誤解をといて
マリアは、街の広場の一角でソワソワと落ち着かない様子だった。ケイがくれた赤いワンピースの上に、コートを羽織り、帽子をかぶってたたずむその姿は、いつもよりマリアを大人びて見せる。
はぁ、と手元に息を吐きかけ、暗くなった空を見上げた。
ケイから手紙が届いたのだ。たった一文、
『木曜日の夜、六時に広場で』
それだけだ。
ケイらしい、といえばケイらしいその手紙に、マリアは嬉しいような、悲しいような、そんな複雑な気持ちが入り混じっていた。
(この間のこと、よね……)
ケイに会えることはもちろん嬉しい。だが、先日の失礼な態度にケイが怒っているのでは、と考えると胸が苦しかった。考えても仕方のないことばかりがぐるぐると頭を駆け巡る。
「すまない。待たせたか」
マリアの視界がさらに暗くなり、落ち着いた声が聞こえる。
「あ、いえ!」
考え事をしていたマリアが慌てて顔を上げると、そこにはどこか気まずそうな表情でケイが立っていた。
「その……しょ、食事でも、と思って」
ケイは足元に視線を彷徨わせた。
レストランまでの道のりを沈黙が支配する。マリアは、少し前を歩くケイの背中を見つめる。
(怒ってる、わけじゃなさそうだけど……)
この一年近くで、なんとなくではあるが、ケイの人柄については分かってきたつもりだ。もちろん、いまだにマリアにも分からないことはたくさんあるのだが、怒っているのか、喜んでいるのか、それくらいの判別はつく。
今日のケイは少し、緊張している。そんな気がした。
案内されたレストランは、家族連れや夫婦でにぎわっていた。シャルルと食事をした落ち着いたレストランも良いが、マリアはこれくらいの方が落ち着く、と自然と安堵する。
ケイと向かい合わせで座ると、そこでようやくケイと視線がぶつかった。
「「あの」」
声が重なり、二人は思わず目を見張る。
「すまない、先に」
「ケイさんが、先に!」
お互いに譲り合うところも同じで、二人はついふっと笑みをこぼす。
「ふ……悪い」
「いえ、こちらこそ」
ようやく二人の間に流れていた緊張がほどけ、ケイとマリアは笑いあった。
「先日は、すみませんでした」
結局マリアが先に口を開くと、ケイも、いや、と視線を落とした。
「俺も、悪かった。その……役場でのことも」
ケイは眉間にしわを寄せ、それから少ししてマリアを見つめる。マリアの表情を観察するようなその視線は、まるで子供が親の機嫌を伺うかのような可愛らしいものだ。
「まさか、薔薇姫だとは、知らなくて……。その、どこかで見た顔だと思ったんだ。それで、つい、職業病というか……」
「へ?」
マリアはケイからの意外な言葉に、すっとんきょうな声を上げた。
騎士団というのは、悪い人を捕まえるだけでなく、行方不明者を捜索したり、人を護衛したりする仕事もある、とケイは言った。
「それじゃぁ、グィファンさんを見ていたのは」
「あぁ。その、ポスターなんかで無意識に目に入ってきていたからだろうな。見覚えがある、と観察してしまった」
頭の中にある大量の人相の記憶。そこに少しでもひっかかれば、悪者ではないか、行方不明者ではないか、と考えてしまうのだという。なんとも変な癖だが、そういう小さな違和感を見逃さないことが、騎士団の人間には必要なのだ。
「グィファンさんが、悪者だなんて……」
マリアは想定外の言葉に、ポカンと口を開ける。あんなに美しい女性を、悪党扱いするケイに驚くと同時に、どこかほっとしている自分に気づいて、マリアは苦笑した。
「その件は……本人にも謝った。だが、マリアにも誤解を招いてしまって……すまなかった」
ケイは深く頭を下げる。
出会ったときから、本当に律儀な人。マリアはそう思う。
マリアも、誤解をしてしまったことを詫びた。本当は、ケイが他の女性を想っている、ということが辛くて、冷たく当たってしまったことも謝罪すべきなのだが、まさか本人に伝えられるわけもない。
「とにかく、誤解がとけて良かった……」
ケイは心底ほっとしたように微笑んだ。今までに見た中で、最も幼い笑みに、マリアの胸はキュンとしてしまう。
「もしかして、今日はそれで?」
マリアの言葉に、ケイは、いや、と首を振る。
「それもあるんだが。実は、薔薇姫からチケットを預かってな。マリアに渡してくれ、と頼まれた」
ケイはチケットを差し出して、マリアの方へ向ける。
調香師としてグィファンの香りを作ったマリアは、確かに、グィファンから特別な席を用意すると聞いていた。もちろん、報酬もきっちりもらっているので、はじめこそ断ったのだが、グィファンが譲らなかった。こうなると、押しに弱いマリアが勝てるはずもなく、渋々、受け取ることにしたのだ。
「ありがとうございます」
マリアがケイからチケットを受け取ると、ケイはまだ何かを言いたそうにマリアを見つめた。
「その……。実は、俺も、もらったんだ」
ケイはそういうと、もう一枚、チケットを取り出す。そして、ひとしきり視線を彷徨わせた後、覚悟を決めたように息を吐いた。
「もしよかったら、一緒に行かないか」
ケイの瞳には強い意志が宿っていて、マリアは目をそらせなかった。
「もちろんです!」
マリアの口からするりとこぼれた言葉が、ケイの顔をみるみるうちに赤く染めていく。マリアもつられて頬を染めた。
ケイとマリアは互いに顔を伏せて、最後のデザートが出てくるのを待つ。
(夢、じゃないよな?)
ケイは自らの心臓がバクバクと全身に血液を巡らせているのを感じながら、机の下で自らの手の甲をつねった。
痛い。夢じゃない。
なんともバカげた話であるが、とにかく、今のケイにはこれくらいのことしかできなかった。
当然、マリアも同じようなことを考えているわけで。机の下で、自らの手を握ってその感触を確かめながら、これが現実であることを自分に言い聞かせる。
「本日のデザート、チーズムースとベリータルトです」
二人の間に置かれた二枚の皿。飾られた美しいそれらがまるで宝石のように輝いて見えた。
「お、美味しそうですね!」
「あ、あぁ」
二人は、出会ったときとは別の緊張感に包まれた。
結局、その後、別れの挨拶まで、二人が言葉を交わすことは出来なかったという。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
ようやく! マリアとケイのすれ違いに決着がつきました! (お待たせしました!)
無事に誤解を解くことができたうえ、ケイはマリアを公演に誘うことも出来ました。
気になる二人のデートの行方は、ぜひぜひ続きをお楽しみに……♪
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