マリアのお勉強
パーキンから大量の試供品が届いたのは、依頼を受けてから二日後のことだ。
「こんなにたくさん……」
大きな紙袋の中に詰められた大量の商品に、マリアは思わず声を上げる。香水瓶から、バスオイル、アロマキャンドルに、ルームフレグランス、茶葉……。
(しばらく、自分用の調香はしなくてすみそうだわ)
マリアがそんなことを考えてしまう程に。
紙袋の底に、書類の束を見つけて、マリアは
「やっぱり……」
と呟かずにはいられなかった。あのパーキンのことだ。一つ一つの商品についての説明はもちろんのこと、それらの香りをどう思ったか、商品としてどうか、という事細かなアンケートがついているに違いないのだ。想像はしていたが、いざそれが当たってしまうと、頭を抱えるほかない。
書類をパラパラとめくりながら、マリアはまずは見た目で気になったものをピックアップすることにした。選ぶ側の気持ちになって答えてほしい、とパーキンからは強く念押しされているのである。あまり深く考えては、パーキンが狙っているターゲット層から外れてしまう恐れもある。
「開花祭で気になる異性に贈り物として選ぶなら……」
マリアはうぅん、と机の上に並べられた商品を見つめた。
(ケイさんは香水よりも、茶葉とか、バスオイルとか)
香水が嫌いなわけではないだろうが、それよりも実用的なものの方が好きそうである。
「これは、少し可愛すぎるかしら」
マリアは、ピンクのパッケージに入ったバスオイルをよける。どうやら、ベリーの香りがするらしかった。自分で使うには好きな香りだが、ケイへの贈り物には向いていないような気がする。
「でも、茶葉をプレゼントするのも少し無難すぎるよね」
うぅん、とマリアは思わず首をひねる。せっかくの開花祭。一年に一度、愛を伝える日のプレゼントなのだから、何か特別なものがいい。
いつの間にか、仕事だということをすっかり忘れているマリアは、夢中になって商品を選んでいた。
「これなんかいいかも」
マリアが手に取ったのは、緑の箱に入った香である。コーンタイプのお香が三つ、綺麗に並んでいてちょっとした贈り物にはちょうど良さそうだった。
「香りも、ライムとレモングラスなら爽やかだし」
マリアは試しに一つ、お香を皿の上に置いてマッチで先端に火をつける。ぽっと赤く火が灯ったかと思えば、やがてゆっくりと白い煙が昇った。
すっきりとしたレモングラスの爽やかさと、ライムの少し苦いようなフレッシュさが相まって、心地の良い香りである。グリーン調の香りが、春の訪れを感じさせるようで、開花祭にもぴったりではないだろうか。
「えぇっと、この香りのアンケート用紙は……」
マリアはパラパラと紙をめくって、お目当てのページを見つけると、早速ペンを走らせた。
一度お香を焚くと、他の香りを試すのはしばらくお預けである。この調子では、いくら時間があっても足りないのでは、と思うが、そもそも男性に贈るには少し見た目が派手だと感じるものは、それまでである。香りという商品の性質上、使うまでは本当の魅力が分からないので、使ってもらうにはとにかく見た目が大切なのだ。
それもあって、パルフ・メリエでは、比較的シンプルな見た目にしているのだが、キングスコロンはその真逆。見た目に商品性を持たせているようだった。
いくつか、見た目が派手で却下してしまったものをアンケートに記入していきながら、パルフ・メリエで接客もこなす。
「今日は、なんだかフルーティーな香りね」
近くの村からやってきたお得意様に、マリアは曖昧に微笑んだ。まさか、自分の店の香りではないとはいう訳にもいかない。
「今日は、お香を焚いているんです。仕事の関係で」
マリアが濁せば、客も「あら、そう」とそれ以上は突っ込まなかった。
燃焼が終わったら、店の換気をして、また別のルームフレグランスを試して……とマリアは依頼をこなしていく。いくつか、ミュシャの雰囲気にも合いそうなものは、その香りをメモもとっていく。
「そういえば、おばあちゃんが亡くなってからは、他の人の香りをこんなにたくさん勉強することがなくなっちゃったのよね」
自分の考えや知識だけでは、どうしてもそのうちに限界が来る。願ってもみなかった貴重な経験だ、とマリアはキングスコロンの香りを次から次へと吸収した。
店を閉めた後も、マリアは、パーキンからの依頼……もとい、キングスコロンの香りの勉強を続けた。
浴槽には、シンプルな角形の瓶がおしゃれなバスオイルを滴下する。表に貼られた葉っぱのラベルが、ちょっとしたアクセントになっている。
「ユーカリかしら」
浴槽から漂う、清涼感のあるすっきりとした香り。どこかレモンを思わせるような、軽やかな芳香が鼻を通り抜ける。
これは、かなり人気が出るのではないだろうか。使いやすく、もう一度手にとって楽しみたい、と思わせる商品だ。
「女性も、この香りはきっと好きな方が多いはず」
男女問わず、手にとってさえもらえれば気に入ってもらえるだろう。
「でも、女性に手に取ってもらうには、少しシンプルすぎるかしら。男性になら、これくらいでもちょうどよいと思うけど……選ぶ、ってなると、もう少し目を引くような何かが……」
マリアは浴槽から、バスオイルの入った瓶を見つめる。
もし、あの葉っぱのラベルがもう少し目立つような細工になっていたらどうだろう。例えば、金のメッキが施されているとか、フタの部分が真鍮になっているとか。
「カントスさんなら、どうするかしら」
こういうことに詳しいのは間違いなくカントスである。あの美的センスの持ち主ならば、きっと、もっと素晴らしい瓶に仕立て上げるに違いない。
「そうだわ! パーキンさんに、カントスさんを紹介してみようかしら」
マリアは、良いことを思いついた、と言わんばかりに顔を上げた。
早速、カントスとパーキンにそれぞれ手紙を書く。もちろん、キングスコロンのアロマキャンドルがお供である。
「このアロマキャンドルは、見た目もきれいだけど、香りが女性っぽいかしら」
手紙を書きながらも、香りのチェックは忘れない。以前、収穫祭の時にパーキンと一緒に作ったジェルキャンドルで、見た目こそ春の訪れを感じさせるドライフラワー満載の美しい作りなのだが、フローラル調の豪華な香りで、男性向け、とは言い難い。
「女性には手にとってもらえそうだけど……」
男性がもう一度この商品を買うか、という点においてはなんとも肯定しがたい。
マリアが深く息をついたのは、ちょうど時計の針が十二時をさそうか、というころだった。二人への手紙と、パーキンからの宿題、ならぬ、アンケートの記入を終えて、ようやく今日の仕事は終了だ。
(今日は、一度も調香しなかったな)
マリアにとっては珍しいことである。だが、それでも気持ちは満たされていた。
今まで、自分だけでは考えもつかなかった新しい香りの組み合わせや、選ぶ側の視線に立つことで、色々と発見があったのだ。
「ミュシャへの香りも、これなら良いものが作れそう」
マリアはうんと背筋を伸ばして、一人、笑みを浮かべるのであった。
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今回は、初めて(?)マリアが他の人の香りからたくさんインプットするお勉強回でした。
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