内省
翌朝、シャルルは約束通りトーレスを迎えに来た。
「あれ? マリアちゃんもどこかへ出かけるの?」
「はい。村に郵便を出しに。せっかくなので村まで一緒に行こうかと」
マリアが店の鍵を閉めると、シャルルはなるほど、とうなずく。マリアの手には小さな紙袋が握られていた。
「お客さんへのお届け物かい?」
「はい。ディアーナ王女に頼まれた香りを……」
「ディアーナ王女?」
マリアの口から出た人物に、シャルルが反応した。
馬車に揺られながら、マリア達三人は王城へと向かっていた。マリアのお届け物がディアーナ王女宛だと知り、シャルルが
「それなら一緒に王城へ来ないかい? ディアーナ王女も、マリアちゃんから直接渡してもらった方がきっと喜ぶよ」
そう言ったのだ。どうやら、シャルルとトーレスは、王城へ向かうらしかった。もちろん、マリアにとってもありがたい申し出で、慌てて店の入り口に『定休日』の看板を掛けた。最近休みすぎかしら、とは思うが、ディアーナ王女との面会にはかえられない。
「お前、ただの調香師だと言ってなかったか」
まるでだまされた、と言わんばかりだ。トーレスは呆れた視線をマリアへ投げかける。
「えぇ。ただの調香師ですけど……」
マリアはやはり、昨日と同じように不思議そうな顔をしているだけだ。トーレスが深いため息をつく。
「マリアちゃんは、少し天然だよね」
シャルルがクスクスと微笑むと、マリアはさらに首をかしげた。
騎士団の知り合いがやけに多いのも、王城へ品を卸している人間となれば納得がいった。あんな辺境でよく店を、と思ってはいたが……マリアには、技術も金もあるのだ。トーレスは楽しそうに窓の外を眺める女性を見つめる。
物腰柔らかな性格と、そのどこか人を惹きつける雰囲気。マリアに助けられた時点で、トーレスの負けはほとんど決まっていたようなものだった。
(仮に、騎士団が来なくても……)
俺は自首していたかもしれない。トーレスは、そんな風に思う。
やがて、大きく開けた場所が見え、トーレスもまた、窓の外へ目を向けた。
鮮やかな露店の数々。行きかう人々。みな楽しそうに笑っている。街も綺麗で、西の国の城下町を見ているようだ。いや、それよりももっと……良い場所だ。
「街の広場です! 私の実家もこの辺りなんですよ」
「そうか。良いところだな」
楽しそうなマリアにつられるように、トーレスも眩しそうに目を細めた。シャルルも、そんな二人に自然と笑みを浮かべた。
西の国では、金持ちが一人歩けば、平民は皆頭を下げる。そうしなければ、命がなくなるかもしれないのだ。そのせいで、いつ何時、難癖をつけられて牢屋へ追いやられるかもわからない緊張感がどこかに漂っている。それは、城に近ければ近いほど顕著だ。より強い者の様子をうかがって、縮こまって生きている。かといって、城から離れれば自由か、といえばそうではない。城から遠いほど、金を持つ人間が減り、街全体が貧乏ゆえに薄暗い雰囲気を纏う。例外は、港町と東の国境門にほど近い街くらいなものだ。それも、この街にかなうかどうか。
やがて馬車がゆっくりと城下町へ入っていく。街の広場よりもさらに綺麗に、整然としており、華やかでどこか洗練された雰囲気へと変わる。道もきちんと舗装され、馬車の揺れもずいぶんと静かになった。身なりの良い者が道を歩いても、皆、普通に生活している。階級や、貧富の差は存在するのだろうが……この国では、それを気にするものはいないように見えた。
「権力や、金は……人を虐げたり、差別したりする理由にはならない、よな……」
トーレスがポツリと呟く。
(醜いと思っていた家族と同じく……俺も、また、醜い人間だった)
いくら、家族から押し付けられた仕事とはいえ、自らもまた西の国では金品を奪い続けたのだ。国民にも、国にも、目を向けていなかった。
「クソ……」
トーレスは悪態をつく。今更になって気づいたのだ。国を捨て、もう戻れない、今更になって。
(俺は、もう一度、やり直せるのだろうか……)
トーレスがそんなことを考えているうちに、馬車はゆっくりと止まった。
「トーレス王子。参りましょう」
シャルルが馬車の扉を開け、トーレスを先導する。マリアは、ここからディアーナ王女のところへ向かうらしい。シャルルにエスコートされて、それでは、と頭を下げた。トーレスは、先を行くマリアを慌てて呼び止める。
「マリア!」
マリアは不思議そうに振り返り、トーレスを見つめた。
「……ディアーナ王女に、すまなかった、と、そう言ってはくれないか。俺は、彼女に……真剣に向き合ってなどいなかった」
トーレスの言葉に、マリアは美しく微笑んだ。
「伝えておきます」
でも、と言葉を続ける。
「失礼を承知で、差し出がましいことを言えば……、きっと、ご自身のお言葉で、お伝えになられたほうがよろしいかと存じます」
マリアはペコリと頭を下げて、くるりと体を翻す。彼女の足元で、ふわりとスカートが揺れた。
今までのマリアなら、きっとこんなことは言わなかっただろう。だが、マリアも様々な人と関わり、言葉を交わし、思いを通わせて気づいたのだ。
自らの思いを、きちんと届けることの大切さを。その気持ちを受け取る喜びを。
「……私も、そう思いますよ。トーレス王子」
シャルルがトーレスへ笑みを向けると、トーレスはそのヘーゼルアイをちらりとシャルルへ向け、そして真剣な表情を浮かべた。
トーレス達と別れ、いつもの庭園を抜ける。メイドに案内されて、マリアはディアーナの部屋の前で立ち止まった。勉強や仕事中ではないだろうか、と思ったが、ちょうど休憩をしているところだったようだ。ノックをすれば、すぐにディアーナの声がする。
「どうぞ」
「パルフ・メリエのマリアです」
「マリア?!」
慌てたような声と、ドタバタと何やらせわしない音。しばらくして、扉は内側から勢いよく開かれ、その美しいブロンドがマリアの瞳に映った。
「どうしたの?! 今日は、何も聞いていなかったわ」
ディアーナは驚きと喜びを隠さずに、目をキラキラと輝かせている。
「ディアーナ王女に、収穫祭の時に頼まれていたお品物をお届けに上がりました」
マリアが紙袋を差し出すと、ディアーナの瞳はさらに輝く。先日、トーレスに散々質問を受けながらも、無事に完成させたのだ。
「開けてもいいかしら?」
「もちろんです」
マリアの香りに触れるときはいつもそうだ。ドキドキと胸が高鳴り、つい、笑みを浮かべずにはいられない。
ディアーナはその瓶のフタをゆっくりと開けた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
24,000PV&5,000ユニーク達成と、とっても嬉しいです! 本当にありがとうございます!
さて、今回はトーレスの成長が顕著に感じられる回になったのかな、と思うのですが……いかがでしょうか。
ラストでマリアの新たな香りも登場しましたので、次回、そちらについては楽しんでいただけましたら幸いです!
少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!




