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調香師は時を売る  作者: 安井優
思い出の香り編

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憧れの人

 近づいてみると、穀物(こくもつ)用倉庫は想像していたよりも背の高い作りだった。マリアもシャルルも、その倉庫を見上げる。

 二階建ての家と同じくらいの高さはあるだろうか。こうして改めて見ると、どうやって作ったのかマリアには想像もできなかった。


「あ」

 マリアは、倉庫の窓につけられた柔らかな木彫(きぼ)りの装飾に目を止めた。

「あれ、シャルルさんのお家の手すりによく似てますね」

「本当だ」

 シャルルも、マリアがさした指の先を追いかけ、植物を()したような美しいデザインを見つける。

「なんだか、不思議な気分だ」

 シャルルはふっと口角を上げた。


 窓にはめこまれた木製のフレームは、年月が経って()ち始めてはいるものの、元の美しい流線形をとどめたままだ。ツタのようにも見えるが、よく見ると小麦を()み込んだようなデザインになっていることがうかがえた。こういった細部から感じられるちょっとした遊び心が、父を知るシャルルを懐かしい気持ちにさせる。

「父さんは、明るい人でね。子供みたいなところがあって、陽気で、いつも笑ってたんだ」

 ポツリと呟くシャルルへ、マリアは視線を向けた。


 美しいブルーは、どこか遠くを見つめていた。

「でも、仕事のことになると絶対に妥協(だきょう)も、諦めもしなかった。真面目で、努力家で、ひたむきだったよ。僕の、憧れだ」

 シャルルはゆっくりとその瞳をマリアへ向け、そして、美しく微笑んだ。いつもの、騎士団長としての爽やかな笑みではなく、シャルルとしての笑みだった。


 二人の間を風が抜け、草木の匂いが深まった。

「倉庫に保管されてる小麦の香りかな」

 シャルルが顔を上げる。

「そうかもしれませんね。森の香りに混ざって、少し枯草っぽい香りがするような気がします」

 マリアもまた、その風の香りを堪能(たんのう)する。倉庫の奥は小さな林になっていて、丘の多い村の入り口から中心部にかけてより、一層緑の香りも濃くなっていた。


 ソティと、その旦那が出会った場所。穀物(こくもつ)用倉庫から(ただよ)う香りと、村を包む緑の香り。

「もしかして……」

 マリアは、カバンからペンとメモを(あわ)てて取り出す。

「どうかした?」

「少し、気になることを思い出して」

 マリアはパラパラとそのメモを手早くめくっていく。


「やっぱり」

 マリアは一枚のメモに手を止める。ソティに、オレンジの香りを何種類か試してもらった時のものだ。あの時は、ソティの夫が使っていた香水に近い香りを探すために、色々な配合を試したが、ソティが一番反応したのは、オレンジとレモングラスの香り。豊かな草木の香りが特徴的なものだった。

 マリアの頭の中で何かがピタリとはまった気がした。


「オレンジの香りは、ソティさんに、旦那様という存在を思い出させた。それは、オレンジが旦那様を表していたからだわ。それじゃぁ、一緒に過ごした時間や、記憶は……二人で一緒に感じた香りで、思い出せるのかもしれない」

 ぶつぶつと呟くマリアを、シャルルはゆっくりとのぞき込む。

「マリアちゃん?」

「シャルルさん。成功するか分かりませんが……この、香りを作ってみましょう」

「この香り?」

「はい。私たちが今まさに感じた、この場所の香りです」


 マリアの言葉に、シャルルも何かピンときたようだ。

「つまり、母さんと父さんが一緒に過ごした場所の香りが、二人で過ごした日々を思い出させるかもしれない、ってこと?」

「正確には、お父様が使われていたオレンジの香りも必要かもしれません」

 シャルルは、その言葉にニヤリとほほ笑む。

「なるほど。オレンジの香りを、父さんを思い出すトリガーにして、そこから二人の記憶を引きずりだそうって作戦だね?」


 いささか早計(そうけい)過ぎたかもしれない。だが、調香師としての経験が、様々な人に出会って、様々な依頼をこなしてきたマリアの直観が、やらねばならない、と告げていた。

「そうと決まれば、少し早いけど帰ろうか」

 シャルルは軽やかに身を(ひるがえ)して、付け加えた。

「せっかくだから、お土産にパンでも買って帰ろうか」

 子供のような笑みを浮かべるシャルルは、子供みたいなところがあるといった、彼の父親のようにも見えた。


 パンがこれでもかと詰め込まれた紙袋を片手に、シャルルは目の前に座るマリアを見つめた。正確には、こまごまと動くマリアのペン先、メモに書かれた文字を追いかけている。

「それが、調香のレシピ?」

 シャルルが話しかけると、マリアはペンを止め、ちらりと視線だけをシャルルに向ける。

「まだ、レシピというには大まかですが……。自分が感じた香りを作るためには、どの精油を使うのがいいか、とか、精油同士の組み合わせを書き留めておくんです」

 さも当たり前のようにマリアは言うが、これこそ調香師の専売(せんばい)特許(とっきょ)だ。いくら優秀なシャルルでも、真似(まね)できない芸当である。


「あの倉庫の裏手は林になっていましたけど、糸杉……サイプレスが生えていました」

 マリアに言われて、シャルルも確かに、とうなずく。丘と丘の間をなだらかに通る小道にも生えていて、村で一番よく見かけた木だ。

「サイプレスは、精油が取れるんです。それに」

 マリアは途中で言葉を切り、ゆっくりと視線を窓の外へ移す。

「偶然かもしれませんが……。サイプレスには、永遠に生きる、という意味があります」


「永遠に、生きる?」

 シャルルの興味はその言葉に強くひかれ、思わず視線でマリアに続きを(うなが)してしまう。

「サイプレスって一年を通して葉がずっと緑色なんです」

 確かに言われてみれば、とシャルルはうなずく。確か学生時代、クリスティの講義にも出てきた。常緑樹という単語が、シャルルの脳裏をよぎる。

「そこから、()れることのない命、転じて、永遠に生きる、といわれるようになったんだそうです」


 マリアの説明に、シャルルはただただ感心するばかりだ。王国でも比較的良く見かける植物だし、シャルルでも名前くらい知っている。だが、そんな意味があるとは知らなかった。

「この話は、祖母が教えてくれたんです」

 マリアの瞳には、祖母への尊敬の念が見て取れる。

「祖母は、他にもいろんなことを教えてくれました」

 シャルルが父に憧れているように、マリアもまた、祖母にあこがれ続けている。


 鉄道が街の広場へと戻ってきたときには、()(かたむ)き始めていた。

「冬が近づいてきたね」

「日が暮れるのが早いと、なんだかそんな気持ちになりますよね」

 二人はそんな会話を交わしながら、路面電車へ乗り換え、シャルルの家を目指す。


 気が付けば、もう一年も残すところ二か月を切っている。あっという間だ。

(今年はなんだか、めまぐるしかったな)

 マリアは春からのことを思い返して、ぼんやりと鉄道の外を足早に流れていく城下町の明かりを見つめた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

ブクマを新たにいただきまして、毎日嬉しい限りです。ありがとうございます!


今回は、ソティの故郷で、マリアも新たに香りのヒントを得たようです。

無事にソティの記憶を全て蘇らせることが出来るのか……続きもお楽しみに♪


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