星祀り
星祀りの期間に入り、マリアは店の扉に休業のお知らせを貼りだして、扉を閉めた。店の大掃除はもちろんのこと、屋上、裏庭、森の植物の手入れもばっちりである。
「今年も一年、ありがとうございました」
マリアは深々とパルフ・メリエに向かって頭を下げる。
星祀りの期間は、一年お世話になった人に感謝をするのが習わしだ。パルフ・メリエは当然、人ではないが、マリアの祖母、リラがそうしていたように、マリアもまた店にも礼を言った。
今年は特に、いろんなことがあった。マリアは一年を振り返りながら、馬車に揺られて実家へと向かう。街の広場までの道のりも、今日はどこか静まり返っている。皆、それぞれの場所で休日を楽しんでいるのかもしれなかった。
いつもなら様々な露店が立ちならぶ街の広場も、星祀りの期間はガランとしている。一年のうちでもこの時期にしか見られない貴重な様子である。
マリアは街の広場で馬車を降りると、大きな看板に目をとめた。殺風景ともとれる広場にでかでかと置かれているせいか、余計に目立っている。
「素敵……」
クレプス・コーロの公演に向けた宣伝用の看板である。薔薇姫、と銘打たれており、光の中を舞うグィファンのイラストが描かれていた。
そういえば、今日から公演か、とマリアは看板に書かれた日付を見つめて思う。初日は夜の公演のみで、今はちょうどその見世物小屋を建てているところだろう。明日は、東都、明後日は北の町と続いている。
アイラやリンネは、結局自分たちの分しか買えなかった、と連絡をくれたが、マリアとしては安心の一言である。
とにかく、すぐに売り切れてしまう、という前評判だったが、マリアの知っている限りでは多くの人にチケットがいきわたったようだった。
「最終日は、また城下町に戻ってくるのね」
マリアはふむふむ、と看板を確認して一人うなずく。最終公演は、夜の六時から。飲食の持ち込みも出来るようだが、ケイはどうするのだろうか。
「お手紙を書こうかしら」
先日もらった手紙の裏に、ケイの家の住所は記されていたはず。どうせ、星祀りの期間中はお客様へのお礼の手紙を出すことになるのだ。ちょうどよい。
そこまで考えて、そうだわ、とマリアは実家ではなく、城下町の方へ視線を向ける。
「便箋を多めに買って帰らなくちゃ」
郵便局は確か午前中までやっていたはず、と広場の時計に目をやれば、針はすでに十一時を指している。
「急がなくちゃ」
マリアは少し早足で、郵便局へと向かうのだった。
結局、マリアが実家へ戻ったのは午後二時を過ぎたころだった。
郵便局は、手紙を送る人や受け取る人、マリアのように便箋を買い求める人で混雑していたし、家へ帰るまでの道のりで、空腹に負けてカフェへと寄ってしまったからだ。
午後には帰る、と連絡していたせいか、マリアの帰宅を今か今かと待ちわびていた両親が、マリアの帰宅とともに飛びつく。
「おかえりなさい」
ぎゅう、と母親にだきしめられ、マリアも苦笑しながらその背中に手を回した。
「おかえり」
「ただいま、ミュシャ」
ミュシャだけは相変わらずクールだ。ずいぶんと久しぶりの再会であるが、それよりも新規店舗の準備が忙しいのか、ミシンの前に座って動かない。
もちろん、その顔は穏やかな笑みをたたえていて、マリアとの再会を喜んでいることは、疑いようもない事実であったが。
「これ、お土産」
マリアは、店で売り残った香水や茶葉をカバンから取り出して両親に手渡す。もちろん、売れ残った、とは言っても、全てマリアが丹精込めて作った力作だ。
「あら、いつもありがとう」
「よし、今日はこのお茶でティータイムだな」
両親はニコニコと嬉しそうに顔を見合わせて、マリアの頬に軽いキスを落とした。
「ミュシャには、これを」
マリアがミュシャの隣でそっと、香水を一つ差し出せば、ミュシャはミシンを止めてマリアを見つめた。
「なんの香り?」
「スパイス系のものよ。新作なの」
「へぇ、珍しいね。嬉しい」
ミュシャは香水へ慈しむような視線を落として、ふっと微笑んだ。
「忙しいの?」
「うん、少し。とにかく新しい店に並べる服を作らなくちゃいけないから」
今の店に卸すためのものを作りながら、並行して新作の服を作っていかなければならないのだ。単純に考えれば、その仕事量は倍になる。
「無理はしちゃだめだよ」
マリアが眉を下げると、ミュシャは笑う。
「マリアほどじゃないよ」
そう言われてしまうとマリアとしても苦笑するしかない。
ミュシャと話をするのも随分と久しぶりだ。マリアはカウンターに置かれた椅子をミュシャの隣に並べて腰かける。
「ふふ、こうして話すのもなんだか久しぶり」
「そうだね。僕も最近は中々時間が取れないし……」
「お店の方は順調なの?」
「うん。おかげさまで。二月には、お店も出来そうだし、そうしたら本格的に、向こうへ行って、家具や商品を並べたりしなきゃいけないかな」
いよいよ、ミュシャも独立が近づいてきているのである。どこか楽しそうなミュシャに、マリアも穏やかな笑みを浮かべた。
「三月になったら、招待するよ。お店の香り、作ってくれる?」
「もちろん! ミュシャのためなら、いくらでも作るわ」
「ありがとう。楽しみ」
マリアが胸を張れば、ミュシャもほほ笑んだ。
「きっと、いい店になるよ」
「ミュシャが言うなら、間違いなしね」
ティータイムの準備が整ったのか、店の奥から二人を呼ぶ声がする。マリアが立ち上がると、ミュシャがマリアを呼び止めた。
「今年一年も、マリアには本当にお世話になったよ。ありがとう」
ミュシャはオリーブ色の瞳を柔らかに細めて、丁寧にお辞儀した。
「そんな……私こそ……」
ミュシャとも、色々あったな、とマリアは思い出を大切にしまって笑う。
「本当に、ありがとう」
普段は中々改まって言えないような感謝の気持ちを伝えられる、星祀り。
マリアとミュシャはお互いに微笑み合うと、紅茶の香りが優しく漂うリビングへと向かった。
マリアとミュシャがそろって両親に感謝の気持ちを伝えれば、二人は涙ぐんでいた。
「さ、せっかくの紅茶が冷めちゃうわ」
照れ隠しのようにマリアの母親がはにかむ。
「そうだな。うん、いただこう!」
マリアの父親も目をゴシゴシとこすって、にっこりとほほ笑んだ。
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本当に皆様、いつもありがとうございます!
今回は、一足早くマリア達に冬休みが訪れました。
冷えるこの時期に、ほっこりと皆様の心を温められていたら幸いです。
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