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調香師は時を売る  作者: 安井優
ミュシャの独立編

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雪が包む思い

 ケイと約束を取り付けた次の日、王国には雪が降った。

 窓の外をちらちらと舞う雪をミュシャはぼんやりと眺め、目的の男、ケイが軒下(のきした)で雪を払っている姿を見つけると、店員に声をかける。

「今入ってきた人、僕の友人なので」

 思ってもみないセリフに、にこりと作り笑いを浮かべれば、店員も愛想の良い笑みを浮かべた。


「待たせたか」

 鼻の頭を赤くさせたケイが、腰を掛けるよりも先にミュシャへ言葉をかけた。ミュシャはホットミルクティーをずっとすすって首を横に振る。

「僕が早く来ただけだから」

 本当にたまたま、早く着いただけのことだ。他意(たい)はない。

「とりあえず、ケイさんも座れば?」

 ミュシャが視線でケイを(うなが)すと、ケイは何かを言いたそうにしながらも席へついた。


 ミュシャがメニューを差し出すと、ケイはそれを受け取って店員を呼ぶ。

「ホットコーヒーとチキンのホットサンドを」

「かしこまりました」

 マリアやミュシャと違って、ケイはあまり迷うことがないらしい。可愛らしい形のパンや、美味しそうなスペシャルドリンクには興味がないのか、フードも、ドリンクも、メニューの一番上に書かれているものだ。


 しばらくの間は無言だった。ケイもミュシャも、あまり喋る方ではない上、ケイに(いた)っては内容すら分からないのだから仕方がない。

 無言をやり過ごしているうちにケイの元へコーヒーとホットサンドが並べられるが、ケイは手をつけていいものか、とそれらを眺めた。

「食べないの?」

「いや、食べるが……」

 ミュシャに怪訝(けげん)そうな目を向けられ、ケイは「それじゃぁ……」とコーヒーに口をつけた。


 ミュシャが何かを決心したように、ケイの方へ顔を上げたのは、ケイがホットサンドをひと切れ食べ終えたころだった。

「あの……」

 歯切れの悪いミュシャの声に、ケイも二切れ目のホットサンドへ伸ばした手を止める。

「今日は、いきなりすみません」

 一応、礼儀を()いた行為だと思っているらしい。ミュシャは渋々といった様子で頭を下げた。


 ケイは小さく首を横に振る。

「いや、別にかまわないが……その、何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれた方が助かる」

 決して良いことではないと思っているケイは、いっそ一思いに殺してくれ、と言わんばかりである。

「それじゃぁ、単刀直入に言うけど」

 ミュシャは覚悟を決めたように、ケイへと力のこもったオリーブ色の瞳を向けた。


「マリアが、旅に出ようとしてる」

「は?」

 予想の斜め上をいくミュシャの言葉に、ケイはカッと目を見開いた。

「それは、その……言葉通りの意味か?」

「当たり前でしょ」

 ケイが(まゆ)をひそめれば、ミュシャも同じように(まゆ)をひそめた。


「どうしてそうなった?」

「いや、まぁ……僕のせい、というか」

「君の?」

「ミュシャでいい。君とかむず(がゆ)いし」

「ミュシャ、僕のせいとはどういう意味だ?」

 名前で呼ぶことを許可された、ということは少し距離が縮まったと考えても良いのか。ケイはそんなことを考えながらも、目の前で居心地の悪そうに外を眺めるミュシャに視線を向ける。


「マリアの店が、最近忙しいのは知ってますか?」

 ケイが首を縦に振ると、ミュシャは話を続ける。

「それで、マリア、新しい人を(やと)おうか考えていたみたいで。僕からすれば、マリアはちょっと抜けているところがあるし、そうしてくれる方が安心なんだけど……」

 ミュシャはそこまで言って言葉を切る。

(確かに、マリアは金勘定(かねかんじょう)も少し甘いところがあるからな……)

 ミュシャの気持ちはわかるような気がする、とケイは内心で一人うなずく。


「でも、すぐに良い人が見つかるとも思えないし。第一、人探しを(あせ)って、変な虫がつくのだけはゴメンだしね」

 ミュシャはちらりと視線をケイへと投げかける。ケイは思わず、う、と顔をしかめた。

「それに、悩んでるみたいだったから。それなら、いっそのこと新しい香り探しの旅にでも出てみたら、って言っちゃったんだ」

 ミュシャは苦虫をかみつぶしたような顔で呟いて、冷めてしまったミルクティーに口をつけた。


「それで、マリアがその気になった、と?」

「まぁ、そんなとこ」

 ケイは、ふむ、と(あご)に手を当てる。

「……だが、それならミュシャも一緒についていけばいいだろう。なぜ、俺にそんな話を」

 シャルルなら、きっとこれだけの情報で何かを察するのだろうが、ケイはまだそこまでではない。特に、人の機敏(きびん)を察することは決してうまくはないといえる。


「僕は、春に独立するんだ。新店舗ももう決まってるし、父さんのこともある。それに……そうじゃなくても、僕は、マリアとは一緒に行けない」

 ミュシャは言葉を飲み込んだ。ふいとケイから視線を背け、代わりに、ゆっくりと舞う雪の白を目で追った。

「僕はもう、マリアのことを守ってあげられないから」

 家族のような存在であり、親友であることは間違いない。だが、もうマリアを追いかけるようなことは、ミュシャには出来ないのだ。


 ケイも、ミュシャにつられるようにして、窓の外に降る雪を見つめる。時折、カフェの窓ガラスに張り付いた雪がじわりと熱で溶けていく様子が、(むな)しく、(さび)しい。

「その旅に、俺が代わりについていけと?」

「そうじゃない。ただ、騎士団の人に頼んでおけば、マリアの旅も少しは安全かなって。どっちかっていうと、ケイさんにはついていってほしくないし」

 ミュシャは、視線を外へ向けたまま悪態(あくたい)をつく。途中までは随分(ずいぶん)と可愛らしいお願いだな、と少し思っていただけに、ケイは苦笑した。


「なんだ、それは。当たり前だろう。国と国民を守るのが騎士団の役目だ」

 ミュシャはようやく、オリーブ色の瞳をケイへ向ける。

「本当は、ケイさんには、マリアを一番に守ってほしいんだよ」

 美しく揺れるグレーがかった髪が、窓の外の曇り空に溶けて、ミュシャの輪郭(りんかく)曖昧(あいまい)にした。


「多分、ケイさんじゃなきゃダメなんです」

 ぺこりと小さく頭を下げたミュシャは、

「ごちそうさま」

 そう呟いて、席を立つ。そして、不思議そうなケイの様子を見ると、ミュシャは大きくため息をついた。

「ほんと、最悪」


 外に降る雪が、音をいくらか吸収しているらしい。

 言葉の意味とは裏腹に、ミュシャのその声は、ケイにはなぜか、優しく、柔らかなものに聞こえた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

おかげさまで、44,000PVを達成しました~* 本当にほんとうに! 毎日ありがとうございます♪


さて、今回は、珍しい二人が取り付けた約束を無事に果たし……ようやく腹を割って話す(?)ことが出来ました。(……どうでしょうか?)

果たしてケイはどうするのか、これからをお楽しみに。


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