証言と全貌
トーレスとの交渉を終え、騎士団本拠地の門をくぐろうと馬を降りたシャルルに声がかかる。
「団長!」
「ケイ?」
西の国から戻って、そのままこちらへ来たのだろう。私服姿のままのケイが駆け寄る。
「中で話を聞こうか。僕も、話したいことがある」
シャルルは馬を門番にお願いすると、騎士団の制服を翻し、やや急ぎ足で団長室へと向かった。
ケイをソファの向かいに座らせ、シャルルも腰を下ろす。
「まずは、ケイの話を聞こう。何があった?」
期日よりも早い帰還だ。命令に忠実なあのケイが、自らの判断で戻ってきたのだから、それこそ、シャルルと同じく真実にたどり着いたか……はたまた。
「私の動きが、賭けの対象になっている、と」
「何?」
予想外の答えに、シャルルは思わず口角を上げる。それは、まさしくシャルルが握った真実を裏付ける話だった。
「逃亡したのは、トーレス第三王子ですね?」
「正解だ。さすがだね。ずいぶんと早い」
シャルルの賛辞に、わかっていて隠していたな、とケイは視線で訴える。だが、国家機密だ、と最初に言われていたので、シャルルを責めることはできない。政治とは、そういうものなのである。
「トーレス第三王子は、金を持たずに逃亡した模様。最後の足取りは、国の中心にあるスラム街です。そこから東へ行った、と」
ケイがそこで言葉を切ると、シャルルは、なるほど、とうなずいた。
「ケイは、そのスラム街で自らが賭けの対象になっていると知ったんだね?」
「はい。情報屋という者がおります。私も見張られていたようですが……。その情報屋が言うには、私が何日でトーレス王子を見つけ出せるか、ということを貴族や、軍人の一部までもが賭けていると……」
ケイは、その話に何か嫌なものを感じて、こうして急いで帰ってきたのだ。ただ事ではない。トーレス王子の逃亡を、何か、利用するような動きが、西の国の中で起こっている。
「見事だね……」
シャルルは、ケイの行動力と、その判断力に目を見開くばかりだ。優秀な部下を持った。ケイには、人探しの命しか与えていない。それも、情報は人相書きだけ。それをものの数日で、ここまで。
「それで、団長の話というのは」
「まさに、このことだよ。トーレス王子を見つけた。西の国のお偉い様方が、裏でどんなことを考えているのかも、あらかたね……」
ケイは、シャルルの真剣な瞳に、ごくりと生唾を飲んだ。
トーレス王子の逃亡のきっかけ。トーレス王子を捕まえて殺害しようとしていること。そして、その罪をこちら側になすりつけようとしていること。シャルルの話は、まさにケイの嫌な予感をピタリと言い当てるものだった。何より……。
「マリアのところに、トーレス王子が?!」
ケイは思わず声を荒らげる。シャルルは、いつもの笑みを顔から消して、ポツリと呟いた。
「僕だって、夢であってくれと思ったよ」
だが、これはもう起きてしまった事実なのだ。恋のライバルではあるが、今はそんなことを言っている場合ではない。一刻も早く、この事件を解決せねば。ケイとシャルルは顔を見合わせた。
「ケイ。僕はトーレス王子に血族破棄の話を申し入れた」
「血族破棄って……。トーレス王子は、それを受け入れたのですか?」
「あぁ。むしろ、縁切りをしたい、と言いだしたのはトーレス王子だ」
「結婚することも、子をなすことも出来ないと聞きます」
「それほどの覚悟、ということだろうね」
「それで、その後は……」
「こちらの国民として、受け入れる」
シャルルはきっぱりと言い切った。そして、ケイを見据えて続ける。
「はっきり言おう。西の国は、トーレス王子を見つけ次第、即刻彼を殺害し、こちら側に宣戦布告するつもりだ。僕らにはそれを、阻止する義務がある」
「私は、何をすればよろしいですか」
ケイの口調は極めて冷静だった。だが、その裏にはとてつもない怒りが渦巻いている。
「ケイには、トーレス王子逃亡の理由を、西の国民たちに知らしめてほしい。トーレス王子が受けた、今までの不当な仕打ちとともに」
「……トーレス王子に同情の目を向けさせ、今の王族を国民たちに非難させろ、ということですね」
「その通り。トーレス王子の血族破棄の手続きが済み次第、こちら側で保護したことも伝える。どんな手を使ってでもいい。出来る限り、国民の同情を集め、あちら側が簡単に動けぬように、手配してくれ」
「わかりました」
シャルルの口調も、ケイと同じように、冷たく、殺気を放っていた。
ケイは、戻ってきたばかりだというのに、早々に体を翻し、西の国へと足を向けた。今日中に国境門をくぐりさえすれば、一番大きな街にはつける。明日の昼には、スラム街だ。
「だが……」
時間には少し余裕があった。マリアのもとには、トーレス王子本人がいる。ケイは少し考え、
(まずは、パルフ・メリエへ寄ったほうがよさそうだ)
と、マリアの店を訪れることにした。
一方、シャルルとの交渉を終えたトーレスは、マリアの隣で調香の続きをしげしげと眺めていた。シャルルによって一時中断されたが、興味は薄れていない。自らのことで、周りが躍起になっているというのに、本人はどこ吹く風なのだ。なんとも王族らしい、高慢なふるまいである。だが、それを咎める者など当然おらず、トーレスは気の惹かれるままに、マリアの指先を見つめていた。
「なぜ、この香りを入れた?」
「このミモザの香りは、気持ちを明るくさせる効果があるんです。それに、少し大人っぽい香りがしませんか? 華やかな感じもしますし……」
「なるほど。大人っぽい香りか。確かに、香りが強くて引き付けられるな」
トーレスの疑問は尽きることがないらしい。面白そうにあれやこれやと質問をしては、楽しんでいるようだった。
「こんなに少なくて、売り物になるのか?」
トーレスは、精油瓶に入れられた液体の量に首をかしげる。
「売り物ですが、特別にお受けした一点ものです。精油は実際には薄めて使うものですし、これくらいで十分なんですよ」
「祝いの品か何かか」
「はい。実は、ディアーナ王女が、今度お誕生日を迎えられるんです。そのパーティーにつけるための香りを作ってほしい、と」
マリアの回答に、トーレスは深いため息をつく。ディアーナとの婚約破談のことを思い出しているのかもしれなかった。
西の国へ戻る道中、パルフ・メリエへ寄ろうと決めたケイは、入り口にかけられた『定休日』の看板に首をかしげる。
「今日は、休みじゃなかったはずだが……」
見上げると、ログハウスの片隅に光が灯っているのが見え、ケイはやや考えたのち、その扉をノックした。
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本日は新たに、ブクマと感想をいただきまして、本当にうれしい限りです。
いつもありがとうございます!
さて、今回はついに、ケイとシャルルが、トーレス捜索の裏側に隠された陰謀を暴き出しました!
いよいよ、トーレスをめぐっての西の国との水面下でのやり取りが始まります……?!
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