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調香師は時を売る  作者: 安井優
思い出の香り編

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147/232

手がかり

 リビングへと戻ると、シャルルが新聞へと目を落としていた。声をかけるのもためらわれるほど、真剣なまなざし。マリアは邪魔をしないよう、先ほどまで座っていた場所へ腰かける。写真と香水瓶を机の上へ置くと、その物音にシャルルも顔を上げた。マリアの前に並べられたそれらに視線を止め、シャルルは新聞を折りたたむ。

「面白いものを見つけたね」

 (とが)められてもおかしくはなかったが、シャルルの口ぶりは興味深そうなものだった。


 マリアは、引き出しの最下段に箱があったことや、その中に何枚もの写真が入っていたこと、そして、香水瓶を見つけたことを話す。

「やっぱり、遺品は整理すべきかもしれないね。今更になって、父の新しい一面を知ったよ」

 シャルルは写真を手に取って、おもしろそうにそれを見つめる。田園風景をバックに、ソティと肩を寄せ合って、仲(むつ)まじげに映る男性。若かりし頃の父の姿に、シャルルとしても思うところがあるようだ。

「父の若いころの写真なんて、見ると思わなかったな」

 よっぽど新鮮なのか、シャルルはしばらくそれを眺めていた。


「シャルルさん、この風景と、それから、この香水瓶に見覚えはありませんか?」

 マリアの問いに、シャルルは首を横に振った。

「分からないな。兄さんなら、もしかしたら何か知ってるかも」

「そうですか……」

 さすがに、二人が出会った頃のことや、若かりし頃の話などはシャルルも知らないらしい。香水瓶も、見覚えはあるが、底に()られた刻印までは知らなかった、と言った。


「兄さんも、そろそろ帰ってくる頃だと思うけど」

「それじゃぁ、アーサーさんにも聞いてみます」

「ごめんね、役に立てなくて」

 マリアはブンブンと首を横に振る。いくら仕事のためとはいえ、勝手に物色しているのだ。むしろマリアがいくら謝っても足りないくらいであった。


 アーサーが帰宅したのは、マリアとシャルルが風呂を済ませ、そろそろ寝ようか、という頃だった。

「ただいま」

 アーサーの声が玄関先から聞こえ、マリアとシャルルはそろってアーサーを出迎える。

「おかえりなさい」

「シャルルが私より早いなんて、珍しいこともあるものだな」

 アーサーは首元のスカーフをシュルリとほどいて、ふっと微笑む。それは、兄弟にしか分からぬ視線でのやり取り。シャルルも爽やかに微笑み返した。


 アーサーが食事と風呂を済ませると、マリアとシャルルは待ってましたと言わんばかりに、アーサーを取り囲んだ。

「なんだか、マリアさんがいるだけでにぎやかだな」

 普段であれば、シャルルがアーサーを待つことも、アーサーがシャルルを待つこともない。自分たちの用を済ませば、自室に戻って休むのが常だ。時折、時間が重なった時だけは共に過ごすこともあるが、それは(ごく)まれだった。特に、どちらかの用が済むまで待つなどと。


「兄さんに、聞きたいことがあってね」

「だからって何も、こんな遅くまで待っている必要はないだろう」

 そうは言いながらも、アーサーもまんざらではないようだ。面白いことでもあったのか、とメガネの奥の輝きが隠しきれていない。

「何かあったのか」

 アーサーは少し口角を上げ、マリアとシャルルの二人を見つめた。


 マリアが写真と香水瓶を差し出すと、シャルル同様、アーサーも興味深そうにそれを見つめた。

「へぇ。こんな写真が残っていたのか」

「写真はたくさん残っていましたが、外で撮られているものが珍しくて」

「確かに。何もわざわざ、田畑の前で撮らなくてもな」

 マリアがオブラートに包んだ言葉の、オブラートを見事にはぎ取って、アーサーは相槌(あいづち)をうつ。思うところは同じらしい。

「見覚えはありませんか?」

「いや、ないな。というか……田舎ならどこにでもありそうな風景で、正直全く分からない」

 アーサーがはっきりと答えると、シャルルも、やっぱり、と腕を組んだ。


「こちらの、香水瓶も分かりませんか?」

「父さんが愛用していた。それは覚えている。だが……」

 香水瓶を裏返し、底にある刻印を指でなぞる。アーサーは視線を落として少し考えこんだ。

「どこのものかは、分からないな。毎日のようにつけていたから、何度か買いなおしていると思う」

 アーサーはそこまで言って、顔を上げた。


「そういえば、この香水を初めて買ってきたのは、何かの大きな仕事を終えた後だったはずだ。その時の出張土産で……この香水があった」

 アーサーはそこからしばらく黙り込んだ。シャルルとマリアは顔を見合わせる。二人とも、何かヒントが得られるのでは、と期待せずにはいられない。

「確か、エリーが……妹が、この香水を欲しがったんだ。あの時は、結局どうしたんだったかな」

 アーサーは、(かす)かな記憶を辿(たど)って、そこで口を止めた。


 結局、それ以上は思い出せない、とアーサーも首を横に振った。

「エリーに聞けば、何かわかるかもしれない」

「そうだね。僕が今晩にでも手紙を書いて、明日出してくるよ」

 アーサーの出した結論に、シャルルもうなずく。マリアが頭を下げると、シャルルは

「マリアちゃんのおかげだね。一歩前進だ」

 とほほ笑んだ。マリアにはとても前進しているようには思えないが、あの騎士団長、シャルルが言うのなら、そうなのだろう。何事も、地道な一歩の積み重ねである。


 マリアの見つけた父の遺品に、アーサーもシャルルも、一度、書斎を整理すべきだ、と話し合った。なんとなくそのままにしていたが、色々とお宝が出てくるかもしれない、と二人はまるでゲームを楽しむ子供のようだ。

「それじゃぁ、今度の日曜は休みを取るよ」

「あぁ。私も、早めに帰宅できないか、院長と相談してみよう」

 忙しいはずの二人だが、今は、こちらが最優先事項のようだった。


 マリアもできれば加わりたいが、日曜は仕事である。パルフ・メリエへ戻って、店を開けなければならない。マリアが謝れば、二人は、いや、と声をそろえた。

「むしろ、マリアさんが働いている間にできる限りの情報をそろえておいたほうがいいだろう?」

「そうだね。色々と情報が増えれば、マリアちゃんも何か調香のヒントが見つかるかもしれないし」

 なんとも効率的、かつ、合理的な判断である。兄弟なだけあって、考え方も似ているらしい。


「それじゃぁ、よろしくお願いします」

 頭の回る二人にそう言われては、マリアもお願いする以外にない。むしろ、これほどまでに頼もしい助っ人がいるのは初めてである。マリアも、できる限り調香を進め、少しでも様々な香りをソティに試してもらいたい。そのためにも、情報は多いほうがいいに決まっている。


 三人は、それぞれの役割分担やスケジュールを話し合った。まるで小さな探偵事務所である。

「おやすみなさい」

 三人がこうして、自室の扉を開けるころには、すっかり夜も更けていた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


なんとなく、謎解きっぽい雰囲気をお楽しみいただけておりましたら幸いです!

香水瓶や写真を手がかりに、これから物語はさらに進んでいきます。お楽しみに♪


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