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調香師は時を売る  作者: 安井優
開花祭編

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ケイとトーレス

「ケイ隊長、邪魔なんですけど」

 少しばかりの苛立(いらだ)ちを含んだ声でトーレスがケイをにらみつけると、ケイは肩をびくりと揺らす。

「あ、あぁ……すまない」

 コーヒーポットの前に立ち尽くしていたケイの後ろには、今やずらりと人の列ができていた。


 二人がいるのは、騎士団本拠地内部にある食堂の一角――ドリンクバーともつかぬ、何種類かポットが並べられただけのコーナー。食事は配給されないが、ここの飲み物だけは無料で好きなだけ飲んでいいことになっているので、昼時は混雑するのだ。

 ケイとトーレスの二人は、ちょうどそこで出会い……そして、後ろで人が待っているというのに一向(いっこう)にどこうとしないケイを、トーレスが一蹴(いっしゅう)したのだった。


 注いだばかりのコーヒーを持って、どこかぼんやりと歩いていくケイの後ろ姿をトーレスは怪訝(けげん)な表情で見つめる。いつもであれば(とが)められそうなトーレスの言動も気にならないようだ。

 まさに、心ここにあらず。

 トーレスは、何事か、とケイの後ろを追いかけた。


 窓際の席に一人で座って、どこか遠くを眺めるケイの前にトーレスは腰をかけた。

「ケイ隊長」

 ケイは眉間にしわを寄せたまま、ゆっくりと視線を移し、しばらくすると我に返ったのか、ようやくその視線を目の前のトーレスに合わせた。

「珍しいですね、食堂にいるなんて」


 ケイの部隊は、基本的に巡回や警備といった外の仕事が多い。当然、騎士団本拠地には出勤するが、一度町に出れば食事は外でとることになるので、食堂を利用することは少ないのだ。

 そんなわけで、珍しいこともあるものだ、とトーレスが感じるのも当然のことであった。もちろん、珍しいのはそれだけではないが。


「今日は、書類仕事でな」

 ケイは何かを取り(つくろ)うように少し早口で答えた。そのまま、パン屋の紙袋をテーブルの上にのせ、そこからガサガサとサンドイッチを取り出す。

「ケイ隊長も、そんなおしゃれなもの食べるんですね」

 半分は皮肉、半分は意外な一面に驚いた、という表情でトーレスが指をさせば、ケイは

「悪いか」

 とトーレスを軽くにらんで、サンドイッチにかぶりついた。


 トーレスはちらりと紙袋に書かれたパン屋の名前を盗み見る。この店は、確か、街の広場にあるベーカリーカフェの名前ではなかったか。もしや、とトーレスは口角を上げる。

「マリアに教えてもらったとか?」

「なっ!?」

 ケイは目を見開き、そして驚きのあまりむせてしまったのか、ドンドンと胸をたたいた。これほど分かりやすい人間も珍しい、とトーレスは思わずニヤニヤとケイを見つめた。


 コーヒーを飲み干して、ケイは深く息を吐く。

「なぜ、マリアの名前が出てくるんだ」

 冷静を保とうとしているが、ケイの表情はかたい。

「そのベーカリーカフェって、街の広場にありますよね?」

 トーレスがちらりと視線を投げかければ、ケイは、ぐ、と言葉を詰まらせた。


 トーレスも自らのランチをテーブルの上に並べて、小分けにされたアラカルトを口へ運ぶ。美しい所作(しょさ)は相変わらずである。

「これは、知人に教えてもらった店だ」

 先日、ミュシャと行ったベーカリーカフェである。決して、マリアは何も関係ない。ケイは自分自身に言い聞かせるが、動揺は隠しきれない。


 トーレスは黙々(もくもく)と食事をつづけ、視線だけでケイに続きを(うなが)す。食事中に会話をしない、という西の国での習慣も、まだ抜けないらしい。代わりに、トーレスのヘーゼルアイが語る。

 それじゃあ、マリアと何かあったのか?

 目は口程に物を言う、とはこのことか、とケイは思わず頭を抱えた。


「何かあったんですね」

 トーレスはフォークを(かたわ)らにおいて、ナプキンで軽く口元を拭った。食事の途中だが、どうやら興味を(おさ)えきれえなかったらしい。

「いや、その……」

 トーレスが(あわ)てふためくケイを見るのは初めてのことだ。マリアのこととなると、本当に不器用な男だな、と、つい、ため息をつきたくなってしまう。


 トーレスが食事を再開すると、ケイは観念したようにつぶやいた。

「その……マリアが、旅に出るかもしれない、と」

 今度は、トーレスが食事をのどに詰まらせる番だった。先ほどのケイと同じように、ドンドンと胸をうち、コーヒーを飲み干す。手に持っていたフォークを、いつもより少しだけ(あわ)てたように置いて、ケイの方へ視線を移す。


「旅!?」

「あぁ。マリアの友人から聞いたんだ。マリアは、旅に出るつもりだと」

「なんでまた」

 パルフ・メリエでしばらく世話になっていたが、決して経営に困っているような雰囲気ではなかった。そもそもディアーナ王女の専属の調香師であることを考えれば、あの森の奥で永住(えいじゅう)していても問題はなさそうである。不満もなさそうだったし、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)。そうマリアも思っているものかと思っていた。


 トーレスが(まゆ)をひそめると、ケイも不服そうな顔でサンドイッチを頬張(ほおば)る。ゴクン、と最後の一口を飲み込んで、ミュシャから聞いた話を続ける。

「マリアの店が忙しいらしい。それで、新しい人を(やと)うべきか、悩んでいたそうだ」

 旅と何の関係が、とトーレスは首をかしげる。

「それが、そんなことで悩むくらいなら、いっそ旅に出て心機一転(しんきいってん)してはどうか、とマリアに友人が提案したらしい」

「本気か?」

 まさか、とケイが返せば、トーレスは何を察したのか、顔を手で(おお)った。


「調香の旅、なんていうんじゃないだろうな」

 独り言のようにつぶやいたトーレスの言葉に、ケイの表情はげんなりとしてしまう。もちろん、それをトーレスが見逃すはずもなく、

「庶民の考えることは分からん」

 と心底(あき)れた顔をした。

 国を捨て、他国の騎士となった王子が何を言うか、とケイは思うが、そのトーレスでさえ、マリアの行動力は理解できないらしかった。


「なんの不満があるんだ」

 あまりの衝撃に、ついトーレスも王族だったころの横柄(おうへい)な口調に戻ってしまうが、もはやケイもそれを(とが)める気にはなれなかった。

「マリアは、香りについてだけは、そういうところがあるんだ」

 ケイの言葉に、トーレスもマリアとしばらく暮らしていた時のことを思い出したのか、遠い目をした。


 昼食を終え、トーレスは少しばかり平静を取り戻したのか、

「ケイ隊長」

 と口調を戻して、ケイを見つめる。

「なんだ」

「マリアに、伝えた方がいいんじゃないですか」

 トーレスは何を、とは言わない。だが、ケイにはその言葉の意味がはっきりと分かる。


 思いを伝えることの大切さを知っているトーレスの瞳は、真剣そのもので、ケイは思わず口をつぐんだ。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


今回は、ケイとトーレスの二人の会話、お楽しみいただけましたか?

新章、開花祭編、ということで、ケイがメインのお話が始まります!

旅に出るマリアとケイの関係性がどうなるのか……これからをお楽しみに。


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