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調香師は時を売る  作者: 安井優
西の国編

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ケイの帰国

 無事に血族破棄(けつぞくはき)を終え、トーレスが本格的に騎士団へ所属することになった頃。

 西の国では、『悲劇の王子、トーレス』の記事があちらこちらで出回り、王族や貴族、はては軍人までもがその対応に追われることとなった。特に、王族と貴族は、不満を爆発させた平民たちに説明を求められ、その権力は絶対的なものではなくなったと言える。まさに、トーレスの復讐がこのような形で叶うことになろうとは。当の本人は知るよしもない。


 ケイはそんな西の国の様子を見届け、自国へと戻ったのだった。

 あくまでも、ケイは他国の騎士であり、西の国の国内で起きた出来事に介入するほどの義理もない。事の一端を(にな)ったとはいえ、王族が自ら()いた種だ。

 事のあらましをシャルルへ報告すると、

「……なるほど」

 シャルルは呆れたような、少し苦い顔をして呟いた。隣に立っていたトーレスは対照的に、どこか満足げな笑みを浮かべた。


 トーレスはもともとの顔立ちも整っているし、王族として育ったせいか威厳(いげん)もある。騎士団の制服もよく似合っていた。シャルルが身元を引き受けた、とは聞いていたが、

(まさか本当に騎士団になるとは)

 ケイは、自分が上司になるのはごめんだな、とトーレスを一瞥(いちべつ)した。


「さてと、あらかた聞いてはいると思うけど、きちんと紹介をしておかなければね。トーレスだ」

 シャルルが言うと、トーレスは小さく頭を下げた。

「トーレスだ。よろしく」

「よろしくお願いします、だ。トーレス。ケイは第三部隊隊長だよ」

 トーレスのぶっきらぼうな挨拶に、シャルルがすかさず冷たい視線を送る。トーレスはケイを見つめて、目を丸くした。


「隊長?!」

「あぁ、第三部隊隊長、ケイだ。よろしく」

 ケイが手を差し出すと、トーレスは、しまった、と顔をしかめてから

「よろしく、お願いします……」

 と何やら不服そうにその手を握った。まさか、隊長とは思わなかったのだろう。王族のころの態度が抜けきっていないのは、今は目を(つむ)ろう、とケイは苦笑した。


 二人が挨拶を交わしたところで、シャルルがにこやかな笑みを浮かべる。

「ま、ケイにはしばらく休みを与えるつもりだから、本格的に仕事をするのはもう少し先になるだろうね。トーレスにはその間に各部隊を回ってもらって、一番トーレスにあった部隊に入れるつもりだし……」

 ケイはシャルルの言葉をありがたく受け取る。

「それじゃぁ、お言葉に甘えて、二日ほどお休みをいただきます」

「三日でも、五日でもいいけど」

「いえ、そういうわけには」

 やんわりとケイが断ると、シャルルはクスクスと肩を揺らして微笑んだ。


 二日、とは言ったが、ケイは結局報告を終えた後、すぐに家へ帰って休むように、との命を受け、二日半の休みとなった。家に戻れば、ようやく終わったのだ、と気持ちも落ち着き、思わず深いため息をついてしまう。

「癒しが、欲しい……」

 ケイは遠征の片付けもそこそこに、ベッドへごろりと横になる。さすがに慣れない土地での任務は(こた)える。それも、相手が王族とだけあって、気も張っていた。疲労のたまったケイの(まぶた)はあっという間に重く下がり、ケイはゆっくりと眠りにつくのであった。


 翌日、ケイは癒しを求めて、パルフ・メリエへと向かう。つい先日訪れたばかりだが、あれは仕事だ。トーレスの話を聞きに行ったに過ぎず、マリアにも申し訳ないことをした。あの時のマリアの泣き顔がやけに脳裏にこびりつき、ケイを悶々(もんもん)とさせる。

「マリアも、元気だろうか……」

 偶然とはいえ、こんな一大事に巻き込まれてしまったのだ。マリアとて、気が張っていたに違いない。馬車に揺られながらそんなことを考え、ケイは窓の外を眺めた。


「いらっしゃいませ!」

 カラン、と鳴った鐘の音に、マリアが顔を上げる。マリアの顔を見たケイの心に、ほんのりと穏やかな明かりが灯る。

「ケイさん!」

 マリアの笑みが、さらにその明かりを輝かせる。ケイの表情も自然と和らいだ。

「この間ぶり、だな」

 はにかんだケイの笑みを見られるのは、マリアくらいだろう。


「ゆっくりしていってくださいね」

 そう微笑んだマリアの髪から、ふわりと漂う甘ったるい匂い。ケイは思わず、首をかしげる。マリアにしては濃すぎる、というか、珍しいほどの甘い香りだ。お菓子作りでもしていたのだろうか。

(それに……)

 ケイは、どこか煙たい、気だるげなあの店を思い出していた。

(まさか、な……)

 マリアが娼館の香りを作り出そうとしているとは知らず、ケイは首を横に振った。


「もしよかったら、お茶でもいかがですか?」

「あぁ、ありがとう」

 いつの間にか、マリアが二人分のティーカップをのせたトレーをもって降りてくる。店の奥に取り付けられた小さなテーブルに案内され、ケイは腰を掛けた。ふわりと甘い香りが漂い、ケイはその香りに目を細める。

「チョコレートか」

「新作です。シナモンかジンジャーか、好きな方をおかけください」

 マリアがティーカップの側に小さな瓶を並べ、ニコリと微笑んだ。


 もしや、この香りだったのだろうか。ケイは紅茶に口をつけながら、ふむ、と考える。だが、紅茶から漂う品の良い甘さは、やはりマリアのつけている香りとは違うようだった。

「マリア」

「はい?」

 ケイが声をかければ、マリアはティーカップを持つ手をおろして、ケイをキョトンと見つめた。やはり、気になる。なぜ、マリアから娼館へ行ったときのような香りがするのか。マリアには不釣り合いにも思える、その香りが。


「その……マリアの、つけている香りだが……」

「香り?」

 マリアは少し視線をさまよわせ、あ、と声を上げた。

「すみません、今作っている香りが残って……!」

「そうなのか。いや、その、珍しい香りのような気がしてな……」

「ふふ、そうですね。こんなに濃い香りを作ったのは初めてです」

 ケイの言葉に、マリアは少し困ったように、クスクスと微笑んだ。


「西の国で訪れた場所に、似たような香りがあって……」

 気になったんだ、とケイが言いかけたところで、マリアがキラキラとした目を向けた。

「もしかして、娼館ではありませんか?!」

 ズイ、とケイの方へ身を乗り出したマリアに、ケイはドキリと胸が高鳴る。だが、それ以上にマリアの口から娼館、という言葉が出たことに驚きを隠せない。

「……なぜ、それを」

「トーレスさんから、お聞きしたんです。西の国で、一番落ち着く場所だったと……」

 マリアの瞳には、強い意志が現れていた。


「トーレスさんにとっては、嫌な記憶ばかりかもしれません。でも……西の国で過ごした時間を、なかったことにはできないと思うんです。いつか、懐かしむ日が来るかもしれませんし。そうなったときに、少しでもお手伝いしたいんです」

 だから、娼館の香を作りたい。マリアはきっぱりとそう言った。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

ブクマ・評価と新たにいただきまして、本当に毎日光栄です。


今回は、ケイの癒し(?)タイム。

といいつつ、マリアの調香に巻き込まれそうな予感……?!

次回もぜひ、お楽しみに。(笑)


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