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調香師は時を売る  作者: 安井優
ガーデン・パレス編
18/232

材料集め

 翌日、リンネに案内されたのは研究施設の北東に位置する果樹園だった。

(まさか果樹園まであるなんて……)

 マリアは改めて、ガーデン・パレスの凄さに驚く。


 入口の左側にはたわわに実ったオレンジの木。その奥にはキウイのようなフルーツが見える。さらにはイチゴの香りがほのかにするので、どこかで栽培しているのだろう。マリアが周囲を見回していると、奥にいた研究員たちがこちらに気づいて手をあげた。


「リンネ、久しぶりだな」

「うん、久しぶり! 今日は、チェリーを見に来たんだ」

 リンネが果樹園を管理しているのであろう研究員たちにそう声をかけると、(こころよ)くチェリーの木まで案内してくれる。チェリーの木は奥に植えてあるらしく、そこまでの道のりでマリアは簡単に自己紹介をする。


「それにしても、リンネと変わらない女の子が、王妃様御用達(ごようたし)の調香師とはなぁ」

「チェリーブロッサムの香りってのは、どんなんなんだい」

 研究員たちも調香師という職業には興味があるのか、はたまた数少ない若い女性に興味があるのかは分からないが、気さくに声をかけてくれる。マリアがそれに答えていると

「このあたりがチェリーの木だよ」

 と、研究員が立ち止まった。


 やはり、花は白い。香りもほとんどなく、チェリーブロッサムのような豊潤(ほうじゅん)な香りは楽しめない。木や葉の香りもするものの、チェリーブロッサム特有の香りがあるわけではないようだ。中にはちらほらと実をつけ始めているものもあり、どちらかといえば記憶の中に存在するチェリーの甘酸っぱい香りがしてきそうなくらいだ。


「このチェリーの木から、花と葉、それから枝を少しいただくことはできますか?」

 マリアがそう尋ねると、研究員たちはうなずいた。

「もちろんさ。根っこから抜いてくれたってかまわないよ」

「マリアちゃん、おじさんジョークは気にしなくっていいよ」

 リンネのツッコミに研究員たちは笑う。マリアもつられてクスクスと微笑んだ。


「それじゃあ、少しだけいただいていきます。皆さん、ありがとうございます」

「いいってことよ。また遊びにきてよ」

「そうそう。チェリーブロッサムの香り、出来たら俺たちにも少し分けてくれよ」

 和気あいあいとそんな会話をしながら、マリアとリンネは少しずつ花や葉を摘み取っていく。摘み取った花を、マリアは自らの鼻に近づけるが、やはり香りはほとんどしなかった。ほのかに甘い香りがするような気もするが、チェリーブロッサムの香りに近いか、と言われると分からない。どうしてあんなに香りがたつのだろう。


「マリアちゃん、この後どうするの?」

 摘み取った花や葉をいれたカゴを抱えたリンネは不思議そうにマリアを見つめる。

「ここから香りを取り出すんだけど……お鍋とか、ビンとか、氷もほしいな。もらえるようなところってある?」

 マリアの問いに、リンネはさらに首をかしげる。


「食堂に行けばあると思うけど、そんなのでいいの?」

「ありがとう、リンネちゃん。それじゃあ、食堂に行ってみましょ」

 不思議そうな顔をしたままのリンネにかまわず、マリアは研究員たちにもう一度お礼を言って、食堂へと向かった。


「これでいいのか?」

 昼食の準備をしていたシェフは、二人の若い女性から頼まれた品をそろえて不思議そうな顔をした。鍋、ボウル、瓶、氷。てっきりお菓子でも作るのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「はい、十分です。ありがとうございます」

「これ、何に使うんだい」

「香りを作りだすのに、必要なんです。あ、もちろん、きちんと洗ってお返ししますので」

「香り?」

「そうだよ! この子、調香師なの!」

 シェフの質問に答えたのは、リンネだ。なぜか自慢げにマリアを紹介している。当の本人は少し照れたようにはにかんだ。


「調香師ってのは、あれかい。香水やらアロマキャンドルやらを作ってるっていう」

「そうそう! 今ならお安くしておきますよぉ、旦那」

「ちょっと、リンネちゃん」

「はは、じゃあもしうまくいったら、その作った香りをぜひお願いするよ」

 もう、とマリアが頬をふくらませると、シェフとリンネは楽しそうに笑う。この調子では、チェリーブロッサムの香りが出来上がるころには、ガーデン・パレス中の人に渡して回ることになりそうだった。王妃様のため、と思っていたが、どうやらもっとたくさん作った方がよさそうだ。


「これで全部そろったの?」

 リンネの問いに、マリアは首を振る。

「後は、ガスコンロみたいなものがあるといいんだけど……」

「ガスコンロ? 食堂には、備え付けのコンロしかないからなぁ……」

 マリアの言葉にシェフは、うぅん……と何かを考えているようだった。リンネは、さすがにそんなのを持っている人はわからない、と首を横に振る。アルコールランプやキャンドルであれば持っている人もいるのだろうが、さすがに鍋をそれで温めるには時間がかかる。


 どうしようか、とマリアがしばらく考えていると、シェフが

「あ! そうだ! あのじいさんなら持ってるかもしれないな」

 と声をあげた。どうやら、つまみを作りたい、と時々シェフに余った材料をもらいにくる研究員がいるらしい。


「この間、チーズを(あぶ)って食べるって言ってたから、何か持ってるかもしれないよ。名前は分からないけど、猫背で分厚い眼鏡に、ひげをたっぷりたくわえたじいさんだよ」

 シェフのあげた特徴に反応したのはリンネだ。


「あぁ! わかった! ありがとう! 私たち、今からそこに行ってくるよ!」

 シェフへの礼も簡単に、リンネは思い当たる節があるのか、道具を抱えたマリアの手をつかんで走り出した。


「リンネちゃん、どこに行くの?」

 ガチャガチャと道具のぶつかる音をさせて、研究所内を走る二人の若い女性。当然ながら、すれ違う研究員たちからは好奇の目を向けられる。リンネはお構いなしにマリアの手を引いて、息を上げる様子もなく走っている。

「ベジリーじいさんのところ!」


(ベジリーじいさん……?)

 マリアは瓶や鍋を落とさぬようにしっかりと腕に抱えなおして、リンネの後を追った。


いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。

ブックマーク、評価、Twitterへの反応などなど、大変嬉しい限りです。

まだまだガーデン・パレス編は続きますので、最後までマリアと一緒に楽しんでいただけましたら幸いです。


20/6/21 段落を修正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さて。 マリアとリンネのふたりは妙なる香りを探し出す(もっと言えば、そういう香りを作る)、具体的な作業に入ったもようです。 さりげなく、これまでとは違うペース配分になってきたな、と感じて…
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