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調香師は時を売る  作者: 安井優
クレプス・コーロ編

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181/232

さぁ、幕を開けよう!

 真っ暗な舞台の上に、ポツン、と明かりが一つ落ちた。

 (あざ)やかな赤の衣装。美しい黒髪は、今日は二つに結われており、グィファンの顔がさらによく見える。目元の赤いシャドウも、唇にひかれたルビー色のルージュも、グィファンの華やかさを引き立てている。

 まさに、薔薇姫の名にふさわしい。


「もう一度会えたなら、伝えたい言葉があるの」

 以前、グィファンに曲の歌いだしだけは教えてもらったのだ。歌詞の意味が分かると、その曲はより一層、切なく、そして美しいもののように思える。

「愛してる」

 グィファンの声がのびやかに、小屋いっぱいに響き渡る。胸を締め付けるような、透き通った歌声。その祈りが、グィファンが愛したという男性に届けばいい、とマリアは切に願う。


 グィファンがスポットライトに向かってしなやかに腕を伸ばす。衣装の(すそ)につけられたゴールドの装飾が、シャラシャラと揺れて光を反射した。薄いシルクの生地が透け、陶器のようなグィファンの肌に、赤い影を落とす。

 座長がギターの弦をはじくと、グィファンは体をくるりと回転させた。


 照明が舞台全体を照らし、華やかなダンサーたちの踊りとともにグィファンが舞う。楽器の音色が増え、どこからか歌が聞こえる。クレプス・コーロ、『薔薇姫』のオープニングが幕を開けると、観客席からはわぁっと歓声が上がった。

 ふわり、ふわりとグィファンが回るたび、マリアのもとにまで香りが広がってくるような気がした。


 生まれながらにして、その美貌(びぼう)で男たちを次々と(とりこ)にしていく薔薇姫。人形劇で愛らしい幼少期が描かれたかと思えば、言い寄ってくる男たちを振る女をパントマイムがコミカルに見せる。

「本当の愛はここにはないの」

「けれど、お父様のため、家のため。私は、(したが)わなければ!」

「いいえ、薔薇姫! 本当の愛はここにはないわ」

 薔薇姫を取り囲む女性たちの怪しげな舞が、薔薇姫を真実へと(いざな)う。


 薔薇姫は走り出す。現れる男。二人は舞台の中央ですれ違い、互いに歩みを止める。

 徐々に詰まる二人の距離感に、言葉などいらない。

 優しい笛の音と、カモミールとジャスミンの繊細で女性らしい香りがマッチすると、マリアはその世界に引き込まれてしまう。


 ゆったりとしたテンポで踊る二人。ステップも、ターンも、息を飲むほど美しい。

「愛してるわ」

 薔薇姫は笑う。豊かに、たおやかに、まるで花が開くように。

「あぁ、僕も、愛してる」


 瞬間、舞台が暗転する。

 キィンッ!

 激しい金属音が響き渡り、男性たちの激しいアクションシーンが始まる。その殺陣(たて)は息を吐く間もなく、次から次へと人が入れ替わり、立ち代わり、見ている観客を離さない。(まばた)きの一瞬でさえ惜しいような、そんな迫力である。

 普段、訓練をしているケイでさえも、その動きには圧倒された。


 やがて、男が舞台に倒れると、続いて女性たちの激しい舞いが始まった。

「どうして!」

 薔薇姫の悲痛な叫びがこだまする。燃え盛る炎のように、舞台の上を朱のカーテンが行き交うと、男を消し去り、薔薇姫だけが取り残されてしまった。

「……っ!」

 薔薇姫は立ち上がり、前を向く。悲しみと、憎しみのこもったギターの音色が静かに響いた。


 薔薇姫は再び走り出す。どこからか(ぞく)の恰好をした人々が現れ、薔薇姫の周囲を舞う。薔薇姫もそれに負けじと躍動的(やくどうてき)で、野性的な踊りを見せつける。

「私は自由よ!」

 薔薇姫の、この場面がマリアは好きだ。女性でも、一人で生きていける。そういったグィファンの(こころざし)が強く表れている。


 薔薇姫は一人歌いだす。舞台中央、スポットライトが、美しく薔薇姫の姿を照らす。そんな薔薇姫の頬を伝う一筋の(しずく)が、汗なのか、涙なのか、それは誰にも分からない。

 ハチミツのツンと鼻をつくような香りと、穏やかなサンダルウッドの落ち着いた香りが、マリアにはしっかりと届いている。

 薔薇姫の神聖さと美しさ、そして、心に(とも)る温かな光がよく表現されていると思う。


 薔薇姫の歌に誘われて、少しずつ舞台には人が増える。昔からの仲間も、いつかの敵も、最後は全員で声をそろえる。

「さぁ、幕を開けよう!」

 薔薇姫の声が一段と天高く響くと、天井からたくさんの紙吹雪が舞い散った。


「わぁっ!」

 マリアはその光景に歓声を上げる。ケイもまた、天井に(そな)え付けられた照明の明かりに反射する紙吹雪の(あざ)やかさに目を細めた。

 星や花をかたどったものも中にはあって、マリアは膝の上に落ちてきたそれらを大切そうに見つめた。

「素敵……!」

「あぁ、そうだな」

 ケイは、マリアの髪についた花びらの形をした紙を指で(すく)い取って、ふっと微笑む。

「綺麗だ」


 薔薇姫が歌い、踊り、舞台の上ではエンディングが始まる。薔薇姫は嬉しそうに笑っていて、軽やかなステップを踏んでいた。曲に合わせて観客席から手拍子が起こる。役者たちも、手をたたき合ったり、バク転をしてみせたりと、思い思いに楽しんでいるようだった。

 座長が最後のコードを鳴らすと同時に、観客席から割れんばかりの拍手が()き起こる。マリアとケイも、最後には満面の笑みで拍手を送った。


 舞台上で大きく手を振っているグィファンと目があえば、パチン、とウィンクを投げかけられる。マリアが笑みを浮かべると、グィファンもまた、黒曜石(こくようせき)の瞳を美しい三日月型に変えた。


「レディースアンドジェントルメン! 今宵(こよい)は、クレプス・コーロの『薔薇姫』にお越しくださり、誠にありがとうございました! この国では、星(まつ)りは、感謝を伝える大切な期間だと聞きました! 私たちからも、皆様に感謝させてください!」

 座長の挨拶と同時に、役者が舞台上で一列に並ぶ。

「本日は誠に、ありがとうございました!」

 気持ちの良い役者たちの声が一斉に響くと、再び拍手喝采(かっさい)。観客たちは歓声を上げ、舞台を去る役者たちを最後まで見送った。


 ゆっくりと小屋の中が明るくなり、マリアとケイは、これ以上ない満足感に包まれていた。うまく言葉には出来ないほどの熱量と感動が、じわじわと体中をめぐっている。なんとなく、席を離れてしまうのも寂しいほどに、二人の足はその場から動かない。

「そろそろ、いくか」

 人がほとんどいなくなった小屋の中で、ケイがようやく呟いて、ゆっくりと立ち上がる。マリアも曖昧に微笑んで、それに続いた。


 小屋を出ると、冷たい冬の風が二人の間を抜ける。このまま別れて家路につくのもなんだかもったいないくらいだが、もう夜も良い時間である。

「マリア、今年は色々と、世話になった。ありがとう」

 別れを切り出したのはケイで、マリアもそれに続いた。

「こちらこそ、本当にありがとうございます。それから、来年も……」

「あぁ、よろしく」

 微笑み合った二人の頭上にはキラリと星が輝いた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

40,000PV&8,300ユニーク、そして新たなブクマと、本当に嬉しい限りです。

皆様、いつも本当にありがとうございます!


マリア達と一緒に『薔薇姫』の公演、楽しんでいただけましたでしょうか?

次回は、マリア達の世界に新年が訪れます~* ぜひぜひお楽しみに♪


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― 新着の感想 ―
[一言] great! 締めくくる中で、ゆっくりと進展を見せてくれるマリア達が愛おしい...なんだか、久しぶりに演劇を見に行きたくなりましたぁ~✨
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