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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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198/232

ハラルド

 ディアーナを皮切りに、マリアはパルフ・メリエを訪れる人たちに、商品を全て売りさばいた後には旅へ出る、と伝えていった。皆それぞれの反応を示し……中には、手に持っていた商品をいくつか棚へ戻す人も現れる始末だったが、最終的には(こころよ)くマリアを送り出す言葉をくれた。

 おかげさまで、パルフ・メリエも無事に店じまいをすることが出来そうだ、とマリアは閑散(かんさん)とする店内を見つめる。


 まだいくつか商品は残っているし、調香部屋に精油も残っているので、実際に旅に出るのは先の話になりそうだが、それももうあと一か月か、二か月もてばよいところだろう。

「村の人たちにお花のお世話もお願いしたし……そろそろ、本格的にお掃除や整理をしなくちゃね」

 家は時々両親に見に来てもらうように頼んでいる。だが、旅立つ前に綺麗にしておくのはマリアの責任だ。


 まずは店の中を、とマリアがホウキを手に握ったところで、トントン、とパルフ・メリエの扉がノックされる。そろそろ閉店準備をしようか、というころだっただけに、珍しいこともあるものだ、とマリアは慌てて扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

 扉を開けた先には、見知らぬ男性が一人立っていて、マリアは深くお辞儀(じぎ)した。

「ようこそ、パルフ・メリエへ」


 男性は店内に入ると、ソワソワと店内を見回してから、マリアの方へ視線を向けた。

「あ、の……マリアさん、でしょうか?」

「はい。私がマリアですが」

 マリアが不思議そうな視線を男性に向けると、男性は帽子をとって、丁寧にお辞儀(じぎ)した。

「初めまして、アイラさんとお付き合いをしております。ハラルドと言います」

 ふわふわと揺れる、柔らかな(くせ)のある茶色の髪と、穏やかな瞳が印象的な男性だった。


 マリアは(あわ)ててハラルドを席へと案内し

「すぐにお茶を持ってきますから、少し待っていてくださいね」

 と二階へ()け上がる。外はもうすでに真っ暗で、あまりぐずぐずしていては、ハラルドの帰りの馬車がなくなってしまう。お湯が沸くまでに少しでも出来ることを、とティーカップや茶葉、メモなどを全て準備して、コンロの前でうろうろとその時を待つ。


「お待たせしました」

 マリアがティーカップを持って、店へ戻ると、そこには想像していなかった光景が広がっていた。

 なんと、ハラルドが店の奥に置かれたジュークボックスにこれでもかと顔を寄せ、何やら真剣な表情でブツブツと呟いているのである。何かにとりつかれたかのようなその姿は、マリアが調香しているときの様子によく似ていた。


「ハラルドさん?」

 ティーカップをテーブルにおいて、マリアはそっとハラルドに声をかける。しかし、ハラルドは返事をしない。ジュークボックスの中を、これでもか、とのぞき込もうと、様々な角度から観察している。余程(よほど)集中していたのか、マリアがトントンと軽くその肩をたたくまで、ハラルドはジュークボックスから視線を外さなかった。


「すみませんでした……」

 席についたハラルドは、お茶に口をつけることすらせずに、頭をテーブルにこすりつけるようにして深々と謝罪した。

「いえ! 大丈夫です。それより……」

「そ、その……僕は普段、博物館で学芸員として働いているんですが……古いものやアンティークには目がなくて。あのジュークボックスは、かなり年季(ねんき)が入っているようでしたので、つい」

 ハラルドは恥ずかしそうに頬を赤らめて、視線を落とした。


 図書館員のアイラと、学芸員のハラルド。あまりにお似合いの組み合わせに、マリアは内心で驚きながらも、話を進めなければ、と時計にちらりと視線をやる。

「ハラルドさん、馬車のお時間がありますから、もしよろしければ、ご用件をお(うかが)いしても?」

 マリアとしては、ハラルドが帰れなくなってしまったら、と気が気ではない。アイラという恋人がいるのに、パルフ・メリエに泊める訳にはいかない。


「ああ、馬車なら問題ありませんから」

 ハラルドがあっけらかんという言葉に、マリアは

「へ?」

 と思わず目を丸くした。

「じ、実は、騎士団に友人がいまして。今日は、西の国境門で警備をしているんです。夜になると交代なので、その時に一緒に送ってもらえないか、と頼んでまして」

 意外な交友関係に、マリアが再び驚いたような顔をすると、ハラルドは一瞬にして顔を(くも)らせた。


「あ! へ、閉店間際に()け込んでしまってご迷惑でしたよね!? すみません、アイラさんにきちんと閉店時間を聞いておけばよかったな……」

 後半は独り言であるが、どうやらマリアの方に用事があると思われたようである。(あわ)てふためいて、再び深い謝罪をするハラルドと同じくらい、マリアも(あわ)ててブンブンと首を振った。

「いえ! 私なら大丈夫ですから。頭を上げてください」

 どうやら、マリア同様、ハラルドも相当他人に気を(つか)うタイプらしかった。


 双方の誤解が解け、ようやくハラルドはティーカップに口をつけた。温かなアールグレイが体にしみたのか、ほっと息を吐き出すハラルドは、初めて店に訪れたときに比べると随分(ずいぶん)緊張もほどけたようだ。

「すみません、本当に色々と。僕は、少しそそっかしいところがあって……熱中すると、周りが見えなくなったりするところも……」

 ハラルドは照れくさそうにはにかんだ。


 ハラルドは、そうだった、とカバンからごそごそと財布を取り出した。

「じ、実は、アイラさんに香水をプレゼントしたいと思っているんです。マリアさんのところの香水をつけていると聞いて。ですが、調香を依頼したことも、香水のことも良く分かっていなくて……。あの、こ、これくらいあれば足りるでしょうか?」

 ハラルドは財布から、多すぎるほどのお金を置いて、マリアに頭を下げた。


「ま、待ってください!」

「これじゃ、足りませんか?! 足りない分は、また別の日に持ってきます! だから、どうか」

「ハラルドさん、お顔を上げてください!」

 マリアが(あわ)ててハラルドに声をかけると、ハラルドはようやく頭を上げてマリアを見つめる。

 その真剣な表情に、アイラへの愛がこもっている気がした。


「うちは後払いです。何より、こんなにはいただけません」

 マリアが差し出されたお金をそっとハラルドの方へ戻せば、ハラルドは目を丸くした。

「マリアさんは、王女様の専属の調香師だとお聞きしました。それに、元来(がんらい)香水は嗜好品(しこうひん)ですし……、アイラさんから近々旅に出るともお聞きしています。来年には手に入らないと考えれば、希少性から考えても、これでも少ないくらいかと……」

 冷静なハラルドの言葉は、金勘定(かねかんじょう)の苦手なマリアにとっては耳の痛い話である。だが、マリアも譲るつもりはなく、首を横に振る。


「お金の話は最後にしましょう。まずは、ご依頼内容をお(うかが)いしますね」

 マリアに無理やりお金を返されると、ハラルドは気の抜けたような表情で、ゆっくりと財布へお金をしまった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

おかげさまで、9,500ユニークを達成しまして、10,000ユニークも目前に迫ってまいりました……ドキドキ。

これもひとえに皆様のおかげです。本当にありがとうございます!


さて、今回は新キャラ、ハラルドが登場しました!

ハラルドも、開花祭に向けて何やらアイラへプレゼントを贈るようです。

一生懸命なハラルドも、ぜひ、応援してくださいますと嬉しいです~*


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