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調香師は時を売る  作者: 安井優
クレプス・コーロ編

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178/232

誤解をといて

 マリアは、街の広場の一角でソワソワと落ち着かない様子だった。ケイがくれた赤いワンピースの上に、コートを羽織り、帽子をかぶってたたずむその姿は、いつもよりマリアを大人びて見せる。

 はぁ、と手元に息を吐きかけ、暗くなった空を見上げた。


 ケイから手紙が届いたのだ。たった一文、

『木曜日の夜、六時に広場で』

 それだけだ。

 ケイらしい、といえばケイらしいその手紙に、マリアは嬉しいような、悲しいような、そんな複雑な気持ちが入り混じっていた。

(この間のこと、よね……)

 ケイに会えることはもちろん嬉しい。だが、先日の失礼な態度にケイが怒っているのでは、と考えると胸が苦しかった。考えても仕方のないことばかりがぐるぐると頭を()(めぐ)る。


「すまない。待たせたか」

 マリアの視界がさらに暗くなり、落ち着いた声が聞こえる。

「あ、いえ!」

 考え事をしていたマリアが(あわ)てて顔を上げると、そこにはどこか気まずそうな表情でケイが立っていた。

「その……しょ、食事でも、と思って」

 ケイは足元に視線を彷徨(さまよ)わせた。


 レストランまでの道のりを沈黙が支配する。マリアは、少し前を歩くケイの背中を見つめる。

(怒ってる、わけじゃなさそうだけど……)

 この一年近くで、なんとなくではあるが、ケイの人柄については分かってきたつもりだ。もちろん、いまだにマリアにも分からないことはたくさんあるのだが、怒っているのか、喜んでいるのか、それくらいの判別はつく。

 今日のケイは少し、緊張している。そんな気がした。


 案内されたレストランは、家族連れや夫婦でにぎわっていた。シャルルと食事をした落ち着いたレストランも良いが、マリアはこれくらいの方が落ち着く、と自然と安堵(あんど)する。

 ケイと向かい合わせで座ると、そこでようやくケイと視線がぶつかった。

「「あの」」

 声が重なり、二人は思わず目を見張る。


「すまない、先に」

「ケイさんが、先に!」

 お互いに(ゆず)り合うところも同じで、二人はついふっと笑みをこぼす。

「ふ……悪い」

「いえ、こちらこそ」

 ようやく二人の間に流れていた緊張がほどけ、ケイとマリアは笑いあった。


「先日は、すみませんでした」

 結局マリアが先に口を開くと、ケイも、いや、と視線を落とした。

「俺も、悪かった。その……役場でのことも」

 ケイは眉間(みけん)にしわを寄せ、それから少ししてマリアを見つめる。マリアの表情を観察するようなその視線は、まるで子供が親の機嫌を(うかが)うかのような可愛らしいものだ。

「まさか、薔薇姫だとは、知らなくて……。その、どこかで見た顔だと思ったんだ。それで、つい、職業病というか……」

「へ?」

 マリアはケイからの意外な言葉に、すっとんきょうな声を上げた。


 騎士団というのは、悪い人を捕まえるだけでなく、行方不明者を捜索(そうさく)したり、人を護衛(ごえい)したりする仕事もある、とケイは言った。

「それじゃぁ、グィファンさんを見ていたのは」

「あぁ。その、ポスターなんかで無意識に目に入ってきていたからだろうな。見覚えがある、と観察してしまった」

 頭の中にある大量の人相(にんそう)の記憶。そこに少しでもひっかかれば、悪者ではないか、行方不明者ではないか、と考えてしまうのだという。なんとも変な癖だが、そういう小さな違和感を見逃さないことが、騎士団の人間には必要なのだ。


「グィファンさんが、悪者だなんて……」

 マリアは想定外の言葉に、ポカンと口を開ける。あんなに美しい女性を、悪党(あくとう)扱いするケイに驚くと同時に、どこかほっとしている自分に気づいて、マリアは苦笑した。

「その件は……本人にも謝った。だが、マリアにも誤解を招いてしまって……すまなかった」

 ケイは深く頭を下げる。

 出会ったときから、本当に律儀な人。マリアはそう思う。


 マリアも、誤解をしてしまったことを()びた。本当は、ケイが他の女性を想っている、ということが(つら)くて、冷たく当たってしまったことも謝罪すべきなのだが、まさか本人に伝えられるわけもない。

「とにかく、誤解がとけて良かった……」

 ケイは心底ほっとしたように微笑んだ。今までに見た中で、最も幼い笑みに、マリアの胸はキュンとしてしまう。


「もしかして、今日はそれで?」

 マリアの言葉に、ケイは、いや、と首を振る。

「それもあるんだが。実は、薔薇姫からチケットを預かってな。マリアに渡してくれ、と頼まれた」

 ケイはチケットを差し出して、マリアの方へ向ける。


 調香師としてグィファンの香りを作ったマリアは、確かに、グィファンから特別な席を用意すると聞いていた。もちろん、報酬もきっちりもらっているので、はじめこそ断ったのだが、グィファンが(ゆず)らなかった。こうなると、押しに弱いマリアが勝てるはずもなく、渋々、受け取ることにしたのだ。

「ありがとうございます」

 マリアがケイからチケットを受け取ると、ケイはまだ何かを言いたそうにマリアを見つめた。


「その……。実は、俺も、もらったんだ」

 ケイはそういうと、もう一枚、チケットを取り出す。そして、ひとしきり視線を彷徨(さまよ)わせた後、覚悟を決めたように息を吐いた。

「もしよかったら、一緒に行かないか」

 ケイの瞳には強い意志が宿っていて、マリアは目をそらせなかった。

「もちろんです!」

 マリアの口からするりとこぼれた言葉が、ケイの顔をみるみるうちに赤く染めていく。マリアもつられて頬を染めた。


 ケイとマリアは互いに顔を伏せて、最後のデザートが出てくるのを待つ。

(夢、じゃないよな?)

 ケイは自らの心臓がバクバクと全身に血液を(めぐ)らせているのを感じながら、机の下で自らの手の甲をつねった。

 痛い。夢じゃない。

 なんともバカげた話であるが、とにかく、今のケイにはこれくらいのことしかできなかった。

 当然、マリアも同じようなことを考えているわけで。机の下で、自らの手を握ってその感触を確かめながら、これが現実であることを自分に言い聞かせる。


「本日のデザート、チーズムースとベリータルトです」

 二人の間に置かれた二枚の皿。飾られた美しいそれらがまるで宝石のように輝いて見えた。

「お、美味しそうですね!」

「あ、あぁ」

 二人は、出会ったときとは別の緊張感に包まれた。

 結局、その後、別れの挨拶まで、二人が言葉を交わすことは出来なかったという。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


ようやく! マリアとケイのすれ違いに決着がつきました! (お待たせしました!)

無事に誤解を解くことができたうえ、ケイはマリアを公演に誘うことも出来ました。

気になる二人のデートの行方は、ぜひぜひ続きをお楽しみに……♪


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