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調香師は時を売る  作者: 安井優
ガーデン・パレス編

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16/232

マリアとリンネ



 研究所の北側に作られた宿舎も、当然といえば当然であるが、広かった。宿舎の管理人から鍵と地図をもらったが、リンネがいなければマリアは迷っていただろう。途中で何人もの男性とすれ違ったところから見ると、男女の住む場所は完全に分かれているわけではなさそうだ。


「一応、フロアは分かれてるから安心して」

 マリアの心をまるで読んだかのように、リンネはクスクスと微笑む。そんなに顔に出ていたのだろうか。マリアはうなずいて、階段を上がるリンネの後ろをついていった。


 途中にちょっとした休憩スペースや図書室、会議室のような空間も見受けられた。しばらくすると、リンネは美しい木目調の扉の前で立ち止まった。大理石のプレートにはマリアが先ほど受け取った鍵と同じ番号が彫られている。


「ここがマリアちゃんのお部屋だよ!」

 そこはまるで良い宿屋のようだった。一人部屋なので部屋は一室しかないが、家具は一式そろえられており、トイレやバスルームも分かれている。さすがは王家直轄(ちょっかつ)の研究施設だ。


「すごい……」

 マリアは荷物を置いて、窓を開ける。窓の外には先ほど抜けてきた庭園が広がっており、マリアは目を輝かせた。そんなマリアの姿に、リンネもニコニコと笑みが絶えない。女性の研究者も最近は増えてはきたものの、まだまだ男所帯。そんなところに自分と同じ年頃の女性が現れたのだから、リンネとしても嬉しいことこの上ない。


「私は隣の部屋なの」

 リンネがそういうと、マリアはほっとしたように微笑んだ。まだまだリンネのペースについていけそうにはないが、年の近いリンネが隣であれば、何かあっても話しやすい。

「そうなんですね、よろしくお願いします。リンネさん」

「ノンノン、かたい挨拶はよして。リンネでいいよ! 年齢もそんなに変わらないみたいだし、私、かたっくるしいのは苦手なの」

 リンネは、チッチッチ、と指を顔の前で横に振って笑った。

「ふふ、わかった。それじゃあ、リンネちゃんって呼ぶね」

「うん、よろしく。マリアちゃん」

 マリアが微笑むと、リンネも満足げに微笑んだ。


 マリアも、調香師として森で暮らすようになってからは学生時代の友達と会う機会もめっきり減ってしまったので、久しぶりに友達が出来たような感覚に胸の高鳴りを感じた。


 一息ついたところで、リンネが話を切りだした。

「ねぇ、もしよかったらマリアちゃんがどうしてガーデン・パレスに来たのか教えてよ! 研究者としてガーデン・パレスで働くってわけじゃないんでしょう? そういう人って珍しいから!」


 マリアは、どう話そうか、と迷ったが、王妃様からの調香の依頼については特に秘密にしておくような内容ではない。マリアは考えて、トランクの鍵を開けた。

(荷物を片付け始めようと思っていたし……ちょうど良いかしら)


「実は、新しい香りを作るためにここへ来たの」

 マリアが箱を取り出すと、リンネはしげしげとそれを眺める。

「中に何か入っているの?」

「うん。極東の国から仕入れた珍しいもの……らしいんだけど。香りを逃がすといけないと思って、まだ一度も開けてないから、中身が何かはよく知らないの」

「へぇ……こんな素敵なプレゼント、私なら我慢できなくて開けちゃうよ」

「ふふ、私もこれがお仕事じゃなかったらすぐに開けちゃうと思う」


 リンネは、ブルーのリボンにも、シーリングワックスの紋章にも全く興味がないようで、中身が何なのかを考え始めた。

「極東の国の珍しいもの……。香りがついているの?」

「そうみたい」

「ふぅん……。この時期なら、アプリコットに、プラム、オウレン……。レンシェンとか、シャクヤクには少し早いか……」


 リンネは何かを考えるようにぶつぶつとつぶやく。

 マリアも植物には詳しいつもりでいるが、わかったのはアプリコットとプラムくらいだった。

「すごい、ずいぶん詳しいのね」

 マリアがそう言うと、リンネは目をキラキラと輝かせて笑う。

「私、最近カンポウの研究にハマってて!」

「カンポウ?」

「東方の国の薬をそういうらしいよ。もともと薬草を研究してたんだけど、他の国の伝統医学に興味がわいて、色々調べたらちょっとね。東洋医学って面白いの。ほら、私たちって普段ハーブとかを使うじゃない? カンポウは、いろんな植物の皮とか根っことかを使ったりするらしいよ。っていっても、材料があんまり手に入らないから、研究自体はなかなか進まないんだけど」

「へぇ……。皮や根っこを……」

 リンネが早口に言うのを、マリアは興味津々に聞いていた。


 植物の香りを取り出す際には、花や葉が重視される。もちろん果実であれば皮も使うことはあるが、根っこまで使用するとは驚きだ。使い方が違えば、使うものや部位は違う、ということは分かっているつもりだが、いざ具体的にそういった話を聞くと面白い。


「ねぇ、マリア。私にも見せてくれない? 極東の植物なら、何かわかるかも」

 興味と好奇心がほとんどだろうが、リンネの言うことには一理ある。少なくともマリアより、植物について詳しいのはリンネのようだった。マリアはうなずいて、箱に手をかける。


「それじゃぁ、開けるわね」

 マリアはそっとブルーのリボンをほどく。期待感と少しの緊張が、マリアの指を震えさせた。隣でその様子を見ているリンネも落ち着かない様子でそわそわしている。マリアはゆっくりと箱を開けた。


「……瓶?」

「中に入っているのは……何かしら。濃いピンク色の……花びらをすりつぶしているようにも見えるわ」

 箱の中には透明な小瓶が入っており、その中には小さなピンク色の塊がいくつか入っていた。その塊は湿気を帯びているのか、瓶を軽く振っても互いに隣り合った塊にくっついて転がるだけだ。


 マリアとリンネは顔を見合わせる。マリアはゆっくりと瓶のフタに手をかけた。キュ、とフタのこすれる音が二人の沈黙の間に響く。マリアはフタを開いた。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

ガーデン・パレス編もいよいよ本格的に始動です。私自身も書きながら、ドキドキしておりました。

ぜひみなさまに、少しでもマリアとリンネのドキドキが伝わりますよう……。


20/6/21 段落を修正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優ちゃん先生、 おはようございます! 現在1月5日正午くらいです。 ちょうどいま、『調香士・マリアとリンネ』を拝読しました。 リンネは最初に感じた「トリック・スター」ぶりは、いまはまだ…
[一言] 箱の中身が気になる~。ドキドキです。 続きが楽しみ!
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