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調香師は時を売る  作者: 安井優
西の国編

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成長と寂寞

 すっかり秋の空気だ。母親にキモノを着せられたマリアは、洋裁店を出て、ひんやりとした風に身を震わせた。

「さすがに、少し肌寒いわね」

 母親が困ったように肩をすくめる。それでも可愛い娘の晴れ着姿は見たいらしい。なんともわがままなことである。


「マリア。これ」

 ふわりと後ろから柔らかな生地がかけられ、マリアはその温かさに「わ」と声を上げる。

「さすがに寒いし、目立つから」

 ミュシャはマリアの前へ回り込み、胸元のかわいらしいリボンを結んだ。

「ありがとう、ミュシャ」

 柔らかな緑が、キモノの白によく映える。渋い色合いの赤と、鮮やかなコントラストを(えが)いていた。手触りも良く、このくらいの天気にはちょうど良い温かみ。

「素敵ねぇ……」

 母親も感心したようにしげしげとそれを見つめた。


 支度(したく)の出来たマリア達は、そろって祖母の墓参りへと向かう。隣を歩くミュシャは、マリアとは色違いのカーディガンを羽織り、並んで歩く姿はまるで兄妹のよう。両親はそんな仲(むつ)まじい二人の様子を見つめる。

「ほんと、あの二人は仲がいいわね」

「あぁ。マリアはてっきり、ミュシャ君と結婚するんだと思ってたよ」

 両親は二人に聞こえないくらいの声で話す。二人には、マリアとミュシャの関係性が変わったことなどお見通しだ。特に、ミュシャは、本人が思っているよりも分かりやすい。マリアのことを(した)っていることに変わりはないのだろうが、その視線は穏やかで、以前までとは違う。


「パパ! ママ! お昼ご飯は何がいい?」

 いつの間にかずいぶんと先を歩いていたらしい。振り返ると両親は遠くをのんびりと歩いており、マリアは手を挙げて両親を呼んだ。

 祖母の墓がある南の村に着くころには、昼を過ぎる。鉄道の中で食べられるものをそれぞれに買い、マリア達は鉄道へと乗り込んだ。


 春先に訪れた海辺の田舎町へ着くと、マリアはその(しお)の香りに目を細める。

(今年はなんだか、海の香りをたくさん堪能(たんのう)している気がする……)

 マリアはそんなことを考えながら、柔らかな笑みを浮かべた。祖母の育った田舎町。何度訪れても、そこはどこか懐かしい気持ちにさせた。


 祖母の墓を丁寧に掃除し、もってきたアロマキャンドルに火を灯す。ふわりと広がった優しく甘い香りに反応したのはミュシャで

「ライラック……」

 と小さく呟いた。隣にいた両親も、ミュシャの言葉に、優しく微笑む。

「母さんの匂いだ」

「ほんとね」

 父親は懐かしそうに遠くを見つめ、祖母を思い出しているようにも見えた。


 ワインの瓶が置かれていることに両親は終始不思議がっていたが、帰りの鉄道でマリアが祖母の友人のものだと説明すれば、驚いたような、どこか嬉しそうな、そんな表情を見せた。

「なんだか、少し寂しいわね」

 ポツリと母親が呟く。マリアがキョトンと首をかしげると、クスクスとおかしそうに肩を揺らす。

「こんなに小さかったのに、いつの間にかもうすっかりマリアも大人になっちゃって」

「はは、ほんとだな。ミュシャ君もそうだが……子供の成長というのはあっという間だな」

 両親に面と向かってそう言われると、マリアもミュシャも少しくすぐったい。


 マリア達からすれば、いつまでたっても親は親。二人の寂しい心中など、分かるものではない。

(いつか、分かる日が来るのかしら……)

 マリアはぼんやりとそんなことを考える。一方でミュシャもまた、父親のことを思い出し、町へ戻ったら、父親に出来る限りの恩返しをしなくては、と思うのであった。


「僕は少し、寄るところがあるので、これから城下町へ行ってきます」

 鉄道を降りたところで、ミュシャはそう言った。最近は、冬から始まるミュシャの店の工事や、そこで売るための新作の準備、お金のことなど、いろいろとやることがあるらしい。だが、そんなミュシャの表情は生き生きとしており、マリアにはそれが(まぶ)しく見えた。

(なんだか、やっぱりミュシャは変わったわ)

 そんな思いが心を通り過ぎ、もしかしてこれが両親の言う寂しさなのか、と苦笑した。


「それじゃぁ、帰りましょうか」

「マリアも、気をつけて帰るんだぞ」

 両親に手を振られ、マリアも馬車の方へと向かう。キモノのまま店へ戻るのもどうかと思ったが、両親には後から服は送るから、と無理やりに押し切られたのだった。

「うん、またね。パパ、ママ」

 再びぎゅっと熱い抱擁(ほうよう)を交わせば、両親はにこやかにマリアを見送った。


 街の広場を抜けたところで、マリアを呼ぶ声が聞こえた。

「……マリアか?」

 マリアも、その聞きなじみのある声に思わず振り返る。

「……ケイさん!?」

 騎士団の制服に身を包んだケイが、こちらへと駆け寄ってくるのが見え、こうしてケイと偶然会うのも何度目だろうか、と思う。本当に不思議なものだ。まるで見えない糸に引っ張られているかのよう。


 マリアの姿を見たケイは、足を止め、そしてしばらく固まっていた。マリアが不思議そうに彼をしばらく見つめていると、ようやくケイは目を(またた)かせ、現実に戻ってきたようだ。

「こんにちは、ケイさん」

「あ、あぁ……」

 ケイの言葉はいつにもまして少なく、視線もどこか落ち着きがない。

「そ、その……今日は、や、休みか」

「えぇ。祖母のお墓参りに」

「そ、そうか」

 ぎこちない会話に、マリアはますます首をかしげる。ケイの頬はうっすらと赤く、もしかしたら体調でも悪いのでは、とマリアは顔をしかめた。


「大丈夫ですか? なんだか、具合が悪そうに見えますけど……」

「い、いや! 大丈夫だ! その、なんだ……マリアこそ、その、珍しい服だな」

「キモノっていうんだそうです。東都のお祭りで、ミュシャに買ってもらって」

 マリアがニコリと微笑んで、くるりと回って見せるものだから、あまりの可愛さにケイも悶絶(もんぜつ)してしまう。今は仕事中だ、と必死に言い聞かせるも、鼓動がドキドキとうるさかった。

「に、似合ってる……! それじゃぁ!」

 大きな声で言い放った言葉に、ケイがなぜか顔を真っ赤にして走り去っていったので、マリアはそれをぽかんと見つめた。


「お嬢ちゃん、乗ってくかい?」

 馬車のおじさんに声をかけられ、マリアもようやく現実へと引き戻されたのだった。


(似合ってる……)

 顔を真っ赤にしていったケイの表情が、マリアの脳裏にこびりついた。なぜ。マリアはぼんやりと窓の外を流れていく景色を見つめる。ガラスに反射して映る、自分のキモノ姿。今朝、ミュシャがくれた羽織のせいか、少しだけ大人びて見えた。


 祖母がマリアに一つだけ教えてくれなかったことがある。それは、恋についてだ。両親も、大人になれば分かる、なんて言って誤魔化してきた。

(どうして、今、こんなことを思うのかしら……)

 マリアは不意に浮かんだとりとめのないことを、店につくまで考えていた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

つい先日、5,600ユニークを達成したと思ったら、もう5,700ユニークです。

本当にありがとうございます。日々、多くの方にお手に取っていただけていること、感謝感謝です。


親の心子知らず……そんなお話になりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか。

ケイとマリアの関係にも少し進展が……?!

次回で西の国編もおしまいです。最後までお楽しみいただけましたら幸いです!


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