祖母を身近に
騎士団本拠地の帰り、マリアは店ではなく、実家である洋裁店へと顔を出した。ミュシャが独立を決め、洋裁店にいるのも、あと半年。気軽に会えなくなってしまう前に、少しでも会えるときに会っておかねば、という思いが、マリアの足を洋裁店へと向けたのだった。
「ただいま~」
同じく『定休日』の看板をおろしていた洋裁店の扉を押し開けると、ミシンの音が止まった。
「マリア!」
「ミュシャ? どうしたの? 今日はお休みなのに」
「新しい店に置くための服を少しね。それより、マリアこそどうしたの」
ミュシャはいつもの淡々とした様子でマリアを見つめる。そういえば、今日は帰る連絡をしていなかった、とマリアは曖昧に微笑んだ。
「たまたま、騎士団本拠地に用事があって。その帰りに寄ったの」
そう言ったマリアの顔をミュシャは凝視して、
「何があったの?!」
とマリアの腕をつかんだ。
うれし泣き、とはいえ、泣いて赤くなった目の腫れがおさまっていなかったらしい。ケイか、シャルルか、どっちにやられたんだ、とミュシャは憤った。
「ミュシャ、違うの! 嬉しくて、つい泣いちゃったの。商品を届けたら、喜んでもらえたから……」
マリアが慌てて弁明すると、ミュシャは怪訝そうに眉をひそめる。
「そりゃ、自分の作ったものが売れたら嬉しいけど……泣くほどのことなんて……」
よっぽど大切な相手だったのか。ミュシャはますます神妙な顔をする。それはもしや、マリアの思い人的なことだろうか。それこそ、ケイか、シャルルか。
「ミュシャ……?」
ミュシャの険しい表情に、マリアが声をかければ、
「どっちも嫌だけど……マリアの決めたことなら、応援するから……」
とミュシャは言う。マリアはキョトンと首を傾げた。
ミュシャの誤解がとけたのは、それからしばらくが経ってからだった。
「それにしても、どうしてケイさんとシャルルさんが出てくるの?」
不思議そうにマリアはミュシャを見つめたが、ミュシャがそれに答えることはなかった。さすがのミュシャも、二人がマリアのことを好きだから、とは言えない。マリアに振られたとはいえ、一度はライバルだった相手に塩を送るようなことはしない。
「ねぇ、ミュシャ。何か隠し事してない?」
珍しくじとりとマリアに見つめられたときは、さすがのミュシャも胸が痛んだが。
「そういえば、パパとママは?」
マリアが思い出したようにリビングへ顔を向ける。いつもなら、マリアを真っ先に抱きしめる両親の姿はそこにはない。
「デートだってさ。もうすぐおばあさまのお墓参りでしょ? 多分、その買い物だと思う」
ミュシャの返事に、マリアは、そっか、と相槌をうつ。お墓に添える花を予約しに行ったのかもしれない。マリアもそろそろ準備をしなければ、と思う。
「それにしても、マリア。今日の香りは何なの……」
一度話が切れたからだろうか。ミュシャは少し眉をひそめてマリアを見つめた。先ほどの、娼館の香がまたマリアの髪や服に染みついてしまったらしい。しばらく調香などで近い香りに触れていたせいか、マリアの鼻は少しばかり鈍っていたが、ミュシャはそうではなかった。さすがにずっとマリアと一緒にいて、マリアの作る香りも熟知している相手だ。気づかないわけがない。
「いつもより濃いし……甘すぎて……」
くさい。ミュシャは控えめではあるが、はっきりと、マリアに言い放った。
マリアは、う、と顔を引きつらせる。やはり、そうなのか。決して良い香り、とは言い難いとは思ってはいたが。それでも、トーレスの思い出の香りを悪く言うことは出来ない。
「今回は、珍しくそういう香りを作らなくちゃいけなかったの」
「へぇ。変な依頼もあるんだね」
「依頼っていうか……」
「まさか、自分から言い出したの?」
言いよどんだマリアに、ミュシャが鋭い視線を飛ばす。お人好し、おせっかい。マリアのいいところではあるが、商売っ気に少し欠けているのが心配だ。
「だってこんなに強い香りだとは思わなくて……!」
マリアも思うところがあったのだろう。まさか、という表情である。もちろん、作り終え、トーレスから喜んでもらえた今となっては、良い思い出だ。後悔などしているはずもない。だが、しばらくは調香を控えたほうがよさそうだ、とマリアは思う。少なくとも、自らの嗅覚がもとに戻るまでは。
「ほんと。そのうち、パルフ・メリエがつぶれるんじゃないかって時々不安になるよ」
ミュシャがため息をつけば、マリアは苦笑した。もちろん、そんな日がくることはありえない。王族からの仕事を定期的に受けているのだ。むしろミュシャより稼いでいることは明白だった。だが、マリアのどこか世間離れしたほんわかとした様子を見ていると、どうにも心配してしまう。
(いつか、しっかり者の経理担当でも雇ってくれないかな……)
マリアとの別れが迫っているミュシャは、ついそんなことを考えてしまうのだった。
「ただいまぁ」
のんびりとした声とともに、洋裁店の扉が開く。マリアの母親が帰ってきたのだ。後ろには父親の姿もある。
「ママ! パパ!」
おかえりなさい、とマリアが駆け寄ると、二人は最愛の娘に破顔した。
「マリア!」
ぎゅっと力強くマリアを抱きしめるのは父親で、これはもはや見慣れた光景だった。本当に、ここまで仲の良い家族も珍しい。
こうなれば、ミュシャもミシンを止めて、一家団欒に参加せざるを得ず。恒例のティータイムが始まれば、ミュシャもその優しい香りにつられてリビングへと足を向けるのだった。
「今日はどうしたんだ?」
ミュシャと同じことを尋ねるのは父親で、マリアはミュシャの時と同じように答えた。今までにないほどの濃い香りを作ったことを付け加えれば、ティーカップに口をつけていた母親がマリアを見つめる。
「珍しいこともあるのね。そういえば、お義母様も昔、東都の方で使うお香でとっても濃い香りのものを作ったって言ってなかったかしら」
「あぁ、あったあった。もう二度と作りたくないって言ってたな」
母親の話に相槌をうつのは、父親で、そんな話は聞いたことのないマリアは目を丸くした。
「おばあちゃんが、そんなことを言うなんて」
祖母は、まじめで、勤勉な性格だった。一度足りと弱音を吐くこともなかったのだ。だからこそ、そんな祖母を見て育ったマリアも同じような性格になったわけだが。
「まだマリアが生まれる前だよ。一時期、鼻が利かなくなったってぼやいてたな」
「それで、パルフ・メリエを二週間くらい閉めたりもして……」
両親の思い出話に花が咲く。確かに、調香師として鼻が利かなくなってしまっては、商売もできない。祖母の言いたいこともわかるような気がした。
「でも、結局、私には調香しかないんだって言って、笑ってたわね」
「母さんは、そういう人だからな。二度と作りたくないとは言ったが、あれはあれで良い思い出になったってなんだかんだ笑ってたし」
両親の言葉に、マリアは顔を上げる。やはり、マリアと同じ。祖母も、そういう人間なのだ。ずっと、遠くの憧れだと思っていた祖母を、ようやく身近に感じた気がした。
「お墓参りの時に、そのお話をしてあげたら、きっとお義母様も喜ぶわよ」
「そうだな。私と一緒ねって、母さんなら喜ぶだろうな」
両親の温かな瞳がマリアに向く。マリアも自然と笑みを浮かべて、大きくうなずいた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
今回からは少し幕間的なお話が後二話ほど続きますが……久しぶりののんびりとした雰囲気を皆様にお楽しみいただけましたら幸いです。
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