新たな情報
ケイはむせ返るほどの甘ったるい香りに包まれ、顔をしかめた。ケイの体をベタベタと触る女性たちの手つきにも嫌気がさし、気分は最悪だ。
「お兄さん、どこから来たのぉ?」
「あなた、とっても素敵な体ね。ずいぶん鍛えてるみたい」
彼女たちの猫なで声も、もはやケイには届いていない。心頭滅却。心を無にして、ケイは目的の人物が来るのを待った。
「あんたたち、その辺にしてやりな。私のお客様だよ」
女性にしてはハスキーな、どこかかすれた声が響く。ようやく現れたケイの待ち人は、視線だけで周囲の女性を追い払うと、ヒールを鳴らして、ケイの方へと近づいた。
「初めまして。東の国の騎士様」
(この女……どこまで知っている……)
怪しげな、何もかもを見透かしたような真っ赤な瞳が美しく三日月に細められる。
「それにしても……こんなに素敵な男が」
情報屋の女は煙管を吸い込んで、フゥッとケイの顔にその煙を吹きかける。ケイは思わず内心で舌打ちした。
「あんな、クソみたいな王族の、ゴミみたいな第三王子を追いかけているとはね」
クスリと微笑む女性の瞳には、憎悪の炎が宿っていた。
情報屋の話を聞いたのは偶然だった。あくまでも表向きは繁華街。鉄道を降りたケイは昼食を兼ねて、近くの定食屋に入った。そこでいつも通り聞き込みをしたのだが、隣にいた男が声をかけた。
「腕の利きの情報屋を紹介してやってもいいぜ」
どうやら店主に多く金を払っているところを見ていたらしい。ケイはその男にもいくらか金を支払い、裏路地を抜け、スラム街の方へと入り込んだ。
まさか、情報屋が娼館にいるとは思わなかったが。女性の方が何かと潜入には向いているという話もあるくらいだ。隠れ蓑にするにはちょうど良かったのかもしれない。
「それで? 何が知りたいの?」
女の顔つきは仕事モードに切り替わる。ケイもこれでようやく落ち着いて話が出来るというものだ。
「その王子が、どこへ向かったか、知っていたら教えてほしい」
ケイの言葉に、情報屋はおかしそうに口角を上げた。
「この辺りを歩いているのを見かけたやつがいる。東の方へ向かってたらしいけど……金もないみたいだったし、今頃その辺で野垂れ死んでるかもね」
「東か……」
(やはり、只者ではなかったか)
ケイが思考を巡らせていると、情報屋が怪しい笑みを浮かべた。
「ねぇ、それよりもっと面白い話があるの」
「今、この国の軍人やお貴族様たちはね、あなたが何日であいつを見つけられるか、賭けを楽しんでいるみたい」
「何?」
情報屋の言葉に、ケイはピクリと眉を動かす。
「あいつはどうせ、ただの捨て駒。この国の王族も、貴族も、軍人も。金持ちはみんな、そう思ってる。生まれながらの負け犬。そんなあいつを必死に探す隣国の騎士様が面白いみたいね」
「どういう意味だ」
「そのままの意味よ。私のもとに来る金持ちはね、最近こぞってあなたの話ばかり。まさか、こうして、有名人に会えるなんてね。私もとっても嬉しいわ」
情報屋はケロリと笑って見せた後、煙管を口にして、ケイを見据えた。フゥと吐きだされた煙が濛々とケイの視界を覆い、まるで幻でも見ているのでは、と思わせた。
ケイが金を支払い、娼館を出ようと立ち上がると、情報屋が真剣な顔つきで、ケイに耳打ちした。
「気を付けて。あなたが思っているより、真実は容易く色を変える」
それ以上は何を聞いても笑みを浮かべるだけで、情報屋は何も言わなかった。娼館の女たちに見送られたケイは、鉄道の駅へと戻った。
(一体……どういうことだ)
この話には裏がありすぎる。シャルルから言い渡された期日よりは少し早いが、一度自国へ帰ろう。ケイは決意し、鉄道へと乗り込んだ。
一方、予想外の人物から手紙が届いたシャルルは、馬を操り、西へと向かっていた。事実は小説よりも奇なり。まさしくその言葉がぴったりだろう。
(どういう運命のめぐり合わせだろうね……)
思わず苦笑してしまう。神とは、試練を与えるものだ。皮肉にも、守りたいと思えば思うほど、そこに反するように、彼女を事件の渦中へと飲み込んでしまう。
(嫌になるな……)
シャルルの顔からはいつもの爽やかな笑みなどすっかり消し去られていた。
近くの村に馬を止めさせてもらう。そこから先は徒歩だ。森の小道、という表現がぴったりな道のりは、馬を使うよりも歩いて行ったほうが何かと都合がよかった。こんな時でなければ、いくらか散歩気分を楽しめる良い道のりなのだが……。
「マリアちゃんのことだから、いつも通りなんだろうけど……」
とはいえ、不安はぬぐえない。シャルルは木漏れ日の中を駆け足で急いだ。
目的地、パルフ・メリエには定休日の看板がかかっていた。今日は木曜日ではない。となれば、シャルルと話をするために、わざわざ店を休みにしたのだろう。
「さて、と……」
シャルルはうっすらとにじんだ汗をハンカチでぬぐい、乱れた服を整える。相手は、隣国の第三王子。王族や貴族には慣れているつもりだが、失礼があってはならない。シャルルは一つ深呼吸して、見慣れたログハウスの扉をノックした。
ノックの音に、マリアとトーレスは顔を上げる。調香していた手を止めて、マリアは立ち上がった。おそらく、シャルルが到着したのだろう。
「来客か?」
「多分、お呼び立てした方が来てくださったのだと思います。トーレスさんは、リビングで待っていてください」
トーレスがずいぶんと調香に興味を示したので、シャルルが来るまで依頼されていた香りを作って待っていようと思っていたのだが、ずいぶんと早い到着だった。
「こんにちは、マリアちゃん」
扉を開けた先で、ニコリとシャルルがほほ笑む。
「すみません。急にお呼び立てしてしまって……」
マリアが頭を下げると、シャルルは優しく頭を撫でた。
(マリアちゃんに、何もなくてよかった)
安堵する気持ちを抑え、シャルルはその柔らかな髪から名残惜しそうに手を離す。
「むしろ、お礼を言いたいくらいだよ。マリアちゃんには、感謝してもしきれない」
「詳しいことは、よくわかりませんが……トーレスさんも、このままではよくないと思いますから」
曖昧に微笑んだマリアは、上がってください、とシャルルを二階へ案内した。
「なっ?!」
目を丸くしたのはトーレスだ。騎士団の制服には見覚えがあり、最も会いたくない組織の一人であることに間違いはなかった。
「マリア!」
思わず、マリアが裏切ったのでは、とマリアの方へ鋭い視線を飛ばしてしまう。ビクリと肩を揺らしたマリアの前に、シャルルが立ちふさがり、トーレスは自然と、シャルルを睨みつけた。
「貴様……」
トーレスの困惑にも似た怒りが声色に浮かぶ。
これまでにない緊張感が、パルフ・メリエに漂った。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
ケイも、新たに不穏な情報をつかみ、シャルルはついにトーレス本人と接触しました。
物語はいよいよここからが本題です……。
みんなの行く末を最後まで、お楽しみいただけましたら、幸いです。
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