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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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相思相愛な二人

 ハラルドがパルフ・メリエを訪れた翌日、マリアを訪ねてきたのはアイラであった。まるで示し合わせたかのようなタイミングに、マリアはなぜかドキドキしてしまう。だが、当の本人は本当に偶然訪れたようで、普段と変わりない様子であった。


「旅に出るなんて、びっくりしたわ」

 アイラからもらったお茶菓子をテーブルに並べ、ティーカップへ紅茶を注ぐマリアに、アイラが声をかける。

「すみません、突然のご連絡になってしまって」

 どうやら、マリアが先日出した手紙がアイラのもとにも届いたようだ。貴重な休みを使って、挨拶(あいさつ)しに来てくれたらしい。


「いいのよ。マリアの決めたことなら、私は応援するわ」

 いれたばかりの紅茶を冷まして、アイラはゆっくりとティーカップに口をつける。今日の紅茶には、アイラの持ってきてくれたアップルパイに合わせて、リンゴのジャムが入っており、アイラはリンゴの爽やかな甘みを存分に楽しんでいるようだった。

「本当は、直接アイラさんのところにもお(うかが)いする予定だったんです」

 お世話になりましたし、とマリアが頭を下げれば、アイラはニコリとほほ笑んだ。


「私もちょうど用事があってきたのよ。気にしないで」

 ティーカップを置き、アイラはアップルパイにナイフを入れる。切り分けた一口をアイラが飲み込む様子を見届けて、マリアもアップルパイに手を伸ばした。

「マリアに、調香の依頼をしようと思って」

 もごもごと咀嚼(そしゃく)しながら、マリアがコテンと首をかしげると、アイラはそんな愛らしいマリアの姿にクスクスと笑った。


「調香依頼、ですか?」

「えぇ。マリアがしばらく旅に出るって聞いて、だったら最後に、記念にって思ってね」

「最後だなんて。すぐに戻ってきます」

「それもそうなんだけど……今じゃなきゃだめっていうか」

「今じゃなきゃ?」

 言い(よど)んだアイラに、マリアは不思議そうな視線を向ける。アイラがこんな風に言葉を(にご)すのは珍しい。


「実はね、今度の開花祭で、彼に、香水をプレゼントしたいのよ」

 アイラは少し恥ずかしそうに視線を手元に落した。マリアはその言葉を聞いて、思わず目を見張る。危うくハラルドの名前を出してしまいそうだったが、ハラルドからの調香依頼はアイラには秘密にすると約束したばかり。ぐっとこらえて、言葉を探す。

「えっと、それはつまり……」


「結婚を、申し出ようと思って」

 マリアの頭の中で、教会のベルの音が鳴り響いたような気がした。

「結婚!?」

「え、えぇ。その、ほら、プロポーズは男性から、なんていうけど、私はやっぱり、自分の思いは自分で伝えたいのよ」

 アイラは照れたようにはにかんで、それから慌てて言葉をつづけた。


「それに、マリアの香りには勇気づけられたし……。彼、あ、ハラルドっていうんだけど、昔の私にそっくりで……香水なんて、(がら)じゃないかもしれないけど、きっと気に入ってくれると思うの。それで、いつかは一緒にそういうものも少しずつ楽しんでいけたらって……」

 すっかり乙女の顔で、アイラは微笑んだ。ハラルドから昨日同様の依頼を受けただけに、驚きもあるが、それ以上に、二人の相思相愛ぶりにはマリアが照れてしまいそうである。


 まさかハラルドとのつながりを知る由もないアイラは、それからしばらく、ハラルドがどういう人間かを事細かにマリアへ話し出す。

「古いものが好きなの。きっと、あのジュークボックスなんか、ハラルドの大好物だわ」

 まさにその通りです、とマリアは言いかけた口を手で(おお)って、咳払いを一つ。

「そ、そうですか」

 嘘の苦手なマリアのしらじらしい相槌(あいづち)には気づかず、アイラは惚気(のろけ)ともつかぬハラルドの人物紹介を続けた。


 アップルパイを食べ終えたところで、アイラはようやく一息ついた。

「ハラルド、気に入ってくれるかしら」

「きっと、大丈夫ですよ。アイラさん、もしよければ、ハラルドさんへお渡しする香りを、一緒に作ってみませんか?」

 マリアの提案に、アイラはパッと表情を明るくする。


「私にも出来るかしら?」

「もちろんです。その方がきっと、ハラルドさんも喜ばれると思いますよ」

 昨日ハラルドに投げかけた口説き文句をアイラにも同じように伝えれば、その表情は嬉しそうなものに変わる。

「そうかしら? それじゃぁ、頑張ってみようかな」

 ハラルドとは対照的に、アイラは俄然(がぜん)乗り気、といった様子で、マリアが調香部屋を見るかと誘えば、もちろん、と即答した。


「思っていたよりすごいのね……」

 調香部屋を見回したアイラの声には、感心と驚き、そしてマリアへの尊敬の色がにじんでいた。たくさんの瓶に囲まれたその部屋を、たくさんの書物に囲まれた王立図書館と重ねてしまうようで、アイラは、なんだか落ち着くわ、と穏やかな表情を浮かべる。


 しばらく調香部屋を観察した後、机の上に置かれたままになっていた香水瓶に、アイラが目を止める。

「あら? これは?」

 昨日、ハラルドに依頼されたアイラへの香りの試作品。マリアはしまった、と(あわ)ててその瓶を片付ける。

「これは、他のお客様からの調香依頼で! すみません、片づけが行き届いていなくて」

 アイラはやけに(あわ)てるマリアを不思議そうに見つめたが、それ以上は何も言わず、棚に並べられた精油瓶へと視線を戻した。


「ハラルドさんって、何かお好きなものとかありますか?」

 なんとか話題を変えようと、マリアが口にすれば、アイラはうぅん、と口元に手を当てる。

「古いもの、アンティーク、考古学に、民俗学……父の、珍しいお土産も大好きよ」

 変わってるでしょう、と笑うアイラは、優しい笑みを浮かべている。

「食べ物とか、植物なんかでお好きなものは?」

「なんでも食べるのよねぇ。うぅん、レモンティーが好きだって言っていたけど……」


「でしたら、レモンの香りを中心にシトラス系でまとめてみてもいいかもしれませんね」

 マリアが精油瓶を手早く取っていくのを見て、アイラは感心したように口を開く。

「よくぱっと見ただけでわかるものね」

「ふふ、私もアイラさんに本を探してもらう時、いつも思ってるんですよ」

 マリアからすれば、この何百倍以上とある本の中から、お目当ての一冊を探し出すアイラの方がよっぽどすごいと思うのだが。


 レモンにグレープフルーツ、ライム、オレンジ、ベルガモット。マリアがざっとメインどころを並べると、アイラは興味深そうにそれらをしげしげと眺める。

「これを混ぜていけばいいの?」

「最初は、三つくらいにしましょう。似た香りを混ぜてもいいですし、違う香りを混ぜても印象が変わって楽しいですよ」

 マリアのアドバイスを真剣に聞き、アイラはこわごわと、だが、楽しそうにそれらの香りの違いを楽しんでいった。


 パルフ・メリエにお客様が来たことで、アイラとの調香はお開きとなった。

「また来るわね」

 と大きく手を振ったアイラは、生き生きと楽しそうに笑っていた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

素敵なイラスト、素敵な感想をいただきましてもうなんとお礼を申し上げてよいか……。

本当にいつもたくさんの応援、ありがとうございます!


今回は、マリアのもとに、ハラルドと同じ調香依頼をするアイラがやってきました。

まさかの偶然にマリア同様、皆様も一緒にびっくりしていただけましたでしょうか?

アイラとハラルド、二人の開花祭の行方をぜひお楽しみに♪


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