すれ違い
ケイは目の前で頬を染めるマリアを見つめる。
「熱があるんじゃないのか?」
「いえ! そんなことは……」
ケイが伸ばした手をマリアは思わずよけてしまう。そのせいか、二人の間にはぎくしゃくとした雰囲気が漂った。
ケイは何も言わなかったが、所在をなくした手はゆっくりと下ろされた。そのままふっと視線が床へ落ちる。
「その、もしかして、この間の役場のこと……」
ケイは小さく呟いて言葉を切る。マリアもハッと顔を上げた。
グィファンとのことだろう。グィファンは、ああいっていたが、実際にケイの気持ちがどうかは分からない。あれほど美しい女性を前にしたのだ。ありえない話ではない。
マリアの胸は再び痛む。
「気にしてませんから。あんなに素敵な女性が目の前にいたら、私でも、ドキドキしちゃいます!」
マリアは自らの口をついて、言葉が勝手に出てきたことに驚いた。作り笑いしか浮かべられないことにも。
「いや、そういうのじゃ!」
ケイが必死に否定すればするほど、それ以上は聞きたくない、と思ってしまう。
「とにかく! 本当に、お気になさらないでください。あ、えっと、連絡先とかは勝手には教えられないので、お役に立てなくてすみません」
全く心にも思っていないような言葉が、ポロポロとこぼれ出る。マリアは慌てて袋に品物を詰め込んで、それをケイの方へと差し出した。
「これで、全部です。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
マリアは、ケイの顔を見ないように深く頭を下げた。まるで追い出すように。
「あ、あぁ……」
ケイも、そんなマリアは初めてで、どうすればよいのか分からない。ただ一言、あの女性をナンパしたつもりなど毛頭なく、どこかで見たような気がしてつい観察してしまった、と誤解を解きたかっただけなのに。
「それじゃぁ」
ケイもまた、マリアの顔を見ることはなく、パルフ・メリエを去った。
ケイは、馬を走らせながら、マリアのことを考える。
(もしかして、軽蔑されてしまっただろうか……。マリアの友人を、マリアの目の前でナンパするような男だと思われて)
ケイは、思わず顔をしかめる。
険しい顔で馬に乗っているケイを見た人々は、何か事件でもあったのか、と出来るだけ早くケイを通してやるために道を開けた。
ある意味、ケイにとっては大事件である。人々の想像するようなものではないが。
騎士団本拠地へついたケイの姿を見つけたのは、トーレスで、
「うわ」
とその整った顔をゆがめた。
「ケイ隊長、人でも殺してきたんですか」
「なぜだ」
「いや、顔……」
トーレスに言われて、ケイはハッと我に返る。
(仕事中だというのに、何を考えていたんだ俺は……)
ケイの思いなど知る由もないトーレスだが、ケイの持っていた紙袋に、ははん、と口角を上げた。
「ディアーナ王女へのお買い物で、何かありましたね」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるトーレスに、ケイはぐっと言葉を詰まらせる。こういう性格の悪さは、血族破棄をしたとはいえ、西の国の王族の血が色濃く出ていると思う。
「な、何もない! それよりトーレス、仕事はいいのか?」
「昨日から徹夜で経費処理してたんですよ? 今日はもう上がります」
「そ、そうか……」
星祀りと陽祝いの時期、騎士団の中でも庶務担当の部隊は休みになるが、その分今のうちに色々と終わらせねばならないことがあるらしい。トーレスも、その餌食になったようだ。
「で? 何があったんですか?」
「べ、別に!」
「へぇ、それじゃ、俺、今からマリアのところに行ってこようかな」
トーレスはヘーゼルアイをキラキラとさせる。いたずらっ子極まれり。ケイがじとりとした視線を投げかけると、
「星祀りの期間は、お世話になった人に感謝を伝えるものだ、とシャルル団長に教わりましたので」
と、トーレスは嫌味たっぷりに答えた。
「まだ、星祀りの期間じゃない」
「ケイ隊長には関係ありません」
二人の終わらない会話に終止符を打ったのは、シャルルだった。
「ケイ。何があったか知らないが、トーレスを解放してやってくれ」
二人は思わずピシリと姿勢を正す。シャルルはそんな二人にふっと笑みを浮かべて、赤のマントを翻した。
「王城ですか?」
「うん。ディアーナ王女へのお届け物も代わりにしてくるよ」
シャルルはひらりとケイの手から紙袋を奪い取ると、馬にまたがって手を上げる。
「それじゃ、ケイも今日は上がっていいよ。国境門の警備、お疲れ様」
シャルルの一声に、トーレスが面白そうに笑い、ケイは思わず顔を手で覆った。
「だ、そうですよ。ケイ隊長。可愛い後輩が待っててあげるんで、一緒に飯でも行きません?」
ニヤニヤとしたトーレスの頭を軽くはたいて、ケイは深いため息を吐いた。
結局、トーレスをマリアのところへ行かせるほうが面倒なことになる、と判断したケイは、行きつけの店でトーレスと食事をとっていた。晩ご飯、というにはあまりにも早い時間帯ではあるが、昨晩から働いている二人には関係ない。
「おう、今日はガールフレンドじゃないのか」
ケイの前に、ドン、と大きなステーキを置いた店主がにかっと笑う。悪い人ではないのだが、今日だけはタイミングが悪すぎた。
「ガールフレンド?!」
すかさずトーレスが声を上げるのも無理はなく、ケイはトーレスをにらみつけた。
「で、マリアに誤解されてるって?!」
トーレスがケイの話を聞いて、ゲラゲラと声を上げる。最近はよく笑うようになったが、それがケイの神経を余計に逆撫でしていることに、トーレス本人は気づいていない。
「そりゃ、隊長が悪いですよ。いくら見たことあるような女性でも、観察って」
どこまで仕事バカなんだ、とトーレスは笑みをこぼす。
「いや、本当に、思い出せそうで思い出せなかったんだよ……」
ケイが渋々といった表情で返事をすれば、トーレスは耐えきれない、とクツクツと肩を震わせた。
「どんな女性だったんですか?」
皿の上にのっていた山盛りの肉を綺麗に平らげて、トーレスはケイへ視線を投げかける。口元を拭う動作が様になるのは、さすが元王族。
「どんなって……黒髪で、このあたりじゃ見かけない顔だ。異国の……」
「え」
トーレスが目を丸くして、ケイを見つめる。
「何だ、トーレスも知ってるのか」
「いや、知ってるも何も……今の時期にそんな特徴の女性、一人しか思い当たらないですが」
「そうなのか?! 誰だ?!」
「誰って……」
トーレスが指をさした先。店内に張られた『薔薇姫』の広告に、ケイは目を見張った。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
38,000PV&7,900ユニーク達成、そして新たな感想まで……本当に感謝が尽きません。
皆様、いつもありがとうございます!!
今まで驚くほど偶然出会うことの多かったマリアとケイが、ついにすれ違ってしまいました……!
久しぶりにトーレスも登場しましたが、これから二人がどうなっていくのか……ぜひ、お楽しみに♪
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