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調香師は時を売る  作者: 安井優
ガーデン・パレス編
19/232

ベジリーじいさん

「ここよ!」

 リンネはガーデン・パレスでもかなりはずれにある、古びた小屋の前で立ち止まった。外には白衣やよれたシャツなどが干されており、どうやらベジリーじいさん、と呼ばれている人物はここで生活しているようだ。風が吹けば木の軋む音がする。


「ここ?」

 マリアが不安そうに尋ねると、リンネは笑った。

「そうだよ。でも、すごい人なの。昔の動物たちを研究してるんだけど、ベジリーじいさんにかなう人はいないんだから」

 動物の研究をしている人がいるとは話に聞いたが、そんな分野まであるのか。マリアはただただ感心するばかりだ。


 マリアとリンネが話をしていると、小屋の扉がギィ、と音を立てて

「リンネ、ちっとは静かにせんか。お前が来ると中からでもわかるわい」

 とおじいさんが顔を出した。


 猫背で、分厚い眼鏡、それにひげをたくわえたおじいさん。

(この人が……)

 マリアが、あまりに想像通りのおじいさんに笑みをこぼすと、リンネがごほん、と一つ咳払いして、ベジリーじいさんの隣に立った。


「マリアちゃん、こちらがベジリーじいさんです」

「私はマリアです。よろしくお願いします」

 状況がわかっていないのは、ベジリーじいさんだ。ぽかん、と口をあけてかたまっている。


「リンネ……これはいったい何事じゃ」

 目をぱちぱちとさせて、ベジリーじいさんはリンネとマリアを交互に見比べている。

「見ての通りだよ。マリアちゃんを連れてきたの」

 リンネの言葉に、ベジリーじいさんはしばらくじっとマリアを見つめてから、カッと目を見開いた。


「マリアって……まさか、マリアか?」

「え、えぇ。私はマリアですけど……」


 驚いたのはマリアだ。突然ベジリーじいさんがこちらへ近づいてきたかと思うと、その手をぎゅっと握りしめ、まじまじとマリアの目をのぞき込んできたのだ。そして、分厚い眼鏡の奥に光るブルーグレーの瞳でマリアの頭の先からつま先までを値踏みするかのようにじっくりと眺めた。

「ちょっと! ベジリーじいさん何して……」


「リラの孫、マリアか!!」

 止めに入ろうとしたリンネを押しのけて、ベジリーじいさんはそう言った。


「……というわけだ。驚かせてすまなかったな、マリア」

 ベジリーじいさんの淹れたお茶を飲みながら、リンネとマリアはその昔ばなしを聞いていた。マリアはまさかこんなところで、祖母の話を聞くことが出来るとは思わず、思わぬ出会いに驚きを隠せなかった。


 ベジリーじいさんは、マリアの祖母、リラと学友だったという。分野はそれぞれ違うものの、二人は切磋琢磨(せっさたくま)しあった仲だった。ベジリーじいさんは、当時、リラのことを思っていた。しかし、その思いは伝えられないまま、卒業し、別々の道を歩んだ。もう二度と会うことはないだろう、そんな風に思って数十年が過ぎたころ。偶然、ベジリーじいさんは街で小さいマリアを連れたリラに出会った。聞けば孫だというから、もうそんな年になったのかと驚いたよ、とベジリーじいさんはどこかを懐かしむ顔でそういった。


「しばらくして、珍しい化石が出たときいてわしは発掘調査の旅に出た。その間にリラは亡くなり、ついにリラに会うことはなかった。一度だけ墓に、リラが好きだった花を持って行ったが、それきりだ」

「ライラックの花……」

 そう言えば、一度だけ、祖母の墓前にその花が飾られていたことがある。あれは、ベジリーじいさんだったのか、とマリアはベジリーじいさんを見つめた。


「すごい偶然……こんなことってあるんだね」

 話を聞いていたリンネも驚きを隠さずそう言った。

「いや、何、嬉しいもんだな。リラの孫とあれば、わしもなんだって聞いてやろう」

 ベジリーじいさんが胸をドン、と手で打つと、白衣から砂ぼこりがふわりと舞った。


「そうだった! ベジリーじいさん、コンロを持ってない?」

 リンネは、ベジリーじいさんの言葉に目的を思い出したのか、声をあげる。

「コンロ?」

「えぇ。実は、チェリーブロッサムの香りを作り出すために、少し実験をしたくて。ガスコンロを探しているんです」

 マリアが付け足すと、ベジリーじいさんは嬉しそうに目を細めた。

「ほぉ。マリアは調香師を継いだか。リラも腕の良い調香師だったと聞いておる。ガスコンロなら、その辺に……」

 ベジリーじいさんはゆっくりと腰を上げ、奥の部屋へと歩いて行った。ガチャガチャ、といろんな音がしたことには、マリアもリンネも目をつぶった。


「あったぞ。少し古いが、使えるじゃろう。先日チーズを(あぶ)るのに使っての。もちろん綺麗にしてあるが、臭いが気になるなら、一日風にさらして天日干しにでもしておけばええ」

 ベジリーじいさんはガスコンロを二人の前に置き、もう一度腰かけた。確かに少し年期は入っているが、まったく問題ないだろう。チーズの香りについては、火をかけてみないとわからないので、マリアはそのまま一度持って帰ることにした。


 コンロを抱えた二人は、ベジリーじいさんに扉を開けてもらい外へ出る。太陽が真上に上り、昼になろうかというところだった。


「ありがとう、ベジリーじいさん!」

「ありがとうございました。ベジリーさん」

 マリアがリンネにならってそう言うと、ベジリーじいさんは少し照れたように

「その……わしの名前は、フォッシル・シュトローマーという。リラはわしをシュトローマーと呼んでおった。マリアには、そう呼んでもらいたい」

 そう言った。


「ベジリーじいさんっていうのはね、私がつけたあだ名なの。ベジタリアンだから」

 リンネがクスクスと笑ってそう言うので、マリアは思わず口に手を当てる。


「まぁ。そうだったんですね。それは失礼しました、シュトローマーさん」

「いや、良い。リンネには後できつくお(きゅう)をそえておこう」

「なんだって! それは困る、もうここにはしばらく来ないよ」

 ベジリーじいさん、改め、シュトローマーがそういうと、リンネは驚いた顔をして背を向けた。そしてマリアの手を引いて再び走りだす。

「ふふ。シュトローマーさん、また来ますね」


 マリアが大きく手を振ると、シュトローマーも大きく手を振った。


いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。

少しでも気に入っていただけましたら、ブクマ・評価(下の☆をぽちっと押してください)・感想等々いただけますと大変励みになります。

これからもよろしくお願いします。


20/6/21 段落を修正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ベジリー(笑) 本名じゃないところに見事にツボをつかれました。 続き楽しみです。
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