千秋楽
城下町は、見世物小屋に近づくにつれ、どんどんと賑わいを増していた。
いよいよ、クレプス・コーロの千秋楽。
周りの人々に漏れず、マリアもどこか浮足立ったようなふわふわとした気分で、見世物小屋へ向かっていた。
「マリア」
どれほどの喧騒であっても、マリアがその声を聞き逃すはずがない。
「ケイさん!」
いち早くマリアを見つけていたケイは、人混みをかき分けてマリアの前に姿を見せる。
ケイの私服姿は何度か見たことがあるが、見慣れるものではない。騎士団の制服姿もよく似合っているとは思うのだが、私服姿のケイは、彼自身の雰囲気も相まって紳士そのものだ、とマリアは思う。
ダブルボタンのコートはブラックで、中から除くダークグレーのスーツを引き立てている。首元にまかれた深緑のマフラーも、皮のような材質の手袋と揃いでおしゃれだった。
ケイもまた、マリアの私服姿を随分とみてきたつもりではあったが、少し着飾ったような華やかな雰囲気に胸が高鳴った。
どんな服でも見事に着こなしてしまうのは、ミュシャという専属のデザイナーがいるからだろうか。
首回りをすっぽりと覆うファー。そこに一つだけつけられたゴールドのリボンが風に揺れる。足元のドレープに気品があり、そこから覗くオレンジの裾が目を引いた。マリアがかぶっている帽子の色と同じで、それがまた華やかな印象である。
もうすっかり日が暮れた寒空を感じさせない二人のたたずまいに、周囲の人々が思わず目を止めてしまうのも無理はなかった。
「さ、寒いですね」
「あぁ」
もちろん、二人にそんな視線が届くはずもなく。マリアとケイは、互いに視線をさまよわせながら、見世物小屋の前にできた列へと並んだ。
夕食はお互いに済ませてきた。先日食事をしたばかりで、二人とも相手を食事に誘うのはためらわれたからである。なんとも残念な二人だが、こうして公演を二人で一緒に見る約束までした時点で、今回は及第点ともいえるだろう。
「楽しみですね」
待機列に並びながら、すでに目をキラキラと輝かせているマリアがケイを見る。
「あぁ。こういうのは、初めてだ」
「そうなんですか?」
「あまり、こういったことに興味がなくてな。嫌いではないんだが……男一人で見る、というのも気まずいというか……」
確かに、並んでいる人の割合を見れば、家族連れか、夫婦、カップル、友人同士がほとんどである。一人で待っている人もいるが、それもほとんどは女性客だ。
「ジャンヌさんなんかは、好きそうですけど」
「母親と二人で行っていたようだが、俺はもっぱら父親と出かける方が好きだったからな」
「そうですか。今回の公演も?」
「あぁ、東都の公演を旦那と母親と、三人で見に行ったそうだ」
ケイはどうやら父親に似たらしい。父は興味がないようだ、と付け足した。
マリアは、そういえば、と声を上げた。
「星祀りの間も、お仕事をされてるんですよね」
「あぁ、そうだが」
「実家には、お戻りになられないんですか?」
「今年は、陽祝いの期間中に帰るつもりだ。休暇は交代でとることになっていてな」
なるほど、とマリアが相槌を打つと、ケイは少し照れくさそうに呟いた。
「それに、公演を、一緒に見ると約束したからな」
周囲の喧騒にかき消されることなく、その声がマリアに届くと、マリアの頬はほんのりと色づいた。
「いらっしゃいませ~」
入り口が近づき、聞き覚えのある声にマリアとケイは視線を上げる。声の主は小さいながらもぴょこぴょこと忙しそうに歩き回っては、列に並んだ客からチケットを受け取っては頭を下げていた。
普段はだぼだぼのローブだが、今日ばかりは真っ赤なワンピースコートに身を包んでいる。こめかみのあたりを飾っているバラの花を模したコサージュが、体の動きに合わせて揺れた。
「いらっしゃいませ!」
「こんばんは、ヴァイオレットちゃん」
「今日は、迷子になってないな」
マリアとケイに話しかけられ、ヴァイオレットの淡いパープルがキラキラと輝く。
「お姉ちゃん! お兄ちゃん!」
久しぶりだね、とマリアが微笑むと、ヴァイオレットはマリアにぎゅっと抱き着いた。
「来てくれてありがとう!」
パッと満開に花が咲き誇るような笑顔は、見ている者も笑顔にする。今日のヴァイオレットは、占い師というよりは花の妖精だ。
「ふふ、どういたしまして」
マリアが優しくヴァイオレットの頭をなでると、ヴァイオレットは、えへへ、とはにかんだ。
ヴァイオレットはケイとマリアを見比べて、マリアのコートの裾を引っ張る。
「どうしたの?」
マリアがもう一度ヴァイオレットの視線に合わせて体をかがめると、ヴァイオレットはマリアに耳打ちした。
「お姉ちゃんの、運命の人?」
「へ?!」
ケイは二人のやり取りを不思議そうに見つめる。
「ヴァイオレットちゃんはねぇ、未来が見えるんだよ」
ヴァイオレットは美しいパープルをキラリと輝かせて、マリアとケイを見つめた。何事もなかったかのように二人のチケットに判を押すと、
「それじゃぁ、いっぱい楽しんでね!」
と二人を見送る。
頬を赤く染めたマリアに、何かあったのか、とケイが尋ねても、マリアはブンブンと首を振るだけだった。
チケットに書かれた座席に座り、マリアとケイは舞台を見つめた。ちょうど舞台のど真ん中である。
「特等席だな」
思わず漏れたケイの言葉に、マリアもこくこくと首を振った。
「すっごく近いですね」
なんだか、こちらが緊張してしまいそうな距離感である。
ここで、あの薔薇姫の歌声と踊りを見れるのだから、なんと贅沢な一年の締めくくりだろう。
しばらくすると、小屋の明かりがフッと消え、喧騒が静寂に変わる。
いよいよ、クレプス・コーロ最後の公演が始まろうとしていた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
なんと、8,200ユニークを達成しまして、毎日本当に多くの方にお手にとっていただけていることに感動しております……。
本当に日々、ありがとうございます。
さて、いよいよクレプス・コーロの千秋楽が幕を開けます。
ぜひぜひ、マリアとケイ、そして王国の人々と一緒にお楽しみください*
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