうだ。
メックとの電話を終えたマリアはほっと息を吐き出して、ようやく落ち着いた、とリビングの椅子に腰かけた。
「アイラさんの方には、使い方の説明をすれば完璧ね」
説明書をひと通り書いて渡せば、アイラなら理解できるだろう。さすがにマッサージについては詳しくないが、そこはアイラが、自分でなんとかする、と張り切っていたので心配もない。
「あとは、ハラルドさんね」
試作はすでに済ませている。今度のバザーで良い瓶を見つけ、調香をレシピ通りに行えば、ハラルドも完成させることが出来るだろう。
アイラのように、ハラルドも調香を楽しんでくれると良いな、とマリアは思う。
香りを、もっと多くの人に楽しんでもらえれば。調香師としての一番の願いである。マリアは、うんと背伸びして、再び調香部屋へと向かった。
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今回は、マリアがナッツオイルを探した回でした。(そのまま。笑)
久しぶり(?)のパーキンと、久しぶりのメックの登場お楽しみいただけましたでしょうか?
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