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調香師は時を売る  作者: 安井優
思い出の香り編

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恋の迷宮

 翌日の早朝、玄関先でマリアを見送る三人は、それぞれの面持ちでマリアを見つめていた。シャルルは相変わらずの爽やかな笑みを浮かべていたが、その奥には少し寂し気な表情が(ひそ)んでいる。ソティはといえば、せっかくの美しい顔が泣きはらした真っ赤な目で台無しである。アーサーは……二日酔い真っただ中で、今にも()いてしまうのではないかと思うほど真っ青な顔をしていた。


「お世話になりました」

 マリアが丁寧にお辞儀(じぎ)をすると、ソティが再びわんわんと声を上げて泣く。

「マリアちゃん! また、いつでも遊びに来てちょうだいね!! 今度遊びにくるときは、私のことをお母さんって呼んでもいいからぁ……」

「母さん……ちょっと、静かにしてくれないか」

「兄さんは、寝てても良かったのに」

「いや。マリアさんには世話になったから……。元気でな……うっぷ……」

「アーサーさんも、お大事に」

 マリアが苦笑すると、シャルルも肩をすくめた。


 マリアは玄関先で大きく手を振って、まだ日の(のぼ)り始めたばかりの空を見上げる。秋空は()み切っていて高い。

 せっかくなら、とマリアはすっかり歩きなれてしまった路面電車の最寄り駅までの道のりをゆっくりと歩く。いつでも来ていいとは言われたが、しばらくは気まずさゆえにシャルルに会うこともはばかられそうである。

(返事は、いつでもいいから)

 シャルルはそういったが、それではマリアの気も落ち着かない。


 まだ開店時間には早く、店はどこも閉まっている。開店していれば、まだ店頭の品々に思いを()せることも出来ただろうが、残念ながら現実はそうもいかない。マリアは昨晩のシャルルとの会話を頭の中でつい反芻(はんすう)してしまう。

 申し分ない相手、どころか、マリアにとってはこちらが申し訳なくなってしまうほどの相手だ。どうしても、もっといい相手が星の数ほどいるのに、と思ってしまう。


 マリアが出会ったときには、シャルルはまだ団長ではなかった。確か、第一部隊の隊長だったはずだ。祖母が亡くなったばかりの時に、王妃様からの依頼をマリアに頼みにきたのが始めだったように思う。団長の代わりに来たという青年は、町で(うわさ)の、今をときめく騎士様。そのころから、シャルルは次期団長候補としても名高く、女性たちから人気があった。そういった話に(うと)いマリアでも、名前くらいは聞いたことがある。とにかく、そんな人物だった。


 その後、前任の団長は還暦(かんれき)を迎え、噂通りシャルルが団長の座についた。団長になってからも、今までと変わることなく、誰にでも気さくに、穏やかに、分け(へだ)てなく接するシャルルは、まさしくヒーローのような存在である。

 だからこそ、マリアにとっては、はるかかなた、遠くの存在であり、恋愛など意識しようもなかった。


 そんなことを考えているうちに、駅が見えてくる。美しい、教会のような、大聖堂のようなその駅舎を、マリアは見上げる。漆喰(しっくい)の白い壁がまぶしい。何度も足を運んだというのに、いまだに見惚(みほ)れてしまう美しさ。

「……あ」

 ぼんやりと駅舎を眺めていたマリアの視界に、一枚のプレートが目についた。脇に置かれた花壇に隠れていたが、どうやら建設記念碑のようだ。


 マリアはプレートに書かれた文字を読み、そして声を上げる。

「シャルルさんの、お父様が建てられたものだったの?!」

 シャルルと初めてこの駅舎を見たときのことを思い出す。シャルルがどこか切なげにサンキャッチャーを見上げていたのはそのせいか。マリアに言わなかったのも、シャルルの人柄ならうなずけた。

 そして、この駅舎がどうしてこれほど美しいものなのかも。


 最後の最後に思わぬことに気づいてしまったマリアは、結局、パルフ・メリエにつくまでシャルルとのことを考え続けた。まるで、恋する乙女のように。

 パルフ・メリエに戻って、マリアは大きくため息を吐く。考えても、答えが出ないのだ。シャルルと、これからどう接するべきか。まだ、まともに恋愛などしたことのないマリアには、いきなり大きすぎる問題である。


 いや、正確にはミュシャの告白を受けているので、恋愛というものにマリアが直面するのは二回目のことだ。二回目と考えても、いささか大きすぎる問題だが。

「シャルルさんのことは尊敬しているけど……」

 マリアは思わず独り言をこぼす。


 マリアだって年ごろの女性である。シャルルのような見目(うるわ)しい男性から好意を寄せられて、嬉しくないわけがない。昨日までのように、シャルルの家族と一緒に過ごしていけると思えば、それも悪くないと思う。

 だが、どうにもマリアには想像できない。シャルルの横に、自分が妻として並んで立つ姿はもちろんのこと、家庭を築くなどということは。

 しかし、うまく言い表せない感情が同居していることも事実だった。ふわふわと、浮足立つような、夢を見ているような心地。


 ミュシャの時は、明確に「恋」に代わる「家族のような愛情」という気持ちがあった。長く一緒に過ごしたせいかもしれない。ミュシャのことは「家族」という形で、気持ちを置き換えることが出来た。

 だが、シャルルは? マリアにとっては、お客様であり、生活を守ってくれる騎士であり、時折見せる仕草は兄のようでもある。だが、異性としてシャルルを考えれば、思わずドキリとしてしまうのも事実だ。


 終わることのない堂々巡り。考えれば考えるほど、マリアの心は出口のない迷宮をさまよう。

「恋って……なんなのかしら……」

 マリアは深いため息を吐き出して、閑古鳥(かんこどり)の鳴く店内を見回す。

「恋のことを教えてくれる人は、どこかにいないのかしら」

 本来であれば、教わるものでもないのだが、マリアはそれほどまでに困り果てていた。かといって、こんなことを誰かに相談するわけにもいかない。ましてや相手は騎士団長だ。何を言われるか分からない。


 はぁ、と何度目か分からないため息をつくと、カランと扉につけたベルが鳴った。

「こんにちは」

 聞きなれない、(うるわ)しい声。

「いらっしゃいませ!」

 マリアは慌てて顔を上げる。どんよりとしていてはいけない。お客様には最高の笑顔を。マリアはぐるぐると(うず)巻いていたシャルルへの思いや恋愛についての思考を頭の(すみ)へ追いやって、深く頭を下げる。

「パルフ・メリエにようこそ。お客様」


「アタシに一番似合う香りを作ってほしいの」

 マリアが顔を上げると、そこには美しい黒髪の女性が立っていた。少しなまったような、片言の発音が、女性が外の国から来た人だということを決定づけている。

「あなたなら、作れるって聞いたから」

 にっこりとほほ笑む女性から、ふわりと甘い花の香りがした。マリアにはなじみのない香りだ。


 腰まであろうかという黒髪は、つやつやと輝かしく、陶磁器(とうじき)のような白い肌に真っ赤な口紅とアイラインが女性の妖艶(ようえん)さを引き立てていた。

「あなたが望むものを、いくらでもあげるわ。だから、お願い」

 女性はそっとマリアの手を取り、黒曜石(こくようせき)のような瞳にマリアを映す。


 同性であるにも関わらず、女性のあまりにも美しい顔が近づき、マリアの顔はじんわりと赤く染まるのであった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

7,000ユニークを達成しまして、いつもお読みくださっている皆様には本当に感謝が尽きません。

いつも本当にありがとうございます。


今回で「大切な思い出」編もおしまいです。楽しんでいただけましたでしょうか?

新キャラも登場して、次回からは新章がスタートします。ぜひぜひお楽しみに♪


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