ハラルド
ディアーナを皮切りに、マリアはパルフ・メリエを訪れる人たちに、商品を全て売りさばいた後には旅へ出る、と伝えていった。皆それぞれの反応を示し……中には、手に持っていた商品をいくつか棚へ戻す人も現れる始末だったが、最終的には快くマリアを送り出す言葉をくれた。
おかげさまで、パルフ・メリエも無事に店じまいをすることが出来そうだ、とマリアは閑散とする店内を見つめる。
まだいくつか商品は残っているし、調香部屋に精油も残っているので、実際に旅に出るのは先の話になりそうだが、それももうあと一か月か、二か月もてばよいところだろう。
「村の人たちにお花のお世話もお願いしたし……そろそろ、本格的にお掃除や整理をしなくちゃね」
家は時々両親に見に来てもらうように頼んでいる。だが、旅立つ前に綺麗にしておくのはマリアの責任だ。
まずは店の中を、とマリアがホウキを手に握ったところで、トントン、とパルフ・メリエの扉がノックされる。そろそろ閉店準備をしようか、というころだっただけに、珍しいこともあるものだ、とマリアは慌てて扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
扉を開けた先には、見知らぬ男性が一人立っていて、マリアは深くお辞儀した。
「ようこそ、パルフ・メリエへ」
男性は店内に入ると、ソワソワと店内を見回してから、マリアの方へ視線を向けた。
「あ、の……マリアさん、でしょうか?」
「はい。私がマリアですが」
マリアが不思議そうな視線を男性に向けると、男性は帽子をとって、丁寧にお辞儀した。
「初めまして、アイラさんとお付き合いをしております。ハラルドと言います」
ふわふわと揺れる、柔らかな癖のある茶色の髪と、穏やかな瞳が印象的な男性だった。
マリアは慌ててハラルドを席へと案内し
「すぐにお茶を持ってきますから、少し待っていてくださいね」
と二階へ駆け上がる。外はもうすでに真っ暗で、あまりぐずぐずしていては、ハラルドの帰りの馬車がなくなってしまう。お湯が沸くまでに少しでも出来ることを、とティーカップや茶葉、メモなどを全て準備して、コンロの前でうろうろとその時を待つ。
「お待たせしました」
マリアがティーカップを持って、店へ戻ると、そこには想像していなかった光景が広がっていた。
なんと、ハラルドが店の奥に置かれたジュークボックスにこれでもかと顔を寄せ、何やら真剣な表情でブツブツと呟いているのである。何かにとりつかれたかのようなその姿は、マリアが調香しているときの様子によく似ていた。
「ハラルドさん?」
ティーカップをテーブルにおいて、マリアはそっとハラルドに声をかける。しかし、ハラルドは返事をしない。ジュークボックスの中を、これでもか、とのぞき込もうと、様々な角度から観察している。余程集中していたのか、マリアがトントンと軽くその肩をたたくまで、ハラルドはジュークボックスから視線を外さなかった。
「すみませんでした……」
席についたハラルドは、お茶に口をつけることすらせずに、頭をテーブルにこすりつけるようにして深々と謝罪した。
「いえ! 大丈夫です。それより……」
「そ、その……僕は普段、博物館で学芸員として働いているんですが……古いものやアンティークには目がなくて。あのジュークボックスは、かなり年季が入っているようでしたので、つい」
ハラルドは恥ずかしそうに頬を赤らめて、視線を落とした。
図書館員のアイラと、学芸員のハラルド。あまりにお似合いの組み合わせに、マリアは内心で驚きながらも、話を進めなければ、と時計にちらりと視線をやる。
「ハラルドさん、馬車のお時間がありますから、もしよろしければ、ご用件をお伺いしても?」
マリアとしては、ハラルドが帰れなくなってしまったら、と気が気ではない。アイラという恋人がいるのに、パルフ・メリエに泊める訳にはいかない。
「ああ、馬車なら問題ありませんから」
ハラルドがあっけらかんという言葉に、マリアは
「へ?」
と思わず目を丸くした。
「じ、実は、騎士団に友人がいまして。今日は、西の国境門で警備をしているんです。夜になると交代なので、その時に一緒に送ってもらえないか、と頼んでまして」
意外な交友関係に、マリアが再び驚いたような顔をすると、ハラルドは一瞬にして顔を曇らせた。
「あ! へ、閉店間際に駆け込んでしまってご迷惑でしたよね!? すみません、アイラさんにきちんと閉店時間を聞いておけばよかったな……」
後半は独り言であるが、どうやらマリアの方に用事があると思われたようである。慌てふためいて、再び深い謝罪をするハラルドと同じくらい、マリアも慌ててブンブンと首を振った。
「いえ! 私なら大丈夫ですから。頭を上げてください」
どうやら、マリア同様、ハラルドも相当他人に気を遣うタイプらしかった。
双方の誤解が解け、ようやくハラルドはティーカップに口をつけた。温かなアールグレイが体にしみたのか、ほっと息を吐き出すハラルドは、初めて店に訪れたときに比べると随分緊張もほどけたようだ。
「すみません、本当に色々と。僕は、少しそそっかしいところがあって……熱中すると、周りが見えなくなったりするところも……」
ハラルドは照れくさそうにはにかんだ。
ハラルドは、そうだった、とカバンからごそごそと財布を取り出した。
「じ、実は、アイラさんに香水をプレゼントしたいと思っているんです。マリアさんのところの香水をつけていると聞いて。ですが、調香を依頼したことも、香水のことも良く分かっていなくて……。あの、こ、これくらいあれば足りるでしょうか?」
ハラルドは財布から、多すぎるほどのお金を置いて、マリアに頭を下げた。
「ま、待ってください!」
「これじゃ、足りませんか?! 足りない分は、また別の日に持ってきます! だから、どうか」
「ハラルドさん、お顔を上げてください!」
マリアが慌ててハラルドに声をかけると、ハラルドはようやく頭を上げてマリアを見つめる。
その真剣な表情に、アイラへの愛がこもっている気がした。
「うちは後払いです。何より、こんなにはいただけません」
マリアが差し出されたお金をそっとハラルドの方へ戻せば、ハラルドは目を丸くした。
「マリアさんは、王女様の専属の調香師だとお聞きしました。それに、元来香水は嗜好品ですし……、アイラさんから近々旅に出るともお聞きしています。来年には手に入らないと考えれば、希少性から考えても、これでも少ないくらいかと……」
冷静なハラルドの言葉は、金勘定の苦手なマリアにとっては耳の痛い話である。だが、マリアも譲るつもりはなく、首を横に振る。
「お金の話は最後にしましょう。まずは、ご依頼内容をお伺いしますね」
マリアに無理やりお金を返されると、ハラルドは気の抜けたような表情で、ゆっくりと財布へお金をしまった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
おかげさまで、9,500ユニークを達成しまして、10,000ユニークも目前に迫ってまいりました……ドキドキ。
これもひとえに皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
さて、今回は新キャラ、ハラルドが登場しました!
ハラルドも、開花祭に向けて何やらアイラへプレゼントを贈るようです。
一生懸命なハラルドも、ぜひ、応援してくださいますと嬉しいです~*
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