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調香師は時を売る  作者: 安井優
思い出の香り編

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祖母のレシピ

「マリアちゃんの、おばあ様の店?」

 夜、食事や風呂を終えてひと段落ついていたシャルルは、マリアの話に新聞から視線を上げた。

「はい。今日来てくださったお客様が、王妃様の調香師がいた店のマークじゃないかって」

「それが、マリアさんのおばあ様ってことかい?」

「えぇ。祖母が昔、王妃様の調香師をしていたって話は、聞いたことがあります」

「へぇ……」

 なんの因果(いんが)か。マリアの祖母の、過去を辿(たど)ることになるとは。


 マリアは、自らの身内の話でありながら、不思議そうに眉をひそめる。

「祖母の若いころの話って、実は私もあまり知らないんです。祖母は、自分のことは多くは話さない人でしたし」

「なるほど。それは分からなくても当然だね」

「マークは、どこかで見たことがあるのかもしれません。ライラックの花に少し似ている気がしませんか?」

 マリアに言われて、シャルルはショップカードに視線を移す。四枚の花弁を持つ花と、それを取り囲むように配置されている花びら。確かに、言われてみればライラックを()しているように見えた。


 マリアが言うには、祖母、リラが生まれたのは海に近い小さな田舎町だという。

「そこに、お店を開いていてもおかしくはない、か」

 シャルルがうなずくと、マリアも同じように首を振った。

「明日、お休みをいただいて、両親に聞いてみます。パルフ・メリエにも同じレシピが残っているかもしれませんし」

 もちろん、シャルルもその意見には賛成だった。

「じゃぁ、まずは父さんの使っていた香水を作ってみるところから、だね」


 シャルルは、シャルルでやらなければならないことがある。

「僕は、写真の場所をいくつか探してみようと思う。少しでも、きっかけは多いほうがいいんじゃないかと思ってね」

 どうにも、父の残していた写真の数々が気になってしょうがないのだ。母に写真を見せたときは何の反応も得られなかったが、思い出の場所には間違いない。


「ありがとうございます」

 マリアが丁寧に頭を下げると

「いや、そもそも僕が依頼したことだから。母さんの記憶が一日でも早く戻るように、もう一度、頑張ってみたいんだ」

 過去、何度と挑戦して、一度はあきらめた夢である。だが、目の前の、愛おしい女性がこんなにも健気(けなげ)に頑張っているのだ。自分が何もしない、という訳にはいかなかった。


 翌日、洋裁店でマリアを出迎えたのは母親だった。ミュシャは、新店舗の開店に向けて、今日は実家の方へ帰っているらしい。冬に入る前に、色々とやっておかねばならないことがあるようだ。

「パパは?」

「奥にいるわよ。どうして?」

「おばあちゃんのことが聞きたいの」

 マリアの真剣な瞳に、母親は柔らかな笑みを浮かべた。


 マリアの父親は、マリアの話を聞くなり、

「あぁ!」

 と珍しく大きな声を上げた。

「母さんの店の名前だ。懐かしい」

「やっぱり、おばあちゃんのお店だったの?!」

 マリアはのんびりとした父親の言葉に思わず身を乗り出した。


 マリアがギラギラと燃えるような瞳を向けるのに対し、父親は意にも(かい)さず穏やかに続ける。

「まぁ、マリアが生まれるころにはもうとっくにパルフ・メリエへ移転してたし……。それにしても、珍しいねぇ。まだ、パラメーラのショップカードや香水を持ってくれている人がいるなんて」

「どうしても、その香りが作りたかったの。今から、パルフ・メリエへ戻ってレシピを調べてみる!」

「今から?!」

「うん。ありがとう、パパ!」


 マリアにしては珍しく、まるで嵐のよう。のんびりと息をつく暇もなく、実家を後にする。両親も不思議そうに、マリアの後ろ姿を見送った。

「何だったのかしら?」

「さぁ……。仕事、かな?」

 二人は顔を見合わせると、互いにコテンと首を傾げた。


 馬車に飛び乗り、村からは速足で()け、マリアはパルフ・メリエへと滑り込んだ。すでに昼食の時間は過ぎているが、マリアには関係ない。

「確か、古いのはこの辺に……」

 調香部屋の扉を勢いよく開け放ち、積み上げられた本やノートをどかして、机の奥にある箱をズリズリと引きずり出す。しばらく開けていなかったせいか、箱の上にたまった(ほこり)が舞う。マリアはそれも気にせずに、フタを開けた。


「これも違う」

 中に入っていた、いかにも古そうな紙の束を一枚一枚丁寧にめくっていく。祖母の字で書かれた香りのレシピである。

「こっちじゃない……」

 一束確認しては、次の一束へ。とにかく量が多く、作業は時間を要する。紙が()り切れてボロボロになっているものもあれば、文字がかすれて読めなくなっているものもあった。


 マリアは確認し終えた束を箱の外へと積み上げ、次から次へと一心不乱に紙をめくる。

「……オレンジコロン。王妃様の……オレンジ……オレンジ……」

 ぶつぶつと呪文のように、紙をめくってはその文字を探す。時折、まったく別の香りと思われるレシピにもオレンジが登場するものだから、勝手に期待しては落胆(らくたん)したりもした。


「あった!」

 マリアが顔を上げたころ、空は赤く夕焼けに染まり、窓から差す光は柔らかなものになっていた。

「王妃様に献上(けんじょう)……。間違いないわ……」

 マリアは、書かれていた文字に指をすべらせながら、じっくりとそのレシピに視線を落とす。

「オレンジと、レモンバーベナね。それからこれは……」

 そこから先の文字がかすれて読めない。マリアは紙を光に透かすように、目を細める。


「パチュリ、かしら……。ソティさんは確か、レモングラスのものに反応したから、土っぽい香りが似ていたってことかもしれない」

 マリアは忘れないように、メモを取りながら解読を進める。

「ミドルノートは……」

 うぅん、とマリアは眉間にしわをよせる。

「ネ……?」

 かろうじて読めた一文字目から、思考を回転させる。ミドルノートで、ネから始まる香り。そして、オレンジやパチュリなどと相性の良い香り。

「ネロリ、かしら……」

 マリアは、これ以上は読めない、と解読を諦め、他に分量などの読める部分を書き写していく。


「とにかく、一度作ってみなくちゃ」

 昼食も、夕食もこの調子では抜きである。だが、マリアの頭の中にはもはや、ソティの思い出の香りを作ることだけでいっぱいだった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

素敵な感想も新たにいただきまして、もう感謝感激が尽きません……!

いつも本当にありがとうございます♪


なんとも不思議な偶然……お楽しみいただけましたでしょうか?

祖母のレシピを見つけたマリアが、無事にシャルルの父の香水を完成させられるのか、ぜひ次回もお楽しみに!


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