血族破棄
王城は静かな緊張に包まれていた。普段はよほどのことがなければ使われない大広間には、長テーブルが一つと四脚ずつ向かい合わせに配置されたイスがあるだけだ。許可された人物以外に一切の立ち入りが認められておらず、ディアーナは今日、目の前の部屋に入る資格を持ち合わせていなかった。だが、どうにも落ち着かず、こうして部屋の前をそわそわと行き来している。
「ディアーナ様、どうかお部屋にお戻りください」
ディアーナをたしなめるのはメイドで、いつ何が起こるかわからないこの状況下では、それも仕方がなかった。
「ですが……」
「大丈夫です。うまくいきますよ。なんてったって団長がついてますから」
心配そうなディアーナを元気づけようと、部屋の前に護衛としてついていた騎士団の男も笑顔を見せる。
「そろそろ、お客様がお見えになられます。どうか、お戻りくださいませ」
部屋の準備が整ったのか、中から現れた執事が扉を閉めると、ディアーナをたしなめた。
確かに、ここで今日の『お客様』と鉢合わせでもしたら、面倒なことになることはわかっていた。ディアーナは渋々自室へ向かって歩き出す。心配な気持ちは抑えきれず、足取りは重い。隣をついて歩くメイドも、
「ディアーナ王女、お誕生日パーティーの準備をしましょう」
少しでもディアーナの気を紛らわせようとしてくれているのか、柔らかな笑みを向けた。ディアーナは一瞬だけ大広間の方を振り返ると、頭を軽く左右に振って
「えぇ、そうね……」
と気持ちを切り替えた。
――ついに、血族破棄の手続きをする日がやってきたのだ。
シャルルは、隣で口をぎゅっと真一文字に結んだトーレスの姿を見つめる。強い覚悟と、そして憎悪の炎が瞳に宿っていた。
「トーレス王子、参りましょう」
「あぁ」
トーレスは、シャルルから渡された新品同様のスーツを翻し、王城の門をくぐりぬけた。
トーレスとシャルルが大広間についた後、しばらくして国王と王妃が席へついた。
「大丈夫かい」
トーレスのこわばった顔を見て、国王が声をかける。トーレスもさすがにわきまえているのか、
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
と小さく頭を下げただけだった。
やがて、西の国の王族が現れた。シャルルと国王、王妃が立ち上がり、西の国の王と王妃、そして兄たちをもてなした。トーレスからすれば、憎き家族であり、とても三人のように振る舞うことはできなかった。
「うちの愚息が、ご迷惑をおかけしたようで……」
トーレスの父、西の国の王が口を開く。隣に座った母親である王妃は、その冷たい視線をトーレスに投げかけた。兄たちはニヤニヤとトーレスを見つめている。
「まさか、こちらの国にいるとは思いもしませんでしたな」
トーレスの父はわざとらしい物言いで、下品な笑い声をあげた。
対して、トーレスの側に座っている国王と王妃は、冷静な様子だった。
「本題に入らせていただいても、よろしいでしょうか」
やんわりと父の前置きを遮り、トーレスに柔らかな視線を向ける。素直に話してみなさい、とその瞳が語っているようだった。
「父上、母上、兄上。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません」
トーレスが口を開くと、一瞬にして空気はヒヤリとし、テーブルの向かい側からは鋭い視線が飛んできた。
「今日は、血族破棄のお話をさせていただきたく、こうしてお呼び立ていたしました」
トーレスは、自分でも驚くほどに冷静だった。目の前にいる家族の目の色が変わっていくのが、まざまざと感じられた。
「いくらか、こちらに準備させていただきました。息子さんのことは、こちらでまかせていただけませんか。身元は、この騎士団の団長、シャルルが引き受けます」
国王に言われ、シャルルが一礼する。美しいものが好きな母親は、シャルルの整った顔立ちを気に入ったのか、その視線に熱がこもっていた。
(気持ち悪い女だ……)
トーレスは自らの母親を一瞥し、代わりに兄たちへと視線を向けた。兄たちの視線は、ようやくこれで厄介払いが出来る、と安堵しているように見えた。
そして、父は。
「その誠意がどれほどのものか、見せていただいても」
トーレスのことよりも、やはり目の前に準備された金である。庶民なら、一生遊んでくらせるほどの金。トーレスが生涯、働いて返すことになるものだ。自分の価値はこんなものか、と思う反面、これであの西の国へ戻ることもなく、こちらの国で生活も安全も保障されるのなら、という思いもあった。普通の親であれば、どれほど積まれても、息子を売るような真似はしないだろうが、この家族はその金額に目を細めていた。
「トーレス、最後の最後で、役に立つとはな」
父親はふっと笑みを浮かべた。最悪な言葉であったが、それは初めて父親がトーレスに見せた笑みだった。
「お言葉が過ぎますよ」
対して、国王の声は冷たく、怒気をはらんでいた。もはや、どちらが自分の父親かもわからない。トーレスは国王に首を振る。
「いえ、かまいません。西の国の第三王子として、一度でもこうして王族のためにこの身が役に立ったのであれば、私は光栄です」
トーレスの言葉は家族に対する皮肉であったが、家族がそれに気づくことはなかった。
血族破棄は、こうして粛々と進められた。紙にそれぞれのサインをして、家族に手切れ金を渡す。今後一切、トーレスと家族は接触をしないこと、それから、トーレスは結婚をすることも子をなすこともしてはならないという二つの誓約書にもサインを書いた。
「書き終えたかね」
「はい」
トーレスが書面をそろえ、国王へと渡すと、国王はそれを丁寧に隅々まで確認した。その数分の時間でさえ、目の前の家族は、待てない、というように目を輝かせていた。
「では、今この時をもって、トーレス第三王子の、西の国の第三王子としての地位をはく奪する」
国王の高らかで、無慈悲な宣言により、血族破棄の手続きは幕を閉じた。
西の国へと戻る馬車を全員で見送ると、隣に立っていた国王が呟く。
「……本当に、これで良かったのだろうか、と時折自らの判断を振り返ることがある」
トーレスに語られているのか、独り言なのかはわからなかった。ただ、自分たちは正しいとおごり高ぶっていた家族や周囲の貴族に比べると、国王の言葉は、とても信頼できるものだった。
「私は、この国に、必ずやこの御恩をお返しすると誓います」
トーレスの言葉に、国王は少し寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「君が幸せに生きていることが、我々にとっては一番の幸せだ。君はもう、この国の国民なのだから」
「さぁ、次は、身元引受の手続きへまいりましょう」
シャルルの言葉に、トーレスはふっと口角を上げ、
「もう、王子ではありませんよ。シャルル騎士団長」
と丁寧な礼をして見せる。シャルルはそんなトーレスに、確かに、とうなずいて
「それもそうだね。言っておくけど、僕は厳しいよ、トーレス」
と笑った。
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さて、いよいよトーレスの血族破棄も無事に終了しました。
西の国編はここから、マリアの調香へと物語が移っていきます。
ぜひぜひ最後までお楽しみいただけましたら幸いです。
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