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調香師は時を売る  作者: 安井優
西の国編

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足取り

 ケイは貴族街へと訪れていた。西の国で騎士団の制服を着るわけにもいかず、貴族街でラフな服装もいかがなものか、と今日はかっちりとしたスーツだ。夏を過ぎたとはいえ、涼しくなどないが、こればかりは我慢するしかない。

(ただでさえ似合わないというのに……)

 ケイはショーウィンドウに映った自分の姿に思わずため息をつく。これはあくまでも主観であり、先ほどからすれ違う女性からチラチラと視線をもらっているのだが。もちろん、それが仕事中のケイに届くはずもない。


 ケイは話の聞けそうな店を探す。とはいえ、まだ昼前で雑貨屋や服飾店、レストランがいくらか開いているばかりだ。昼食には少し早い。ケイはとりあえず、と目についた雑貨屋へ入った。

「いらっしゃいませ」

 品の良い老夫婦に迎えられ、ケイは置かれていた雑貨や文具を眺める。さすがに貴族街に店を構えているだけのことはある。どれも質が良いし、高そうだ。

(これは必要経費だな……。団長への土産にしよう)

 万年筆に、インク。メモやカレンダーなど、ケイは一つ一つ手にとりながら確認する。


「何かお探しで?」

「知人への土産にな。隣国から来たんだ。何かちょうど良いのがあれば、と思って立ち寄ったんだが……」

「でしたら、こちらはいかがでしょう」

 店主が取り出したのは、鮮やかな赤が目を引く万年筆だった。

「この色は、この国の伝統的な色でしてね。ロイヤルレッドとでも言いましょうか。我々の伝統衣装にもよく使われている色でございます」

(特別なものにのみ許された色が、伝統色とは……権力とは恐ろしいものだ……)

 ケイはそんなことを考えながら、その万年筆を即決で購入した。


「すまないが、実は人捜(ひとさが)しをしていてな。もし、知っていたら教えてほしい」

「どのようなお方でしょう?」

 ケイを貴族だと思っているのか、はたまた中々値の張る万年筆を即決で購入したからか、店主は疑う様子もなく、にこやかに微笑んだ。

「やや赤みがかった毛の青年で、瞳が珍しい色合いなんだが……」

 ケイがそこまで言うと、心当たりがあるのか、店主はハッと目を見開いた。


「その……瞳というのは、もしかして……」

「ちょっと、あなた……」

 声をワントーン落とした店主を、隣にいた妻がとがめる。

「知っているのか?」

 ケイがやや語気を強めると、二人は顔を見合わせて、どうしたもんか、と眉を下げた。


 店の奥に案内されたケイは、出されたティーカップに口をつける。

「こちらも、客商売です。変な噂が立っては生活ができません。ですから、ここだけの話にしてはくれませんか」

 重々しく口を開いた店主は、ケイに頭を下げる。どうやら、本当に貴族か何かと勘違いされているようだ。良いスーツを持ってきてよかった、とケイは内心安堵(あんど)する。

「もちろんだ、約束しよう」

「では……」

 店主はためらいがちに話し始めた。


「第三王子が、逃亡……?」

「はい。あくまでもこの辺りの噂です。この先にある服飾店の男が、私の古い友人でしてね。先日……もう、二週間ほど前になりますが、早朝からやたらと身なりの良い青年が、店一番のボロ服を求めてきた、と」

「なるほど。それで後から調べたら、第三王子だったというわけか」

「えぇ。このあたりの人間は、貴族様相手に商売をさせていただいておりますから、多少なりともそういった方々には伝手があります。それで、どうにも……」


 ケイは頭を抱えた。見たことがあるような気がしたのはそのせいか。なぜ、見つけ次第捕縛(ほばく)しないのか、という疑問にも合点がいった。隣国の人間が、他国の王族を捕縛するなど、出来るわけがない。本国の軍隊の人間に報告するのが関の山である。

 ケイが顔をしかめると、目の前に座っていた老夫婦はビクリと肩を揺らした。

「すまない。生まれつきこういう顔なんだ。情報提供、感謝する」

「い、いえ……。それで、その……」

「あぁ、わかっている。これは情報料だ、とっておいてくれ」

 ケイが金をいくらか出すと、老夫婦は顔を見合わせて頭を下げた。


 礼を言って店を出ると、ケイはすぐさま教えてもらった服飾店へと向かう。目と鼻の先にあるその店も、やはり貴族相手だからか格式高い店構えだった。

「いらっしゃいませ」

 ケイに笑みを浮かべるのは、先ほどの店主と同じくらいの好々爺だ。さすがに何の買い物もせずに、いきなり本題に入って警戒されるのは避けたい。ケイはニコリと作り笑いを浮かべて、頭の中に服を買うための口実を思い浮かべる。

(……さすがに、マリアへの土産は必要経費では厳しいか?)

 マリアに贈る分であれば、最悪身銭(みぜに)を切っても仕方がない、と最終的に判断し、ケイは店主に話しかけた。


「すまないが、女性ものを一着見繕(みつくろ)ってくれないか」

「もちろんですとも。奥様へのプレゼントですか?」

「お、奥様!?」

 明らかに動揺したケイに、店主は面白そうに目を細めた。しかし、それ以上の詮索はせず、店主はサイズや色、柄、形など、事務的な質問を重ねた。


「こちらはいかがでしょう?」

 店主が持ってきたワンピースは、シックな色合いの赤が目を引く、秋らしいデザインだった。

(また、赤か……)

 ケイはこめかみを押さえた。その仕草を、気に入らない、と捉えたのか、店主は眉を下げる。

「別のものをお持ちいたしましょうか」

「いや、いい。一度、それを見せてくれ」

 ケイは慌てて店主を止めると、そのワンピースを大きな机に広げて見せた。


 結局、服のことなど詳しくはわからないケイは、それを購入し、

(マリアなら、どんなものでも着こなすはずだが)

 とやや惚気(のろけ)にも近いようなことを考えた。ケイが多く金を払うと、店主は首をかしげる。

「人探しをしている」

 ケイがぼそりと言えば、店主は心当たりがあるのか、ケイをまじまじと見つめた。


 店主の話は、先ほどの雑貨屋の二人と同じものだった。ただし、より明確で、詳細だった。

「どこへ向かったかわかるか?」

「いえ、そこまでは……。ただ、鉄道の駅へ向かっていきました。あの金では、スラム街までしかたどり着けないでしょうが……」

 ケイは、新たな足取りをつかむことに成功し、礼を述べるとさっそく足を鉄道の駅へと向ける。

(スラム街か……)

 王族が、そんなところにいるとは、誰も予想していなかっただろう。


 だが、相手は、身を隠すために、自らの立派な服を脱ぎ捨てることさえできるのだ。第三王子を侮ることはできない。

(もしかしたら、スラム街でも平気で宿泊できるのかもしれないな)

 王族、もとい、第三王子への認識を改めたケイは、鉄道へと乗り込んだ。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

おかげさまで、22,000PV、4,600ユニークを達成しまして、毎日多くの方に読んでいただけて感謝感激です! 本当に、ありがとうございます!


ケイもいよいよ自分が一体誰を探しているのか……核心に近づいてきました!

まだまだすれ違いまくりですが、これからもお楽しみいただけましたら幸いです。


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

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