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調香師は時を売る  作者: 安井優
西の国編

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正義の形

 ケイは、再びむせ返るような甘すぎる香りに顔をしかめていた。情報屋は相変わらず、煙管(キセル)を片手にどこか気だるげな雰囲気を(まと)っていた。

「せっかく忠告してあげたのに、わざわざ戻ってくるなんて馬鹿な男」

 情報屋は真っ赤な瞳をケイに向ける。

(西の国では……瞳の赤も、特別なのだろうか)

 情報屋にもすっかり慣れてしまったケイは、そんなことを考えた。


「まだ、王子様は見つかってないわよ」

 情報屋はそう言って、退屈そうに手元の煙管(キセル)を見つめる。どうやら、こちら側にいることを知らないらしい。

(……やはり、西の国の人間は、トーレス王子を探す気などない、ということか)

 我々を利用しようとしている、という西の国のお偉い様方の情報はケイもすでに握っている。先日とは違う。


「あら……」

 ケイの表情に、情報屋はクスリと微笑んだ。怪しげな女の笑み。

「情報はね、高く売れるのよ。どう?」

 取引しないか、ということだろう。女の勘……いや、この情報屋の勘の良さは、目を見張るものがある。国のお偉い様方がこの情報屋に金を積む理由がわかった気がした。

「いや。この情報は売らない」

「つれないわね、ケチな男はモテないわよ」

 情報屋の言葉にケイは首を振る。

「タダでやる、と言っているんだ。だが……代わりに、この情報をありとあらゆる人間にばらまいてほしい」

 情報屋は少し驚いたようにケイを見つめ、やがて真剣な表情を浮かべた。


「可哀そうな王子様、ね……」

 ケイが、トーレスに関する情報を話し終えると、情報屋は煙をフゥ、と吐き出した。

「あの第三王子も、人としては最低だったけど……まぁ、でも、スラム街を管轄して、私たちにおこぼれをくれていたこともあったっけ……」

 情報屋はどこか遠い目をして呟く。過去のことを思い出しているのか、それとも、何かを考えているのか。しばらく口を閉ざしていた。


「……あなたはこの国の人間じゃないし、信頼できるから正直に言うわね」

 情報屋の深紅の瞳が揺れる。ケイを貫く瞳が、ぼんやりと、(かす)かに光っていた。

「私も、今の金持ち達にはウンザリしてるのよ。あの第三王子も、私たちと一緒だったってわけね」

「やってくれるか」

「フフ、いいわ。面白いじゃない。こんなに有益な情報、使わなきゃもったいないわね」

 情報屋は楽しそうに微笑み、怪しげな煙をくゆらせた。


 まるで、悪人にでもなった気分だ。ケイはそう思いながら、情報屋に言われた通りに裏通りを抜けていた。

「まずは、東側の港町へ向かえ、か……」

 東西には鉄道が走っているが、南北の行き来は馬車か徒歩しかないという。ケイは今、西の国のお偉い様方にとっての獲物。後をつけているやつがいないとも限らない。後をつけられるだけなら良いが、何が起こるかわからないのが西の国、なのだそうだ。


「緑の馬車……」

 情報屋が教えてくれた、信頼できる馬車、とやらを探す。いくつかの角を言われた通りに曲がり、ケイはそのおんぼろの馬車でうたた寝をする老人に声をかける。

「ルビーから聞いた。乗せてくれ」

 情報屋に教えられた通りに、ケイは口を開く。

「どこまで」

 老人の声は見た目に反して低く、どっしりとしたものだった。

「東の港町だ。ペテゴレッゾというバーを知っているな」

 ケイが多めに金を渡せば、老人はふん、と鼻を鳴らし、馬を走らせた。


 信頼できる馬車のおかげか、道中は何事もなく、東の港町へとたどり着いた。夕暮れの近づく港町を、馬車は速度を落としてゆっくりと走る。港町は栄えていると聞いていたが、人はそれほどいなかった。どうやらこの通りは裏道らしい。ガス灯を一つ軒先(のきさき)にぶら下げた建物の前で馬車は止まり、ケイはゆっくりとその地に降り立った。

 潮の香り。夏休みのことを思い出して、ケイは深く息を吐く。

(同じ港町でも、こうも違うか。ここはまだ、国の中でもマシな方だと聞いたが……)

 湿った風が、余計に陰気くさく感じさせた。


 建物の脇にあった地下へと続く階段を降り、重い扉を押し開ける。店内には音楽一つ流れておらず、カウンター越しにチラリと男がケイを見つめた。

「ルビースパークリングを」

 これも、情報屋に教えられた通り。ケイが注文すれば、カウンター越しの男の目がキラリと光り、カウンターの端の席へと案内された。

「本日は、どういった記事をお書きしましょう」

 男はケイの前に真っ赤なスパークリングワインを差し出すと同時に、紙とペンを取り出した。


 酒のつまみに、ゴシップ話、というわけか。ケイはワインを飲みながら、トーレスの話を続ける。バーテンダーの男の本業はゴシップ記者であり、情報屋との繋がりも深いようだった。しばらくすると、王子の悲劇の物語が完成し、ケイはその記事に目を通した。

「完璧だ」

「お褒めにあずかり、光栄です」

 数日後には、この記事が国中にばらまかれることになるだろう。人の噂というのは、恐ろしいスピードで広まっていくのだ。

「うまかったよ、ご馳走様」

 ケイは支払いをすませ、バーを出た。これで、すべての準備は整った。


 海から吹き抜ける夜風が冷たい。裏の情報屋に、ゴシップ記者。他国の王子を売り、こちらの都合の良いように利用し……。とても騎士団の男がやる仕事ではない。だが、これで良いのだ。トーレス王子を守り、自国を守り、ある意味では、西の国の民たちをも救えることになるのだから。

(まったく、正義とは不思議なものだな……)

 ケイは深くため息をついた。


 このシナリオを考えたのは、他の誰でもなく、あのシャルルだ。普段の爽やかで柔和(にゅうわ)な雰囲気からは、まったく想像できない。だが、利用できるものを全て利用し、表の世界も、裏の世界も関係なく、自国を守り抜くその覚悟こそが、シャルルをシャルルたらしめている。最も残酷で、無慈悲な男。それこそが、シャルルの性合(しょうあ)いなのだ。

(俺には、到底真似など出来ない……)

 ケイはそう思う。だからこそ、シャルルを素直に尊敬しているのだが。


「西の国は、これからどうなるのだろうな……」

 ケイは、暗闇にどこまでも続く海を見つめて呟いた。先の見えない、永遠の闇。それが、西の国の本来の姿を現しているようで、少し恐ろしかった。

「せめて……人々が、少しでも幸せに暮らせるようになると良いが……」

 ケイは黒く染まった海を背に歩き出す。おそらく、明日にはこの海も、違う景色を見せるのだろう。それが少しでも、鮮やかな色でありますように。ケイは柄にもなく、そんなことを思う。


 宿の明かりが、ようやくケイを緊張から解き放つ。その温かな光に向かって、ケイは足を速めるのだった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

本日も新たにブクマをいただき、毎日感謝感激です。ありがとうございます!


ケイがトーレスを、そして自国を守るため水面下の根回しをするという……なんとも不思議な(?)回でしたが、いかがでしたでしょうか。

この作戦が成功するのか、続きをお楽しみにいただければ幸いです。


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

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