チケット
すみません、と頭をさげた男の顔を見て、トーレスが「あ!」と声を上げる。男もまた、トーレスの姿に目を見張った。
「もしかして、トーレス第三王子!?」
「ばっ……! 声がでかい!」
トーレスが西の国の第三王子であることは、一部の人間以外には秘密なのだ。余計な混乱を避けるためにも、トーレスが自身の命を守るためにも、それは必要なことだった。
すみません、とその男は再び頭を下げて、声のトーンを下げる。
「ど、どうしてこちらに……」
「血族破棄をして、西の国を捨てたんだ。今はこの国の騎士団に所属している。お前こそ、ここで何を?」
「ヴァイオレットちゃんのお父さん!」
ヴァイオレットはその男――クレプス・コーロの座長の手を握り、にっこりと笑った。
とにかく、立ち話もなんだから、とトーレスとケイは座長に案内されて役場の大会議室へと足を踏み入れた。
「あれ、座長? チケットは?」
チケットを販売しているはずの座長が戻ってきたのだから、練習していた団員達が練習を止めてしまうのも無理はない。グィファンも歌を止める。
「ほかの団員に任せた」
座長の返答に、肩をすくめたグィファンは、視線を移して声を上げる。
「あなた、この間の!」
「グィファン、知り合いかい?」
「役場の前でナンパされたのよ」
「違う! 誤解だ!」
ケイが慌てて口を挟めば、グィファンはふっと口角を上げた。
「冗談よ。この間は、悪かったわね」
真っ赤なルージュが美しく弧を描いた。
「ね、座長。アタシ、この人借りてもいい?」
「あぁ、かまわんが……」
「いや、俺は!」
「ケイ隊長、このことはみんなに黙っておきますから」
ずるずるとグィファンに引きずられていくケイを、トーレスはヒラヒラと手を振って見送る。ヴァイオレットも、トーレスの隣で手を振る。おそらく意味は分かっていないのだろうが。
グィファンは、役場の裏庭のベンチに腰かけた。座れば、と促されたが、ケイは首を横に振る。
「ごめんなさいね。この間は、あんなこと」
「いや……。その、俺もすまなかった。見たことのある顔だとは思ったんだが、思い出せなかったんだ」
「あら、アタシのことは知らなかったってことね」
グィファンは、アタシもまだまだね、と笑う。
「とにかく、ナンパじゃない。悪かった」
「ふふ、わかってるわ。そういう視線だったもの」
あれはあれで、最悪だけど。グィファンはにっこりと毒を放って、ケイを見る。
(そもそも、この人にナンパなんて、器用な芸当は無理ね)
ケイを値踏みするような視線には、ケイも思わず
「確かに、最悪だな」
と呟いた。
グィファンはごそごそとポケットから紙を取り出した。
「これ、お詫び」
ケイに押し付けられたそれは、クレプス・コーロの公演チケット。それも、千秋楽と呼ばれる最終日の公演のものだ。
「二枚?」
ケイが首をかしげると、グィファンは美しく微笑む。
「可愛い調香師さんの分よ。もともと彼女に渡すつもりだったの。誰か、大切な人と来てねって。代わりに渡してくれるかしら?」
ケイがポカン、とグィファンを見つめると、彼女はひらりと体を翻した。
渡されたチケットの裏には、関係者席、と判が押されている。
「これ、いいのか?」
「いいの。家族だったり、友人だったりに配るものよ。アタシには必要ないから」
グィファンの笑みは儚く、黒曜石の瞳はチラリと揺れる。ケイは、かける言葉が見つからず、ただ「感謝する」と頭を下げた。
ケイとグィファンが会議室へ戻ると、床にコインを投げているトーレスの姿があった。
「何してるんだ?」
「ヴァイオレットが、占い師なんだそうですよ」
トーレスはピン、とコインを再び投げる。くるくると回転したコインは、太陽のマークを上向きにして止まった。
「ヴァイオレットちゃんはねぇ、未来が見えるの」
ヴァイオレットはメモ帳に何かを書き記しながら、ケイに愛くるしい笑みを向けた。
「ヴァイオレットの占いは、当たるわよ。あなたも占ってもらえば?」
「いや、俺はいい。トーレスは何を占ってもらったんだ?」
「運命の人」
結婚できないのにか、とケイが視線を投げかければ、
「ヴァイオレットが、俺が運命の人だって言い張るもんだから。絶対に違うって言っただけだ」
と、トーレスはげんなりしたようにつぶやいた。
「で? 結果はどうだったの?」
グィファンがヴァイオレットのメモをのぞき込む。ヴァイオレットは
「占い失敗! 今日は、調子が悪いの!」
と声を上げた。どうやら、良い結果が得られなかったらしい。
「ほらな。俺はもう、王子様なんかじゃねぇよ」
トーレスが優しくヴァイオレットのおでこをピンと指ではじく。ヴァイオレットはブンブンと首を横に振って
「違うもん! ヴァイオレットちゃんの王子様だもん!」
とトーレスを見つめた。
ヴァイオレットには申し訳ないが、良い結果が得られなかった、ということは、ヴァイオレットの占いは本当に当たるのかもしれないな、とケイは思う。現に、トーレスは今後一切結婚が出来ないのだから。
「さ、そろそろ帰るか」
トーレスが軽くパンパン、と膝をはたいて立ち上がる。
「王子様ぁ! ぜったい、公演、見に来てね!」
ヴァイオレットの懇願に、トーレスはひらりと一枚の紙を見せる。どうやら、座長から直々にチケットをいただいたらしい。
「あぁ、またな」
無駄に整った顔のトーレスが優しくヴァイオレットの頭をなでれば、ボン、と音が聞こえてきそうなくらい、ヴァイオレットの顔が赤く染まった。
ケイも、グィファンからもらったチケットを大切に握りしめた。
星祀りまで、あと一週間。一年の終わりを花々しく飾るクレプス・コーロの公演。その幕開けがすぐそこまで迫っていた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
8,000ユニークの達成と、新たなブクマもいただきまして感謝が尽きません。
本当にほんとうに、ありがとうございます!
今回は、迷子のヴァイオレットを助けたトーレスのお手柄もあって二人はチケットを入手できました!
グィファンとケイも無事に仲直り(?)することが出来たようです。
クレプス・コーロの公演ももうすぐ。ケイとマリアはどうなるのか、お楽しみに♪
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