小さな一歩
マリアがパルフ・メリエへと戻った日曜日の午後。
シャルルとアーサーは亡き父の書斎を整理しながら、時折現れる思い出の品々に会話を弾ませた。
「懐かしいな」
アーサーが見つけたのは、アルバムであった。
「父さんは、本当に写真が好きだね」
アルバムを開くと、中にはきれいに写真乾板がファイリングされている。父は決して几帳面な性格とは言えないが、このアルバムだけは、丁寧に作られていた。
「昔から好きだったらしいな。ほら、母さんとの写真ばかりだ」
アーサーは面白そうに目を細めながら、アルバムをパラパラとめくった。
若かりし頃の二人は、様々なところで写真を撮ったらしい。まるで、母が記憶をなくしてしまうことを、父は知っていたみたいに、その記録を細かに残していた。
「この間の田園風景の写真も、この中の一枚だと思うか?」
「うぅん。どうだろう。わざわざ分けていたんだから、何か特別な思い入れがあるのかもしれないけど」
「このアルバムのものは、旅行の時の写真ばかりだしな……」
アーサーはメガネのフチを軽く押し上げて、不思議そうに首をかしげた。
アルバムの中に入っている写真は、どれも華やかな風景をバックに撮影されていた。例えば、王城だったり、北の町のシンボル、時計塔だったり。東都の大聖堂もあれば、港町の噴水もある。ずいぶんと国中を旅したらしい。もちろん、国外も。建築家という職業柄かもしれなかった。
「このころの母さんは、元気そうだね」
写真の中で、まるで花が咲くかのように笑う母の姿に、思わずシャルルはつぶやく。隣でアーサーもうなずいた。
「少なくとも、心理状態が体に影響を及ぼすこともあるからな。母さんの場合は、やっぱり、父さんが亡くなったことが何よりも大きい」
医者らしい見解である。もちろん、若く見えるが母も良い年だ。年齢的にも体力は落ちているだろう。年々、体の調子が悪くなっていることも、仕方がないように思える。
「でも、マリアちゃんが来てから、少し明るくなったと思わない?」
「母さんか?」
「うん。金曜日は、井戸端会議までしたんだって?」
「らしいな」
二人はマリアのげんなりとした顔に思い出し笑いをしてしまう。シャルルからすれば新鮮な一面でもあり、彼女もやはり普通の女の子だったのだな、と半ば失礼なことを考えてしまう。
母の二人の息子に対する結婚願望はすさまじい。それは二人も身をもって知っている。だからこそ、シャルルとて依頼時に迷惑をかけてしまうかも、と念を押したのだ。まさかこういう類のものだとは、マリアも想像していなかっただろうが。
「兄さんは、良い人はいないの?」
「マリアさんをもらってもいいのか?」
「いくら兄さんでも、その時は容赦しないよ」
「冗談だろ」
アーサーは、思わずシャルルを見つめる。まさか、本気とは思わなかった、とその瞳が語れば、シャルルはふっと口角を上げた。
(マリアちゃんには悪いけど……)
シャルルは内心で独りごちる。
もちろん、シャルルとて母のことは本気だ。真剣に、記憶を取り戻すことが出来れば、と考えている。だが、同時にこうして家族にマリアを紹介するチャンスでもあるのだ。
(外堀から埋めさせてもらう)
さすがはソティの息子。その思考回路は親子ともども同じであった。
「ん……?」
アルバムの隙間から、ひらりと紙が落ち、シャルルはそれを拾い上げた。
「……パラメーラ?」
どうやらショップカードのようだ。色あせてはいるが、美しい群青色。銀箔押しで名前が印刷されており、手の込んだ繊細なつくり。
「名刺か?」
「どうだろう? 建物の名前かな……」
シャルルは自らの言葉に、顔を上げた。
ショップカードの裏面には、シャルルが思った通りのマークが入っていた。
「これ!」
シャルルが声を上げると、アーサーも目を見張る。
「マリアさんが見つけた香水瓶のマークか」
底に彫られた刻印と同じ。所々銀箔がはがれてはいるものの、間違いなさそうだった。
残念ながら、ショップカードからは名前しか分からなかった。住所は書かれておらず、当然ながら連絡先もない。ショップカードが挟まっていた箇所さえわかれば、もう少し前後の写真から何か分かったのかもしれないが、滑り落ちてしまったせいで、どこに挟まっていたのかは分からない。
二人は露骨に悔しさを表に出す。だが、これでも前進だ。小さな一歩ではあるが。
「マリアさんなら、同業者は分かるだろうか」
アーサーの問いに、シャルルは首をかしげる。カントスとは知り合いだったようだが、それも偶然か、何か伝手があったのか、それは分からない。
「どうだろう。今度来た時に、聞いてみようか」
「あぁ、そうだな。とりあえず、この件はエリーにも聞いてるんだろう?」
「うん。そろそろ返事が来ても良いころだと思うんだけど」
シャルルの声に重なるように、玄関扉がドンドンと音を立てる。
「ナイスタイミングだな」
アーサーとシャルルは玄関先へと足を向けた。
噂をすれば影が差す。郵便屋が届けた手紙は、エリーからのものだ。
「姉さんも、相変わらずだね……」
封を開け、一行目に視線を落としたシャルルは思わず苦笑した。
『シャルル、元気にやってるの? 彼女はできた? 結婚の予定はあるの?』
姉の声が聞こえてくるようだ。アーサーも、隣でそれを見つめて、苦笑する。
『アーサー兄さんにも、彼女ができたか聞いておいてね』
まるでアーサーがこの手紙を見ることを予言していたみたいだ。
しばらくそんな文章が並んでいたが、数行もすればその内容は真面目なものに変わる。
『お父さんの香水だけど、確かあれって、お父さんが、どこかの港町に仕事で行ったときのお土産でしょう? さすがに町の名前までは覚えていないけれど、確か、海がきれいだったって話をしていたような気がする』
エリーの記憶力はすさまじい。
『お父さん、お母さんにプレゼントするつもりだったのよ。でも、私が欲しがっちゃったもんだから、結局お母さんも遠慮しちゃって、自分で使うしかなくなっちゃったのね。今考えたら、ひどい娘だわ』
おそらくケロリとした顔でエリーはこれを書いたのだろうが、当時の父は不憫だったに違いない。けれど、一度使って気に入ったのか、いつしか当たり前のように自分で購入して使うようになったのだから、結果オーライである。
「港町か……」
シャルルとアーサーは、手紙を読み終えると、他に手がかりになりそうなものはないかと再び父の書斎へと戻るのであった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
6,200ユニーク&29,000PVを達成しまして、本当に読んでくださっている皆様には、頭が上がりません。
本当にいつもありがとうございます~!
今回は、「思い出の香り」にも少し進展が。
写真の田園風景が一体どこの町なのか、そして、パラメーラとはどこなのか?
今後もお楽しみにいただけますと幸いです♪
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