お悩み相談室
ヴァイオレットの言葉を皮切りに、グィファンがさらに興味深そうに話にのっかった。町役場の会議室前で、突如として、お悩み相談室が開催される。事情を知らない人がみたら、不思議な光景に見えたことだろう。
だが、本人たちはいたって真面目だ。
「それで、あなたは今、何に悩んでるのかしら」
グィファンはずい、とマリアの方に美しい顔を近づけ、逃がさない、というかのようにマリアを壁際に追いこむ。
「えっと、その……」
むろん、自らの恋バナなどしたことのないマリアは、しどろもどろだ。恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤に染まっていく。
「お姉ちゃん、顔真っ赤!」
ヴァイオレットがそんなマリアを笑うと、グィファンが漆黒の瞳をヴァイオレットに投げかける。
「こういうのを、可愛らしいっていうのよ」
「お姉ちゃん、可愛らしい?」
「えぇ。とってもね」
グィファンはにっこりと目を細めて、マリアを見つめた。この国一番の調香師と聞いていたからどんな女性かと思ってはいたが、まさかこんなに純真無垢な愛らしさを持っているとは。
「そりゃぁ、恋の悩みの一つや二つくらいあるわね」
グィファンがポロリとこぼした言葉に、ヴァイオレットも大きくうなずく。
「さ、このグィファンに話してみなさいな」
グィファンはちょいちょいと肘でマリアをつつく。マリアは言葉にならない声を発したのち、大きく深呼吸した。その割に、続く声は消え入りそうなくらい小さなものだったが。
「実は……ある男性から、告白を受けまして……」
恥ずかしさのあまり消えてしまいたい。マリアは思わず顔を両手で覆う。
「やだ! ちょっと! ヴァイオレット聞いた?!」
「ふふん。ヴァイオレットちゃんは、未来が分かるの!」
ヴァイオレットの占いは、まさしくマリアの状況をピタリと言い当てていたのだ。だからこそ、マリアも驚きを隠せなかったのだが。
「告白されてどうして悩むのよ?」
いいことじゃない、とグィファンは言うが、色恋沙汰に疎いマリアからすれば、悩みどころはいくらでもある。
「その……お返事を、どうしようかと……」
グィファンに促され、マリアがポツポツと心のうちを話せば、グィファンとヴァイオレットは黄色い悲鳴を上げた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんの運命の人は別にいるの! でも、その人のことが好きなら、当たって砕けろ! なの!」
「砕けないわよ! でも、そうね。もしも、あなたが好きだと思っているなら、すぐにでもオッケーすればいいじゃない」
「いえ! 好きとか、そういうのではなくて……」
シャルルへの感情を別の言葉に置き換えることが出来ないのだ。ただの、店主と客というには親しくなりすぎたし、かといってミュシャのように家族とは思えない。友人、というのも違う気がする。
「好きじゃないけど、大事ってこと?」
ヴァイオレットが不思議そうに首をかしげる。子供にはまだこの気持ちは難しい。
「そうだね。大切な人だし、とっても頼りになる方で、これからも仲良くはしていきたいの。でも、それは恋とか、そういうんじゃないような……」
「ま、本当に好きなら、悩まなくったって答えは出るものね」
マリアのすっきりとしない言葉にも、グィファンはあっけらかんと相槌を打った。
「でも、そういう状況なら、急いで返事をするのも良くないかも。ヴァイオレットの占いもね、耐え忍べば春が来る、みたいな意味なのよ」
グィファンはコインを器用にくるくると指で回した。
耐え忍べば、春が来る。
マリアはその言葉の意味をゆっくりと咀嚼する。グィファンとヴァイオレットは、運命の人はまだ先だと言った。だからこそ、今、シャルルとの返事にも悩んでしまうのだと。そして、そうして悩みぬいた先……マリアが結論を出した後に『春』が訪れる。
マリアが黙って考えていると、グィファンがポツリと呟いた。
「愛にはいろんな形があるわ。それは、家族や友人、知人、なんて関係性の名前だけじゃない。憎悪だって一種の愛だし、悲しみも、尊敬も、憧れも……。もちろん、言葉にできないような、強い感情も。全部、愛なのよ」
グィファンはどこか遠くを見つめていた。
その言葉が、マリアの心にストンと落ちて、マリアもつられて遠くを見つめる。今までの出来事が走馬灯のようにマリアの頭を駆け抜けていく。
いろんな形の愛。マリアが受け取ってきた、もしくは誰かに与えてきたたくさんの名前のないものたち。
「ヴァイオレットちゃんも、好きなものいっぱいあるよ! クレプス・コーロも好きだしぃ、お父さんとお母さんも好きだしぃ、グィファンも! お姉ちゃんも好き!」
ヴァイオレットが指を折って、『好き』を数えながらにっこりと笑う。
「そう、ですよね」
マリアがポツリと呟くと、グィファンも柔らかな笑みを浮かべる。
「きっともう、あなたの中に答えはあるわ。うまく、言葉になっていないだけで」
しばらくふわふわと取り留めのない話をしていると、
「グィファンは、いつまで休憩してるつもりかな?」
と会議室の扉が大きく開け放たれた。扉の前にいた三人はビクリと思わず体を揺らす。
「……っと! すみません! こんなところに人がいるなんて思わなかった」
扉を開けた男が、見慣れないマリアの姿を見止めると、慌てて頭を下げる。
「座長!」
「お父さん!」
グィファンは慌てて立ち上がる。ヴァイオレットもキラキラと瞳を輝かせた。
「もしかして、入団希望者?」
つられて立ち上がり、軽くスカートをはたいたマリアを、座長は嬉しそうに見つめる。ヴァイオレットと同じ、キラキラとした瞳がマリアの良心に突き刺さる。
「違うわよ。今回の舞台で私がつける香りを、この子が作ってくれるの」
「パルフ・メリエのマリアと申します。よろしくお願いします」
「あ、そうなの。よろしく」
クレプス・コーロの座長はふにゃりと人好きのする笑顔を浮かべて、マリアと握手を交わした。
「さ、練習しよう。マリアさんも、良かったらヴァイオレットと一緒に見学していって」
座長は再び会議室の中へと足を向ける。開けられた扉の奥には、クレプス・コーロのメンバーたちが思い思いにくつろいでおり、華やかな衣装や大きな道具なども転がっていた。
「ふふ。楽しんでね」
グィファンはひらりと手を振って、座長の後へとついていく。マリアはヴァイオレットと一緒に邪魔にならないところで見学だ。
「じゃぁ、頭から」
座長がパン、と手を打ち鳴らすと、会議室の中のゆるやかな空気が一瞬にして引きしまる。座長はゆっくりとギターを持ち上げると、グィファンを見つめ、その弦に指をすべらせた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
今回は、マリアの恋のお悩み相談室が開催されるという……なんだか不思議なお話になりました。(笑)
のんびりとした、けれどちょっとドキドキする女子会の感じを楽しんでもらえておりましたら幸いです♪
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