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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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201/232

マリアのお願い

 マリアから電話がかかってきたのは、ミュシャが夜のティータイムを楽しんでいたときだった。

「もしもし?」

 電話の向こうから聞こえるマリアの声は、どこか疲れているようだった。旅の準備や、そのための店を閉める準備が忙しいのだろうか。

「マリア? どうしたの?」

「ミュシャ、体は大丈夫?」

 自分のことよりもミュシャを気遣ってしまうのが、マリアの性分(しょうぶん)である。


「大丈夫だよ。ちょっと寝不足だけど」

 ミュシャはふぅ、と息を吐くと、意識して声のトーンを上げた。

「マリアは? 忙しいんでしょ?」

「私は大丈夫」

「旅の準備はどう?」

「少しずつね。しばらくの間留守にするから、掃除が大変かな」

 ミュシャは思わず苦笑する。まさにミュシャも今、掃除や身の回りの整理に追われているのである。


「それで? 今日はどうしたの?」

 ミュシャが話を本題へ戻せば、マリアも、あのね、と切り出した。

「実は、ミュシャにお願いがあって」

「お願い?」

 マリアがお願いとは珍しい、とミュシャは真剣な面持ちで電話を握りなおす。


「今度、バザーがあるでしょう? 一緒に行って欲しいの」

「なんだ。そんなこと? もちろん、大丈夫」

 ミュシャはマリアの言葉に全力でうなずいた。マリアと一緒に出掛けるのも久しぶりな気がする。バザーにはもともと行くつもりだったし、たまには仕事の息抜きも必要である。


「バザーには行きたいと思ってたし、ちょうど良かったよ」

 ミュシャがふっと笑みを浮かべると、電話の向こうから

「良かったぁ」

 とほっとしたようなマリアの声が聞こえた。


 マリアがほっとしたのもつかの間。マリアはすぐに、それでね、と話を続ける。

「実は、紹介したい人がいるの」

「紹介?」

 まさか、彼氏じゃないだろうな。ミュシャは思わず(まゆ)をひそめる。語気(ごき)が強くなってしまうのも仕方がない。


「えぇ。えっと、アイラさんが今度結婚を考えてるのは知ってる?」

 マリアの言葉に、ミュシャは

「そうなの!?」

 と思わず驚きの声をあげた。マリアと家族ぐるみで付き合いのあるアイラのことは、ミュシャもよく知っている。あまりおしゃれには頓着(とんちゃく)していないようなので、そこまで交流があるわけではないが、マリアの両親からアイラが見合いをしたことは聞いていた。


 もちろん、見合いは結婚前提であることに間違いない。アイラもそろそろ良い年齢だったはずだ。だが、それにしても早いような気がする。アイラが見合いをした、とミュシャが聞いたのは、確か数か月ほど前の話だ。

「全然知らなかったよ。アイラさんが、マリアのところに連絡を?」

「実は、アイラさんだけじゃなくて、お相手の方も……」

 二人でそろってきたのか、とミュシャが一人納得しているところに、マリアの声が続く。


「調香の依頼に来られたのよ。お互い、開花祭で相手に香りを贈りたいって」

「え?」

「びっくりするでしょう? それぞれ、別々の日に来て、同じことを言うんだもん。まるでお話みたいだわ」

 電話の向こうで、クスクスと笑うマリアに、ミュシャもつられて笑う。


 まさか、そんなことがあったとは。結婚を考えている、ということは開花祭にプロポーズでも考えているのだろう。それにしても、互いに別々で、同じ人間に依頼をするなんて。

 マリアの疲れは、そんな気苦労もあるのかもしれない。

「……事実は小説より()なり、だね」

 ミュシャの言葉に、マリアは「本当に」と相槌(あいづち)を打った。


 そんな訳で、マリアは今度のバザーで、アイラの将来の夫、ハラルドと一緒に香水瓶を探すのだそうだ。さすがに結婚前の男性が、他の女性と連れ立って歩いているなどと、変な(うわさ)をたてられては騒ぎになってしまう、とマリアはミュシャを誘ったのだった。


「なるほど」

 ことの顛末(てんまつ)を聞いて、ミュシャが苦笑すれば、

「ごめんね、ミュシャ」

 とマリアは申し訳なさそうに謝罪した。


「分かった。協力するよ。アイラさんたちのウェディングドレス、作らせてもらわなくちゃ」

 独立したてですぐに仕事は舞い込まない。ミュシャとしても、新規顧客(こきゃく)開拓(かいたく)はしなければならないところだし、一度、ウェディングドレスも作ってみたかったのだ。知り合いなら、こちらとしても声をかけやすい。

 打算的なミュシャの気持ちを見透(みす)かしたのか、マリアは電話の向こうで小さく笑った。マリアには思いもつかないような発想だ。


 バザーは今度の土曜日だ。今からなら、休みをもらうことも出来るだろう。

「ハラルドさんには伝えておくから、お昼に広場でね」

 ミュシャはマリアとの約束を(あわ)ててカレンダーに書き記す。

「本当にありがとう、ミュシャ。土曜日、とっても楽しみにしてるね」

「うん、僕も楽しみにしてる。それじゃ、おやすみ」

 ミュシャが返事をすれば、電話の向こうからマリアの可愛らしい声が聞こえ、電話は切れた。


 ミュシャは、カレンダーに記された予定に柔らかな笑みを浮かべる。

(バザー、楽しみだな)

 確か、去年は雨で中止となってしまったはずだ。マリアと一緒にバザーに出店しようと計画していたのだが、それも流れてしまった。

(良い生地とか服があったら買おう……)

 去年の雪辱(せつじょく)をはらさなければ、とミュシャはそんなことを思う。


 バザーは、街の広場で行われる毎年恒例の(もよお)しである。

 この日だけはいつもの露店(ろてん)ではなく、シートやタオルが広場中に広げられ、誰でも、なんでも売り買いが出来るのだ。星祀(ほしまつ)りや陽祝(ひいわ)いの期間で大掃除をした際に出てきたような掘り出しものを売る人はもちろん、これから訪れる春に向けて、新しい商品の試作などを並べている人も見受けられる。中古や訳アリ品も多いので、通常より値段も安く手に入りやすい。


(それにしても……)

 ミュシャは、アイラの結婚に思いを()せる。もちろん、正式に決まったわけではないが、もう秒読み段階だ。ミュシャの中のアイラといえば、聡明(そうめい)で真面目な女性で、化粧っけがなく、とにかく恋愛からはどこか遠い存在の人だと思っていた。

(まさか、アイラさんがね)


 よほど良い相手だったのだろう。人見知りのミュシャでも、知り合いの結婚相手となれば話は別。どんな人なのだろうか、と考えずにはいられなかった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

おかげさまで、46,000PV&9,700ユニークを達成しました~!

また、新たに素敵な感想をいただきまして、本当に毎日感謝感激です。

いつもお手に取ってくださっている皆様、本当にありがとうございます!


今回は、久しぶりにマリアとミュシャの二人の会話になりました。

どうやらハラルドの依頼を達成するために、バザーへ行くことになるようです。

楽しいバザーの様子も、ぜひぜひ今後をお楽しみに♪


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