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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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守りたいもの

 ケイは、運ばれてきたメインディッシュに手を付けることなく、シャルルを見つめる。シャルルもケイの視線に気づいて、料理を切り分ける手を止めた。

「どうかした?」

「いえ……」

 ケイは、シャルルに何を期待しているのだろうか、と首を小さく振る。


 トーレスのように、マリアへ思いを伝えた方がいい、とシャルルが言ってくれるのではないか、と心のどこかでそんな風に甘えていたのかもしれない。団長が言うなら、と、自らの重い腰をあげるために、無意識にシャルルを利用しようとしていた。

 ケイは、そんな自らの心のうちを、シャルルに見透(みす)かされたようで思わずうつむいた。

「マリアちゃんへ、ケイも思いを伝えるべきだって、言ってほしかった?」

 シャルルは意地悪な笑みを浮かべて、料理を口へ運んだ。


「正直に言えば……そうかもしれません」

「はは、ケイは素直だね」

 シャルルはクスリとほほ笑んで、ナイフとフォークを脇へよける。ケイに柔らかなまなざしを向けると、シャルルはゆっくりと口を開いた。

「ケイにも、苦手なものがあったんだね」

 シャルルののんびりとした口調は、いつもの部下に向けられるものとも少し違う。家族や、友人に向けられるような、そういうもののように感じられた。


 ケイだって普通の人間である。シャルルの前では平然(へいぜん)(よそお)っているが、話下手だという自覚もあるし、そもそも女性は苦手だったのだ。

「ちょっと安心したよ。ケイは、あまりそういうところを見せないから」

 シャルルの瞳が穏やかな色を浮かべる。

「ま、僕も人のことは言えないんだけど」


 ケイがうなずくと、シャルルは肩をすくめた。

「本当のことを言えば……僕はまだ、マリアちゃんに告白するつもりはなかったんだ。もっと時間をかけたかったし……この思いは伝えないでおこう、とさえ思っていたこともある」

 シャルルはなんてことない、という風にそういって、再びナイフとフォークを手にする。

「ケイは食べないの? 美味しいよ」

 いつまでも置いていてはせっかくの料理も冷めてしまう。シャルルに(うなが)され、ケイもようやくナイフとフォークを手にする。


 シャルルは料理を切り分けている間も、話を続けた。

「僕は騎士団長だし、国を守ることが仕事だ。万が一、王様から命じられるようなことがあれば、僕は自らの命も差し出すつもりでいるし……人もためらいなく殺す」

 美しく切り分けられたステーキを口へと運んで咀嚼(そしゃく)するシャルルは、ぞっとするほど冷静な顔つきだった。


 ケイには、その事実をシャルルほどはっきりと言い切れる自信はなかった。いや、それが騎士団というものの定めではあるが、恐らく躊躇(ちゅうちょ)してしまうだろう。いまだ、人を殺さねばならないような事態には(おちい)っていないが、もしその日が来たのなら、ケイは自らを責め続けるだろう。

 だが、目の前の男は違う。美しい外見と、普段の温和な性格とは裏腹に、国のためならどこまでも冷酷非道に落ちることが出来るのだ。それほどの覚悟でなければ、騎士団長など勤まらないのだから。


「だから、好きな人を……マリアちゃんを幸せにする自信がないんだ。それでも伝えてしまったのは……きっと、届かないって知っていたからかもしれないね」

 シャルルの淡いブルーの瞳は、チラチラとテーブルの上のキャンドルに反射して、()れているように(はかな)く光った。

「もしかしたら、お酒のせいかもしれないけど」

 冗談めかして付け加えた言葉は、ケイには聞こえていない。シャルルの分まで、傷ついたような表情で、ケイはうつむいていた。


 騎士団長としての重責(じゅうせき)は、ケイも理解しているつもりだった。だが、それもほんの一部に過ぎなかったのだ。それを悟らせることすらしない、その覚悟や思いの強さに、ケイは改めて、シャルルの偉大さを思い知る。


「団長の分まで、俺が……マリアを、守ってもいいですか」


 ケイの口をついて出た言葉に、シャルルは驚いたような表情を見せた。ケイががつがつとメインディッシュを口へかきこむ様子を、ポカンとあっけにとられたように見つめる。

 ケイが勢いよくワインを飲み干して、空になったグラスを置くと、シャルルは我に返ったようで

「ふっ……はは! ケイ、君って本当に……」

 と声を上げて笑う。シャルルはしばらくそのまま笑い続け、最終的には目元にためた涙をぬぐった。


「ケイの、そういう真面目で律儀(りちぎ)なところ。かなわないな」

 シャルルもワインを空にして、ケイの分を一緒にウェイターへ注文した。ケイからすれば、こういうソツのなさこそ、かなわない。

「でも、そうだね。ケイが守ってくれるなら、僕も安心かな」

 シャルルがクスリとほほ笑むと、ケイはようやく肩の荷が下りたような気分になった。


 もちろん、ケイが思いを伝えたところで、マリアが答えてくれなければ意味がないのだが。それでも、ケイにとっては一歩前進だった。

「ちょうど、開花祭(かいかさい)もあることだしね」

 ケイの表情が晴れやかになったのを察したか、シャルルはニコリとほほ笑む。

(トーレスに開花祭(かいかさい)の話をしたのは、団長か)

 ケイは、昼間にトーレスから言われたことを思い出して苦笑した。


 今まで、開花祭(かいかさい)などというものには全く(えん)がなかったケイが、少々渋い顔をしてみせる。シャルルはそんなケイの表情に、ふっと笑みをこぼした。

「そんなに難しいことじゃないさ」

 ウェイターが持って来た新しいワイングラスとデザート。シャルルは早速そのグラスに手を伸ばす。


(えん)がなかったもので」

「一度もかい?」

「まぁ」

 ケイはデザートを口に含んで、黙々(もくもく)咀嚼(そしゃく)する。甘酸っぱいリンゴの香りを存分に楽しんで飲み込めば、シャルルもまた、同じようにデザートを口へ運んでいた。


 ケイは、視線を窓の外へと移して(つぶや)く。

「こんなにも、自分が臆病(おくびょう)だとは思いませんでした」

 独り言のようにも聞こえるそれに、シャルルも美しく輝く夜の城下町へと視線を移す。

「それが分かれば、強くなれるさ」

 強く、(かしこ)く、欠点など何一つないように思えるシャルルでも、ケイと同じように弱かった時期があったのだろうか。ケイはシャルルを盗み見たが、シャルルの涼し気な顔からそれを(さと)ることは出来なかった。


(マリアへの贈り物は、何にすべきだろうか)

 ケイはアイスワインの冷たさと、コンポートの暖かさの対比を口の中で楽しみながら、ぼんやりとそんなことを考える。さすがに、そこまでシャルルに頼るのは違うような気がして、口にすることは出来なかった。

(いつまでも、団長に頼ってばかりではいけないな)


 いつか、団長と肩を並べ、そして、団長を助けられるような人間にならなければ。

 ケイは小さな決意を胸に秘めて、シャルルがそうしたように、空いたグラスをそっとテーブルの上へ置いた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

おかげさまで45,000PVを達成しまして、日々、多くの方々に読んでいただけていることに感謝感激です。

本当にありがとうございます!


さて、今回はついに、ケイが覚悟を決めて、自らの意思で、シャルルに対して「マリアを守りたい」と宣言しました! お赤飯!!(笑)

というのは、冗談として……これから、ケイにもたくさん頑張ってもらうので、ぜひそんな不器用なりに頑張るケイを応援してくださいますと嬉しいです♪


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― 新着の感想 ―
[一言] ケイさんが、ついに!ついに!! 自分で動いた!心臓のバクバクが…止まりません! シャルルさんはもう親の目みたいになってますね! かっこいいです……!
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