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調香師は時を売る  作者: 安井優
思い出の香り編

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出張店舗と井戸端会議

 高級住宅街のど真ん中。それも、騎士団長の家の庭先で不思議な屋台が出ているとなれば、やはり気になるのだろう。

 開店準備を進めるマリアを、品の良い服に身を包んだ貴族と思わしき人々がチラチラと視線を投げかける。


「よし……」

 玄関先にパルフ・メリエ出張店舗と書かれた小さなボードを立てかけ、マリアは腕まくりする。秋晴れで気持ちの良い朝だ。自然と気合も入った。


 貴族のネットワークがあるのか、女性たちの情報網がすごいのか。開店してからというもの客足が()えることはなかった。いつもの一週間の来客数を一日で超えそうな勢いである。森の中でひっそりと営業していなければ、マリアはさらにその名を()せていたことだろう。本人に全くその気がないので、仕方がないのだが。商売人としては、いささか商売っ気に欠けているのが、マリアという人物である。


「王女様の専属の調香師の方でしょう?」

 必ず皆、決まってその言葉を口にするあたりは、さすが貴族街。何かつながりがあるのか、そういう情報はどこからか()れるらしい。

「王妃様の調香も受けているのよね?」

 なぜかそんなことまで知っている人物まで現れ、マリアは一体どうやってそんな情報を仕入れているのだろうか、と不思議に思うばかりであった。


 そんな訳で、マリアはいつもに増して、王族の品位を(おとし)めぬように、という謎のプレッシャーを感じながらも、なんとか仕事をこなしていく。商品は余裕をもって持って来たつもりだが、来週にはまた補充が必要になりそうだった。

 いつもであれば、人の来ない時間帯に調香をしたり、精油を抽出することもできるが、庭先ではそうもいかない。

(パルフ・メリエに戻ったら、まずは多めに商品を作るところから始めないと)

 マリアは予想以上の売れ行きに、驚きを隠せなかった。


 昼食のために、簡単に片づけを済ませ、家の中へと戻れば、ソティが一階へと降りてきたところだった。

「今日はなんだか、外がにぎやかね」

「すみません。庭先をお借りしてお店だなんて……」

「いいのよ。普段は静かすぎるくらいですもの。なんだか、嬉しいわ」

 ソティは柔らかに微笑む。

「今日は体調がいいから、私も後で見に行こうかしら」

 鈴のような笑い声をあげたソティに、マリアもつられて笑みを浮かべた。


 言葉通り、昼食を終えた後、ソティもマリアの隣に腰かけていた。客が来ればあいさつをし、ご近所さんであれば話に花を咲かせていた。

「今日は外へ出て平気なの?」

「えぇ。とっても調子がいいわ。マリアちゃんが来てくれたからかしら」

「あら。何? もしかしてご結婚なさるの? お相手はどっち?」

「うふふ。今のところは、シャルルね」

 マリアはその会話に思わず顔を引きつらせる。完全に外堀を埋められる前に否定しなければ。


 だがしかし、こういう時の奥様方というのは、強いものだ。年の功だろうか。

「私はその……」

「あら、やだ。マリアちゃん、もしかしてアーサーのことが?」

「いいわねぇ。マリアさん、医者か騎士団長でしょ? どちらをとっても最高の相手よ」

「そういう訳では……」

「マリアさんはお相手がいらっしゃるの?」

「いえ。私は、今は……」

「なら、問題ないわね。確か、息子さんは二人とも良い年でしょう?」

「そうなのよ。だから、早く結婚してくれないと、婚期を(のが)すわよって言ってるのに」

 マリアの(さえぎ)る言葉は届かず、どんどんと話は転がっていく。


 ソティはともかくとして、あくまでも客商売である。マリアとて、無理に否定して空気を悪くするわけにはいかない。ソティの交友関係もある。

「そうだわ。うちの息子もね、そろそろお見合いさせなくちゃと思ってて」

「あら、そうなの? マリアちゃんは渡さないわよ」

「やぁねぇ。お医者様と騎士団長様にはかなわないわよ」

「職業なんか関係ないわよ。ね、マリアちゃん」

「え、えぇ……まぁ」

「ほら。あ、でも、そうなると、マリアちゃんを渡してしまうことになるわ」

 マリアももはや諦め半分に、愛想笑いを浮かべるしかなかった。


 閉店するころには、マリアはぐったりとしていた。なれない場所、勝手の分からない中での出張店舗ということもあるが、何よりもソティとお客様の間で()わされる会話の内容に、である。

(まさか、こんなに結婚話ばかりだなんて……)

 お見合いなんていうものは、自分には関係のない話だとばかり思っていた。だが、貴族社会ではそうもいかないらしい。


 どこの家の娘がどこに(とつ)いだ、だとか、息子の婚約者候補がどうだとか。中には、身分の差を理由に結婚を反対したせいで娘が駆け落ちをした、なんてまるで物語のような話題まで飛び出し、マリアは驚くほかなかった。


(これは、作戦変更ね)

 ソティがいるときは、テーブルと椅子をいくつか並べて、お茶とお茶菓子を出す。自らが作った茶葉を提供することで、ハーブティーなどを中心に売り、香水などはそのついでに購入を(うなが)すほうがよさそうだ。

 これなら、奥様同士で井戸端(いどばた)会議を楽しんでもらえるし、マリアも巻き込まれずに済む。

(我ながら、いいアイデアだわ……)

 マリアは珍しくニヤリと笑みを浮かべ、早速ノートに必要なものを書き出していくのであった。


 マリアとソティが夕食を食べ終えたころ、帰宅したのはアーサーだった。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 玄関先でコートを受け取るマリアの姿に、自室へ戻ろうとしたソティが

「そうしていると、まるで本当の夫婦みたいね」

 というのは、当たり前のことである。


「今日は、やけに疲れているようだが」

 目の前でぼんやりと仕事用のノートを見つめているマリアに、ザワークラウトを口へ放り込んだアーサーが視線を向ける。医者の目は(あざむ)けないらしい。

「いえ、少し。話疲れと言いますか……」

 マリアが言葉を濁せば、アーサーはふっと口角を上げた。

「お姉さま方の井戸端会議にでも巻き込まれたな?」

「そんなところです」

 まさかアーサーさんも話題に上がっていましたよ、とは言えず、マリアは曖昧に微笑んだ。


 出張店舗一日目にして、まさかこんな形で店の経営方針を変えることになるとは思わなかった、とマリアはノートにペンを走らせていく。だが、これも、シャルルやアーサーに迷惑をかけないため。井戸端会議でうっかり適当な相槌(あいづち)を打とうものなら、あっという間にどちらかの嫁になる、ということになってしまう。ただでさえ、人のうわさは恐ろしいのだ。気を付けなければ、とマリアは気を引き締めなおした。


 翌日、ソティは熱を出した。ソティがいないのであれば、パルフ・メリエ出張店舗のカフェ計画はいったん保留である。マリアも明日にはまた店へと戻って通常営業だ。とはいえ、準備は進めておこう、とマリアはハーブティーの在庫を確認するのであった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

新たにブクマもいただきまして、日々、本当にたくさんの方々にお読みいただけていること、大変うれしく思います。ありがとうございます!


今回は、シャルルの庭先で、ついにマリアも初仕事です。

奥様方相手の商売は、井戸端会議が命……(?)ですかね。(苦笑)

パルフ・メリエカフェ計画が無事に成功するのか、またのお楽しみに♪


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