ケイとシャルル
開花祭も近いことですし、とすっかりこの国のイベントごとに詳しくなったトーレスの背中を見送って、ケイは深く息を吐く。いつもであれば、早めに休憩を切り上げて仕事へ戻るのだが、今日はそういう気分でもない。
(もう一杯、コーヒーでも飲んでからにするか……)
ケイがゆっくりと立ち上がれば、同じくコーヒーを注ぎにきたシャルルがそこには立っていた。
「そういえば今日は、巡回じゃなかったね」
シャルルはケイにお疲れさま、と労いの言葉をかけて、ニコリと爽やかに微笑んだ。ケイも、団長くらい爽やかなら、もっとうまく立ち回れただろうか、と思わずその顔を凝視してしまう。
「どうかしたのかい?」
「いえ」
ケイの視線にキョトンとシャルルは首をかしげる。
「珍しく、何かを悩んでいるみたいだけど」
シャルルの持つカップからコーヒーの湯気がふわりと漂った。
「久しぶりに、夜は食事でも行こうか。ケイとはしばらく、ゆっくり話せていなかったしね」
シャルルは柔らかな物腰をケイにも存分に発揮して、くるりと踵を返した。去り際に、ケイの背中を軽く二度ほど叩いて
「無理はしないように。団長命令だよ」
と念押ししていく。
シャルルは、最大のライバルだ。いや、ライバルというにはおこがましいくらいの相手だろう。マリアが旅立つかもしれない、と伝えてしまうことが、相手に塩を送ることになるかもしれないが、もちろん、ケイにはそんな姑息な真似をすることは出来ない。正々堂々と勝負するのが、騎士たるもの。
(団長も、驚くだろうな……)
ケイはコーヒーを注ぎながら、再びぼんやりと遠くを見つめた。
夕方、書類仕事を終えたケイのもとを訪ねてきたのはシャルルだった。
「終わったかい?」
「団長は、もう終わりですか?」
「僕の方は、優秀な部下のおかげでね」
パチン、とケイにウィンクをなげかけるシャルルのまぶしさには、思わずケイも目を細めてしまう。
「門で待ってるよ」
シャルルはそんなケイを気にする様子もなく、ひらりと手を振って隊長室を後にする。後ろ姿まで様になっていて、ケイは思わず羨望と嫉妬の入り混じった視線を向けた。
(団長は、マリアとしばらく一緒に過ごしていたようだが、何もなかったのだろうか)
シャルルのことだ。手を出すような真似は絶対にしないだろうが、そんな邪推なことさえ考えしまう。
もしも、自分が女性だったら、それこそシャルルのような男に言い寄られて嫌になるわけがない。断れるだろうか。マリアだって、腕利きの調香師だということをのぞけば普通の女の子である。ケイとシャルル、どちらがいいかと言われれば、後者だろう、とケイはそこまで考えて、ため息をついた。
「考えても仕方のないことだが……」
眉間によったしわを緩め、ケイは、慌てて帰り支度を始めた。
門でシャルルと合流し、ケイは再び深いため息をついてしまう。マリアのことを思うと、どうしてもシャルルと自分を比べてしまう。当のシャルルはそんなケイの思いなどつゆ知らず、帽子を軽く上げ
「さ、行こうか」
とケイに愛想の良い笑みを浮かべた。
シャルルがケイを連れて入ったのは、城下町にある品の良いレストラン。シャルルの行きつけだろうか。ケイが普段入ることのないタイプの店だ。落ち着いたクラシックが流れており、ケイは少し緊張してしまう。
「はは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
ケイの様子に、シャルルは少しだけ困ったような、儚げな笑みを浮かべた。ケイの知らない表情だった。
二人は一杯のワインと、いくつかのメニューを注文して、ようやく互いに視線を合わせた。
「前に、マリアちゃんと来たんだ。ケイと同じような反応をしていたのを思い出したよ」
シャルルは店に入ったときと同じ笑みを浮かべる。
「それは、どういう……」
ケイは言葉にしてから、余計なことを聞いたのでは、と口をつぐむ。
「告白したんだ」
シャルルはさらりと言ってのけ、ケイが目を丸くしたのを見て、ふっと目を細めた。
「フられたけどね」
「え」
シャルルの口からでた言葉に、ケイはもはや口を開けた。
「ふっ……ケイのそんな顔は、初めて見たよ」
シャルルは肩を揺らして笑う。ワインと前菜を持って来たウェイターは対照的な二人をちらりと見比べて去っていく。
「ま、とりあえず乾杯しよう」
シャルルはグラスを持ち上げ、ケイもいまだ驚きは隠せないままにグラスを持ち上げる。カチャン、とグラスを軽くならせば、夏休みにマリアと三人で港町へ行った日のことを思い出させた。そして、それはシャルルも同じだったようで
「夏休みぶりだね」
と懐かしそうに目を細めていた。
「ケイがあんなに悩むのは、マリアちゃんのことくらいだろうと思ってさ」
シャルルは前菜を綺麗に正方形に切り分けながら、話を切り出す。
「僕が振られるなんて、そんなに意外かな?」
ケイは前菜を口へ放り込んで、コクコクと首を縦に振る。
「はは、それは光栄だね。でも、だからこそ、かな。遠すぎる存在というのも考えものだね」
シャルルは意味ありげに微笑んで、切り分けた料理を美しく口へと運んだ。
前菜を食べ終えて、今度はケイが口を開く。
「実は……マリアが、旅に出るかもしれない、と」
ワインに口をつけていたシャルルは、その言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐさま冷静さを取り戻したのか、ワイングラスをゆっくりと置いた。
「どういうことだい?」
「マリアの友人から聞いたんです。新しい香り探しの旅、だそうで」
「旅、か」
それはまた大きくでたね、とシャルルは苦笑した。もっと驚くかと思ったが、さすがは騎士団長。不測の事態にも、慣れているのかもしれない。
「その、団長は……何も思わないんですか」
ケイの質問に、シャルルは少し考えこんでから口を開く。
「そう、だね。驚いてはいるけど……」
良い言葉が見つからないのか、シャルルは困ったように眉を下げた。
「僕は、マリアちゃんの決めたことを尊重したいし」
言葉を切って、そっと視線を落とす。
「……思いも伝えてしまったしね。後悔とか、そういうものもないから。素直に、応援したい、かな」
少し心配ではあるけどね。シャルルはそう付け足して、もう一度ワイングラスに口をつけた。
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今回は、ケイとシャルルの二人のお話になりました。
マリアの旅立ちを前に、元ライバルだった二人がこれからどんな話をするのか次回をお楽しみに。
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